第三話 断罪
「英雄陛下は間もなく
「魔法国ではどうなのか存じませんが、父が治めるハセミガルド王国では六十を超えた男性が、成人したばかりの十五の少女を娶ることも珍しいことではありません」
「ですがそれは政略や借金の精算などのためでしょう?」
「ムーア
「英雄陛下、姫君の幸せを考えるならばもっと若く、尚かつ家格も相応の男性に嫁がせられるのが賢明かと」
「ほう。そのような者がおるのか?」
「目の前に」
当然ホールは静まり返っていた。ルーベン侯爵はあろうことかこの国を救った英雄を年寄り呼ばわりし、自分こそがエビィリンの結婚相手に相応しいと言い放ったのである。
だが、相手がこの国で最高位貴族の侯爵であるため彼を止めようとする者はいない。止められるとすれば魔王だけだが、彼女はただ成り行きを見守っているようにしか見えなかった。
「ムーア卿はエビィリンを欲するか」
「恐れながら先刻、エビィリン殿下は魔王陛下の養女となられたとお聞きしました」
「その通りだ」
「そして英雄陛下は父親とは言っても義理の父。であれば、今この時は殿下との縁戚上の関係はないとも言えるのではないでしょうか。もちろん、これまでお育てになられたのですから養父とは申せましょうが」
「ふむ。理屈ではあるな」
「養父ならば殿下の幸せを一番に願われるのが本来ではございませんか?」
「
「無礼を承知で申し上げますならば」
「だそうだ、エビィリン。余ではお前を幸せに出来ないそうだぞ」
ホールの沈黙はさらに続く。皆、固唾を飲んで壇上を見守っていた。
「ルーベン殿にお聞きします」
「何なりと、エビィリン殿下」
「貴殿はどのようにして私を幸せにして下さるのですか?」
「これでもかと言うほどの贅沢な暮らしをお約束致します」
「贅沢な暮らし、ですか」
「こう申し上げては魔王陛下に失礼なのですが、我がムーア侯爵家の財はこの国の国家予算十年分をも凌駕致します。殿下が望まれるのでしたら、何でも手に入れてご覧に入れましょう」
「何でも、と仰いましたね?」
「はい。ただ値段の付けられない物はご容赦下さい。山ならば買えますが空は買えません。人ならば買えますが神は買えません」
「承知しました。では私の欲しい物を買って頂けるのでしたら、貴殿の許に嫁ぎましょう」
「真ですか!? さすがは賢明な姫君であらせられます。英雄陛下、殿下とのご結婚を諦めて頂けますか?」
「エビィリンが了承するなら是非もない」
「おお! 英雄陛下、ご英断恐れ入ります」
「だが、ルーベン卿は本当にエビィリンが望む物を買い与えられるのだな」
「ご心配なく。先ほども申し上げました通り、値段の付く物でしたら何でも手に入れて差し上げます」
「ならばそれが不可能であった時、ルーベン卿は余とこの国の王族に対して出来もしないことを出来ると嘘を申したことになるが?」
「私の言葉に二言はごさざいませんので、そのようなことにはならないと断言致します」
「なるほど。魔王殿、ムーア卿はこのように申しておるが念のために尋ねる。万が一彼の言葉が嘘偽りだった場合、この国ではどのような罪になる?」
「貴族ならば当主は斬首の上、家は取り潰しじゃな」
「ということだが、よいのだな?」
「はい。問題はございません」
ニヤけた顔でエビィリンを見る態度を不遜と咎めることも出来たが、優弥はあえてそうせずにエビィリンに一つ頷いて見せた。
「ではルーベン殿に、私が欲する物をお伝え致します。速やかに手に入れて下さい」
「御意!」
「私の欲しい物は……」
エビィリンの言葉にルーベンはもちろん、ホールの誰もが虚を突かれたような表情を見せた。彼女が欲しいと言った物、それは――
「ハセミガルド王国の国王、ユウヤ・アルタミール・ハセミ陛下を買って下さい」
「は、はい?」
「もう一度言いましょうか?」
「い、いえ。ですが先ほど値段の付けられない物はご容赦下さいと……」
「人ならば買えると申されました。それにユウヤ陛下には値段も付けられますよ。もっとも一国の王ですから国も財産の一つですし、何より陛下個人の財も莫大なので値段も相応となるでしょうけど」
「で、ですから……」
「欲しい物を買って下さるのでしょう? それともルーベン殿はこの国の王族となった私に嘘を申されたのですか?」
「そ、そのようなことは決して……」
「ないと申すか!?」
「え、英雄陛下?」
「余を買い与えるのだろう? ドラゴンの鱗もまだ二百枚以上ある。それらが全て手に入るのだぞ。北のエスリシア大陸にはアルタミール領とハセミ領もある。領政は領主代行がいるから案ずることはない」
「お、お待ち下さい! いくらなんでも英雄陛下を買えなどとご冗談が過ぎます!」
「私は冗談を申したつもりはありません。私にとってユウヤ陛下は手放すことの出来ない存在です。ですが貴殿との結婚は私がこの国に留まることを意味し、陛下と離れなければならなくなります。手放せない陛下を所望するのは当然ではありませんか?」
「し、しかし……」
「見苦しいのう、ムーア卿よ」
そこでようやくティベリアが口を開いた。
「魔王陛下?」
「先ほども申した通りじゃ。ユウヤ殿を買えぬのであれば、
「そ、そうだ! どうせ私の物になるのですから、対価を差し出す必要はないでしょう」
「勘違いするな。支払う相手は余ではなくハセミガルド王国、アルタミール領、ハセミ領だ。加えて宗主国であるアスレア帝国にも、納得してもらえるだけの額を支払う必要があるだろうな」
「そんな……」
「どうしたルーベン卿、余をエビィリンに買い与えるのではないのか?」
「お、お許し下さい……」
「うん? 聞こえん。もう一度申せ」
「お許し下さい! 英雄陛下は買えません!」
「皆、聞いた通りじゃ。この者は我が国の王族に対し妄言を吐いた。よってルーベン・ムーアは斬首、ムーア侯爵家は本日をもって取り潰しと致す!」
「魔王陛下! お待ち下さい!」
「この者を引っ立てるのじゃ!」
「「はっ!」」
「陛下! 陛下、お待ちを! 陛下!」
抵抗するルーベンを、二人の兵士が押さえつけて縄をかけホールから引きずり出す。途中、ルーベンは誰彼構わず助けを求める声を上げていたが、招待客たちの中に手を差し伸べようとする者はいなかった。
そして彼がホールからいなくなると、大きな拍手が湧き起こったのである。
「興が削がれたと思ったのだが……」
「それだけルーベンに煮え湯を飲まされた者が多いということじゃよ」
そう言って笑う魔王を見て、彼はルーベンが不敬を働いたら断罪しても構わないと言われた意味を理解した。断罪は許可ではなく、依頼だったのである。
「皆の者、宴じゃ!」
「「「「「おおっ!!」」」」」
魔王城エブーラの夜は賑やかに更けていくのだった。
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