第十三話 共和国からの使者

「ミリー、結果は?」


「はっ! 最終的に共和国議会はお館様の裁定に従うとの結論に至りました」

「最終的に、か。揉めたんだな?」


「はい。下級議員たちの多くが猛烈に反対しておりました。共和国軍全軍でかかれば我が国など取るに足らない、貧国ビネイアごときと同列に見たことを後悔させるべきだと」


「反対したのは下級議員のみか?」

「はい」


「ではその者たちからは爵位を剥奪し、領地持ちならば領地も没収しよう。無論議員も辞めてもらう」


「それとお館様」

「うん?」


「この決定にはロッティの力が大きく功を奏したようです」

「ほう?」


「大統領府の護衛兵士は共和国軍でも精鋭揃い。その者たちを一切の抵抗を許さず無力化したロッティと配下の実力を当の兵士が恐れ、戦うべきではないと主張したのです」

「なるほど」


「それでも下級議員は彼らを無能と咎めておりましたが」

「結局大統領特権行使で決まったわけだな?」

「ご賢察の通りにございます」


「方針変更だ。裁定に反対した下級議員は戦争犯罪未遂として未開地送りとしよう。刑期は減刑恩赦なしの二十年。最低五年は家族との面会も許さん」


 貴族が未開地へ開拓民として送られることは、彼らにとって何よりの屈辱となるだろう。ある意味拷問より辛いかも知れない。果たして五年も生きられるかどうか。


 だが、そこで命を落とすことになろうとも、ロッティと配下の実力を正しく評価し戦いを避けようとした兵士を咎めるような無能には、頭ではなく体を使ってもらうのがお似合いだ。


 属国化しても税を納めさせる以外は丸っと自治させようと考えていた彼は、情勢の見極めが出来ない出来損ないなど不要と判断した。そのような者たちを政治に携わらせてもろくなことにならないからである。


 この上反乱など起こされては、本気で大統領府を潰しに行かなければならなくなる。


「あの、お尋ねしてもよろしいでしょうか?」

「うん? 構わんよ」


「この度のお館様の共和国に対する措置なのですが」

「甘い、と思うか?」


「申し訳ございません。これまでと比べましたら……何か理由がおありなのでしょうか?」


「元凶たる辺境伯は一族ごと処刑されたようだし、使者としてやってきた子爵も本人は処刑で一族は国外追放になったと聞いた」

「はい」


「正直俺が粛清するとしたら辺境伯一人のみだ。何故なら共和国としてこちらに攻め込んで来たわけでもなく、国民の命が危険に晒されたわけでもない」

「確かに」


「とは言え俺をたばかろうとした辺境伯はさすがに情けをかけるに値しないが、ウィリアムズ伯爵を派遣させた代償を払えば本当にそれで済ませるつもりだったんだ。俺にちょっかいをかけると高くつくから二度とするなよと、警告する意図もあったんだよ」

「なるほど」


「だからわざわざウィリアムズ伯爵に名代という立場まで与えたのに」

「刃を向けた、と」


「あー! 面倒臭えっ!」

「お、お館様?」


「すまん。お前たちの前だと気が緩んでならん」

「いえ、お館様にお気を許していただけるとは、我々としてはこの上ない喜びにございますれば」


「とにかくこれで共和国を何とかしないわけにはいかなくなった。しかし国民に罪はないだろう?」

「はい、仰る通りです」


「だから今度は議会を一新して国民の一部も政治に参加させる。共和制にも色々と問題はあるが、こっちの世界ではまだ黎明れいめい期だからあまり心配はないと思ってる」


「こっちの世界でと仰るということは、お館様の元いた世界でも共和制が敷かれていたのですか?」

「色んな体制があった。聡明な奴もアホな奴もいたのはどこの世界も同じだけどな」


「そういう意味では聡明な指導者を戴く我が国の国民は幸せ者ですね」

「俺は聡明ってわけじゃないさ。ただこの世界より多少進んだ知識と、とてつもないバカ力を持っているに過ぎんよ」


 数日後、優弥が定めた期限より一日早くスタンノ共和国からガルシア大統領が到着した。結局使者の役目を他人に任せることはしなかったようだ。


 そしてミリーに語った共和国の処遇を申し渡した時、何故か大統領は安堵の表情を浮かべていた。


 考えてみればある意味この大統領も被害者と言えるのかも知れない。対応を誤ったとはいえ、ルドルフ辺境伯が余計な野心さえ起こさなければこんなことにはならなかったはずだ。


 だが、最後の最後になって大統領特権を使ってまで正解を引き当て、自らが足を運んで結果を伝えにきたことは評価に値する。むろんそれで処遇が変わることはないが、もし大統領選挙で彼が再選するなら任命もやぶさかではないと思っていた。


「ガルシア殿、災難であったな」

「はい……い、いえ、そのようなこと……!」


「帰ったら議会解散の準備を致せ。解散は今日より二週間後、総選挙は二カ月後とする。議員定数は貴族より三十名、商家平民より三十名の合わせて六十名だ」

「現在より大幅に人数が減りますが」


「議員は多ければいいというものではない。議員の報酬は国民の血税で賄われるのだ。現在の下級議員のように無能な者などいらん」

「はあ……」


「ガルシア殿の後釜はその議員の中からの選出とするが、これまではどうやって大統領を決めていた?」

「そこは同じです。議員が立候補し、一人ならば信任か否か。二人以上であれば議員による選挙で決めておりました」


「なら今回も同様だな。ガルシア殿は立候補するつもりか?」

「いえ、私は……」


「であれば立候補者が一人のみだった場合は対立候補として立候補せよ」

「は? 陛下にご迷惑をおかけした私が立候補してもよいのですか?」


「構わん。もし立候補者が一人のみで、その者が信任された場合、今の下級議員たちのように愚か者だったら目も当てられんからな。それなら余は貴殿を任命する」

「陛下……」


「そうだな、余の裁定を不服とした下級議員たちを裁く必要もある。共和国へは余も参ろう」

「陛下が我が国に……?」


「十日後に共和国に着くように行く。国民の前で下級議員たちを断罪する故、其奴そやつらを捕らえ、国全体にを出しておけ」

「か、かしこまりました」


 ガルシアがソフーラ城を後にしてからすぐに、共和国行きの準備が始められた。出立は悪天候で足止めを食らう可能性も考えて四日後となる。優弥一人ならそんな心配は不要なのだが、今回は王国の威光を示さなければならないため単独というわけにはいかない。


「パパ、私も共和国についていく」

「エビィリンが?」

「うん!」


「何か理由があるのか?」

「それはねー、えへへ」


 彼は一瞬デート気分なのかと思ったが、彼女が明かしたのは単純明快な理論に基づいたものだった。


「なるほど。そういうことなら許可しよう」

「やったー!」


 こうして優弥とエビィリンは、総勢約百名の護衛と従者を伴い共和国へと旅立つのだった。

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