第十四話 大国の影

 共和国大統領ガルシアがソフーラ城を去った翌日、優弥は転送ゲートを使ってアスレア帝国皇帝ジョセフ・ノルド・アスレア皇帝に会うため、ノルディック城を訪れていた。


「スタンノ共和国を落としたらしいな」

「知ってたか」

「経緯の細かいところまでは報告がない」


 彼から伝えられた事のあらましに、皇帝は苦笑いするしかなかった。


「それで、ビネイアを返還させてハセミガルドを帝国とするのか?」


「それも考えたんだがな。多少体制は変更するが、スタンノは現状のまま自治を認めることにした。だからビネイアはいらん」

「そうか」


 皇帝は複雑な思いだった。むろん返せと言われればビネイアを返すことに異論はない。たとえハセミガルドが帝国となっても、優弥の性格から他国を侵略するとは考えにくかったからだ。


 聞けば今回の共和国を属国とした件も、何とかそうならずに済ませようとしたにも関わらず相手が自滅した結果でしかないという。


(共和国大統領は確かガルシアといったか。自分なら親書が届いた段階で調査し、ルドルフ辺境伯とやらの首を差し出したであろうに)


 そもそも自国内でそのような動きがあれば、使者がハセミガルドに旅立つ前に捕らえるだろう。親書が優弥によるものとの証を立てるためにプレートを要求するなど、共和国の情報戦略体制は未熟というより稚拙と言わざるを得ない。


「対外的にはどうする? スタンノも我が帝国の属国扱いにするか?」

「いや、うちの属国でいい。我が国はアスレア帝国の属国というていだが、実際にはどこの国も独立国だと認識しているだろうからな」


「承知した。共和国は南のテヘローナ帝国と同盟を結んでいたはずだが問題ないか?」


「あー、そんなことを聞いたな。戦争にならなかったから出張ってこなかったし、大統領府近辺の怪しい奴はテヘローナの間者も含めて捕らえているから、現状を知らないかも知れん。可能性は低いが」


「知らないとしても面倒なことにはなるぞ」

「全くだ。早めに使者を送るか」


 スタンノ共和国の南に広がるテヘローナ帝国は、このゼノアス大陸における最大の国家である。アスレア帝国の三倍を超える国土を有し、現在も周辺国を呑み込んで拡大を続けている超大国だ。


 ハセミガルド王国建国前のモノトリス王国だった時代に攻め込まれなかったのは、勇者の存在に加えて間に同盟国であるスタンノ共和国があり、西にアスレア帝国があったからに過ぎない。


 また、テヘローナ帝国軍がスタンノ共和国を素通り出来たとしても、アスレア帝国と緊張状態に陥るのを避けたかった意図もあるだろう。


「ところがその同盟国をアスレア帝国の属国である我が国が属国にしたとなると……」

「解放を求めてくる可能性は高い」

「あー! 面倒くせえ!」


 さっさと共和国の体制を作り直し、テヘローナ帝国と和平を結ぶ必要があるかも知れない。問答無用で攻め込んできたなら返り討ちにするだけだが、そうなってしまえば国民の犠牲は避けられないからだ。


 共和国が落ちたことを帝国が知ってからすぐに戦争を決めたとするなら、早ければ半年後には準備が整うと考えられる。同時に使者を送ってきて、最悪は全面降伏を要求してこないとも限らない。


 むろんそんな条件など呑むつもりはないからその時は戦争だ。だが、出来ればそうなる前に和平条約などを結んでしまいたいところである。


「知っていたとしたら、何も言ってこないのは様子見してるってところか」


「策を講じているのかも知れん。種を蒔いたのが共和国側だと知ってもいるだろうからな。聖戦を謳うにしても何か理由が必要となる」

「隙を与えなければ何とかなるか?」


「その考えが甘いことは熟知していると思うが?」

「だよな。理由などいくらでもこじつけられる」


 だが、下手に聖戦を謳われれば民にも動揺が走る。中には帝国側につく者も出てくるだろう。そうやって内乱に導くのは戦争を仕掛ける側の常套手段だし、みすみすそれを許せば統治者として愚鈍と言わざるを得ない。


 旧モノトリス王国の国王がそうであったように。


(さすがにエビィリンがここまで見通していたとは思わないが、王妃としての器は疑いようがないな)


「うちと事を構えるのが決まればあちらからアスレアに使者が来ると思うが、アンタはどうするつもりだ?」


「決まっている。属国の属国、つまり孫は可愛い」

「テヘローナ帝国と戦争になるぞ」


「鉱山ロード殿がこの地にテヘローナ軍の進軍を許すとは思わんが?」

「俺の体は一つだ。部隊を分けられたらどうしようもない」


「冗談だ。だが気に病むことはない。我が帝国軍は強い」

「恩に着る」


「で、本当にテヘローナ帝国が攻め込んできたならどうするのだ? テヘローナを盗るのか?」


「あそこってアンタのとこの三倍もあるんだろ。それこそ帝政は解体して属領は解放だな。統治なんて面倒だから直轄領はアンタにやるよ。皇帝一族は処刑するしかないが」


 敵対者は容赦しないという原則は変わらない。もし皇帝の一族に戦争に反対した者がいたとしても、止められなかった以上はそれを理由に助命することは出来ないのだ。たとえ年端のいかない子供だったとしてもである。


「なんにしても戦争にならないことを祈るばかりさ」


 その後、ソフーラ城に戻った彼は、宰相ドミニクにテヘローナ帝国へ使者を送るよう命じたのだった。



――あとがき――

次話より第三章『テヘローナ帝国』に入ります。

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