第十二話 共和国議会の行方

 ソフーラ城謁見の間。


 玉座に座した優弥は壇下のスタンノ共和国大統領、マックス・アーチャー・ガルシアを見下ろしていた。


は事を穏便に済ませようとしたのだがな」

「申し訳ございません。ですが金貨五千枚はあまりにも……」

「横柄だと申すか?」


「そこまでは申しませんが、陛下をたばかろうとした罪でルドルフ辺境伯一族とブライス子爵は死罪。ブライス一族も国外追放と致しました」


「だからどうした? 共和国はそれを親書にて報告すれば何事もなく終わったことだったのだ。しかしガルシア殿はプレートを寄こせなどと、無駄にこちらの手を煩わせた。違うか?」

「お、仰せの通りにございます」


「余のプレートはたとえ単なる金属製でも強力な抑止力となる。何故なら余が竜殺しだからだ。そしてそれを持つ国は我が国と友誼を結んでいることを示す」

「それは……!」


「余がドラゴンのプレートを持たせた意味はウィリアムズ卿から聞いたな?」

「はい……」


「余の名代に刃を向けるとはバカなことをしてくれたものだ。貴国を放置出来なくなったではないか」

「い、今からでも迷惑料の支払いで済ませて頂くことは叶いませんでしょうか?」


「名代に刃を向けるは余に刃を向けたのと同義。それを金で済ませたとなれば、我が国が他国から侮られることになるだろうが! 金で済む話ではないわ!」


「こほん。陛下の裁定を申し渡します。共和国大統領ガルシア閣下、スタンノ共和国を我がハセミガルド王国の属国と致します」

「属国……」


 裁定書を読み上げるのは宰相ドミニク・キャンベルである。


「ただし、貴国の政策は実情はどうあれ主権を国民と

していることから、現在の体制を維持することとします」

「それでは事実上はお咎めなしと……」


「話はまだ終わっておりません。共和国は今後毎年の初めに、年間国家予算の一割を税として我が国に納めること。また、議会での決定はハセミ陛下の同意を得なければならず、大統領特権も陛下には及びません。何事においても陛下のご意思が最上となります」


 その他、これまで通り大統領は選挙での選出となるが、最終的には優弥による任命が必要とした。


 加えて現議会はいったん解散し、貴族だけではなく議席の半数を貴族以外の国民として選挙を行うこと。また、議員報酬は全員一律とし、身分による格差は認めないなども裁定書に盛り込まれていた。


「そしてこれが最優先事項ですが、貴国が我が国の属国となるに至った経緯を全国民に流布して頂きます」

「それは……!」


「その際は共和国議会が陛下のご温情も汲めず名代に刃を向けて怒りを買ったことも、都合のいい解釈を交えずにお願い致します」

「そんなことをしたら我々は……」


「ガルシア殿、余は嘘を広めろと言っているわけではなく、ありのままを知らしめよと言っているのだ。それにな、ドミニクは願いと申したがこれは余のめいでもある。もっともこれら裁定に従えないならそれでも構わんぞ」

「ど、どういうことでしょう?」


「戦争だよ。そして戦勝国たる我が国は貴国を属国ではなく属領とし、全ての貴族の身分を平民に落とす。当然領地も没収だ。属領の領民を我が国の国民と同じ扱いには出来ぬから、辛い生活を強いることとなろう」

「勝つことが前提……?」


「当然だ。しかし共和国軍が余に勝てるというなら挑むがよい。余はそれを殲滅し、そのような愚行を決断したガルシア殿と議会議員は全員、反逆罪として死罪に処す」


「ここで申し上げた以外の細かな内容も裁定書に記載されております。一度持ち帰り、後日改めて貴国の返答をお聞かせ下さい」

「期限は?」


「呑むかるかだ。議会制らしく多数決を取ればよかろう。共和国大統領府まで片道五日、移動時の悪天候の可能性も考えて期限は本日より二週間以内とする」

「そ、それでは議員たちを集める時間が……」


「言っておくが、これでもかなり猶予を与えているのだ。それとも余が貴国に乗り込んで、国民の見ている中で属領としたことを宣言することを望むか?」

「い、いえ、決して……」


「余は罪のない国民に累が及ぶことを望まぬ。だが一切の交渉に応じるつもりはない。先の親書に書いた通り、敵対するなら容赦などしない。これが最後の温情だと知れ」

「分かりました……」


「ロッティ、控えているか?」

「はっ! こちらに」


 それまで全く気配に気づかなかった大統領は、彼女の声にギョッとして背後を振り返る。そこにはメイド服に身を包んだ女性が、美しい所作で頭を下げる姿があった。


「ガルシア殿を共和国へ送り届けてくれ。届けたらすぐに戻って構わない」

「かしこまりました」


「ガルシア殿、分かっているとは思うが期限を一日でも過ぎれば共和国は余の裁定に従う意思がないものとみなす」

「議会の決定はやはり私が直接お伝えせよということでしょうか?」


「いや、遣いの者に書簡を持たせればよい。内容がどうあれ遣いは必ず貴国に帰す」

「承知致しました」


「ただし道中で賊や魔物に襲われるなどして、そのせいで書簡が届かずとも考慮はしない。遣いには十分な護衛を伴うのがよかろう」

「お、仰せのままに」


 大統領がロッティに先導されて謁見の間を去ると、優弥の背後からハセミ三人衆の二人、ミリーとイザベルが現れて玉座の前にひざまずいた。


「共和国の議会を探れ。決定が分かり次第ミリーは帰国し報告せよ。イザベルは裁定を呑むとなれば今回の経緯を正しく国民に流布するか見届け、否決された場合は俺の怒りを買ったため共和国は我が国の属領となり、大統領府は間もなく火の海に包まれると噂を流せ」

「「はっ!」」


「可決否決問わず、大統領府から逃げ出そうとする議員がいれば始末しろ。現議員は一人として大統領府から出すな」

「「御意!」」


 密命を帯びた二人が姿を消してから、彼は玉座に腰かけたまま考えを巡らせた。


 普通に考えれば共和国は裁定を呑まざるを得ないだろう。議会の場で護衛の兵士たちを一瞬にして無力化したロッティと配下の実力を目の当たりにしていれば、さすがに彼の言葉が単なる脅しではないことくらい分かるはずだ。


 問題はそこにいなかった、圧倒的に数の多い下級貴族の議員たちである。彼らがどの程度議会に影響力を持つのかは情報がないが、多数決が単純に頭数で取られるなら否決される可能性も視野に入れておかなくてはならない。


 もっともガルシアが大統領特権を行使すればいいだけの話ではあるのだが。


(いずれにしても一度は共和国に行かなくてはならないかも知れないな)


 一度訪れれば、次からは『瞬間移動』スキルで飛ぶことが可能になり、属国化後に何かあったとしてもいつでも対応出来る。


 実は共和国には大臣を数名送り込むし議員も一新させるが、基本的には今までと変わらず自治を認めるつもりだった。ガルシアも今回の件で著しく求心力を失うだろうから、大統領選挙で再選することはないだろう。


 年間予算の一割とした税も、公共事業の拡大など共和国国民のために使うつもりだ。彼らが汗水垂らして働き納めた税を、横から掠め取るつもりなど毛頭なかった。


(そんな恥知らずなこと、出来るものか)


 そして十日後、ミリーが共和国議会の決定を報せるために戻ってくるのだった。

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