第十一話 共和国の過ち【後編】

「さてウィリアムズ卿、これで禍根を断てたと思うのだが」


 連行されるルドルフ辺境伯を見送ってから、ガルシア大統領はホッとした表情でウィリアムズに笑顔を向けた。だが――


「大統領殿は何か勘違いをなされておいでのようだ。確かに此度こたびの元凶はルドルフ辺境伯ではあったが、それを裁いたところで我が主、ハセミ陛下にとっては他国で起きた出来事、つまり些事ですらない」

「うん? どういうことだ?」


「先ほども申した通り陛下は特に面倒事を嫌われる。それでも親書を書かれたまではまだよかった。面倒事を貴国に解決するよう促しただけだからな。しかしその後のことが陛下を激怒させた」

「まさか、プレートを送ってほしいとお願いしたことか!?」


「ようやく気づかれたか。陛下にとってはする必要のないことをさせられた。故に単なる金属製ではなく、ドラゴンの鱗で作られたこのプレートを私に託されたのだ。これは陛下からの猛烈な抗議と受け取られよ」

「そんな……」


 ウィリアムズ伯爵の静かだが怒気のこもった声は、大統領のみならず議員たちさえ震え上がらせるには十分だった。


「此度のこと、陛下は賠償と私をプレートの運び役として派遣したことに対する迷惑料として、金貨五千枚の支払いを求めておいでである」


 金貨五千枚は日本円換算でおよそ五億円である。


「な、なんだと!?」

「なお、支払いを拒否した場合、あるいは先ほども申したがプレートと共に我々が無事に帰国しない場合は、いずれも宣戦布告とみなし即座に共和国を制圧なされるとのこと」


「そんなことが可能なものか!」

「「「「そうだそうだ!」」」」


「議員たちはお忘れかな? 我が主は万を超えるビネイア王国軍を一瞬で、たったお一人で全滅なされたのだぞ。文字通り一人残らずだ」


「まさか……」

「それこそ可能であるはずがない!」


「それが可能なのだよ。ジェンキンス辺境伯領にはあの戦で我が国に寝返ったビネイア軍の元徴募兵などが多くいる」

「それがどうした!?」


「陛下の御座おわす王都は無理でも、辺境伯領からなら情報は容易く手に入れられたはずだが、諜報活動はされていないのか? それとも貴国の間諜が無能なのか?」

「な、なんだと!?」

「我が国を愚弄するか!?」


「何度も言わせるな! 口の利き方に気をつけられよ! 私はハセミ陛下の名代なるぞ! さて、この場にて決を取って頂こう。金貨五千枚、当然お支払い頂けるな?」


 その時、周囲の護衛兵たちが一斉に剣を抜いた。


 ところがそれも束の間、ガラガラと金属の擦れる音が鳴り響き、兵士がいた場所に彼らの人数を上回るメイド服姿の美しい女性たちが現れたのである。


 ただしその美しさとは裏腹に眼光は鋭く無表情。両手には忍者のごとく苦無くないが握られ、顔の前で交差するように構えていたのだ。金属の擦れる音は抗う間もなく彼女たちによって気絶させられた、鎧を着込んだ護衛兵が膝から崩れ落ちた時のものだった。


「皆の者、大儀であった」

「はっ!」


「何が起こって……この者たちは何者か!?」

「兵士はどうしたというのだ!?」


「ガルシア殿、彼女たちはハセミガルド王国より私を護衛してきた者。心配ないと言いたいところだが、先ほど私や従者の身に何かあった場合は宣戦布告とみなすと申したはずだ」

「…………」


「そして彼女らが姿を現すのは私の身に危険が迫った時。これがどういうことかお分かりか?」

「ま、まさか宣戦布告……?」


「兵士に剣を抜くよう指示を出したのはどなたかな? それとも大統領ご自身か?」

「違う! 断じて私ではない! 誰だ! 正直に名乗り出よ!」


 沈黙が続き、一人として名乗り出る者はいなかった。もっともそれはさほど重要なことではない。問題なのは他国の国王名代に対して、兵士が剣を抜いたという事実である。


「ウィリアムズ卿、兵士たちに命令を下していたのはこの場にいない下級議員の誰かに違いない。我々に、少なくとも私には貴国に敵対する意思はない!」


「おそらくガルシア殿を含め、この場にいる者たちが共和国の中枢を担っているのだろう。ということは、皆殺しにしてしまえば宣戦布告の前に共和国は落ちることになるな」

「まさか最初からそれが目的で……!?」


「三度申すが我が主は何よりも面倒事がお嫌いだ。故に貴国が迷惑料を支払うと決めていればそれで万事終わりだった。共和国を落としたら統治しなければならない国が増えてしまう。一国の統治などこの上ない面倒事だとお考えなのだよ」


「払う! 大統領特権を行使する! 議会に否は許さん!」

「いえ、閣下。我々議員も迷惑料の支払いを承認致します!」

「「「「承認!!」」」」


「恐れながら大統領閣下、そして議員の皆様に申し上げます」

「おお、其方そなたは確かロッティ殿だったな。只者ではないと思っていたが、要人の警護まで務められる御仁だったか。許す、申してみよ」


「私と配下の者たちがこの場に現れた以上、迷惑料の支払いは無用。共和国は終わりでございます」

「な、なんだと!?」


「速やかにお支度を」

「支度?」


「これよりお館様、ハセミガルド王国国王陛下の許にお連れ致します」

「な、なにを言って……」

「ぎゃっ!!」


 悲鳴が聞こえた方を見ると、大統領の隣にいた議長の手の甲に苦無が突き刺さっていた。ガルシアの顔から血の気が失せる。


「お館様より勅命を賜っております。従わぬのなら、大統領閣下を含むこの場の方たち全員を始末せよと。大人しくご同行頂くのが賢明かと」

「わ、分かった。同行しよう。護衛を……」


「護衛は必要ありません。お館様の許までは我々が責任を持ってお送り致します」

「しかし……」


「それとも、倒れているこちらの兵士たちを起こして連れていかれますか? でしたら我々は大統領閣下の護衛を致しませんので、彼らを含め道中の安全は保障出来ませんが」

「それはつまり……」


「魔物や盗賊に襲われ命を落とされることもあるかも知れません」

「い、言う通りにしよう」


「ご理解頂けましたこと、感謝申し上げます」


 実際は大統領が素直にしたわけではなかった。魔物や盗賊に襲われるかも知れないと言った時、彼の首元には苦無くないが突きつけられていたのである。ロッティは言う通りにしなければ殺す、と脅していたのだ。


 これまでの流れで、共和国側は優弥が考えた中でも最悪の選択を続けていた。この件で一番の原因はルドルフ辺境伯の企みだったが、その後の対応を誤ったのである。


 とは言え単に一個人が相手ならここまで大きな問題にはならなかっただろう。しかしプレートを要求した時点で、ルドルフ辺境伯のみではなく共和国議会が表に出てきてしまった。


 それでも、国を盗れば後が面倒この上ないことを知っていた彼は、どうにかして共和国内で問題を解決させるよう策を練ったのだ。


 ただし何もせず無罪放免にするのではなく、きっちりと自分を敵に回すことが不利益に繋がると教え込む必要もあった。そのために要求したのが莫大な迷惑料だったのだが、彼らはその意図すら理解出来なかったようだ。


 優弥は今回の報告を受けて大きく溜め息をつくしかなかった。


「度し難いバカだな」


 ロッティたちにされた大統領がソフーラ城に到着したのは、それから五日後のことだった。

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