第二話 予定調和
「パパ、どうしてあの
一日目の視察を終えて魔王城エブーラに用意された客間に戻ってから、エビィリンが不思議そうな表情で尋ねた。
彼が胆力を気に入って市民の子供の頭を撫で、金属プレートまで与えたのは美談の部類に入るが、他国の王として必要な行動とは思えなかったからである。
「ああ、あれか」
「うん」
「実は魔王に頼まれていたんだよ」
「ママに?」
「その呼び方、もう馴染んでるのか」
「うん!」
「ま、いいや。視察に出たら何か目立つことをしてくれって言われてな」
「それで子供の頭を撫でてプレートまであげたの?」
「プレートは予定外だったけど、あの子はまだ三つかそこらだったろ」
「そうだね」
「あれだけの騒ぎで、オマケに俺が近づいたせいで注目を浴びたのに、それでもケロッとしてたからさ」
「目立つだけなら演説とかすればよかったんじゃない?」
「それだとせいぜい演説を聞いた本人と、その者から又聞きした者くらいにしか記憶に残らないだろ」
「うーん、確かにそうかもね」
「しかしあの母子に直接話しかけ、子供の頭を撫でるだけでも民衆の記憶には演説以上にはっきりと残るし、噂として尾ひれがついてどんどん広まる。インパクトとしてはこの方が演説よりもはるかに大きい」
「そっかー。でもプレートをあげちゃったら、あの母子が色んな人に訪ねてこられたり危険な目にあったりしない?」
「そのことなら心配ないさ。母子には護衛をつけるよう魔王に頼んでおいたから」
尾ひれに関しては軽いところなら抱き上げたとか、母子を抱きしめたとか。兵士か文官として迎えると言った方は、将来は近衛や大臣として取り立てる約束になっていたりといったところか。
さらに進むと王女の婿に据えて王位継承権を与えたり、どこかの領地を任せるなんてことになるかも知れない。あるいはあの子供が英雄の隠し子などと言われる可能性もある。
いずれにしても母子は時の人となり、多くの者から羨望や嫉妬、悪意を向けられることが避けられないのは明白だ。
魔法国の貴族は善良な者が多いとはいえ、全員が当てはまるわけではないだろう。中には母子を取り込もうとする輩もいないとは限らないし、金儲けに利用しようとする商人も出てくる可能性だってある。
そういった者たちから母子を護るために、護衛をつけさせたというわけだ。目立てと言ったのが魔王で、そのために罪のない国民が迷惑を被るのだから、この措置は当然と言えた。
「ところでパパ」
「うん?」
「私たちに与えられた客間ってこの部屋だけだよね」
「そうだが、何か問題あるか?」
「久しぶりに一緒に寝たいなーって」
「ベッドはちゃんと二つあるだろ」
「もー。結婚するんだからいいじゃない」
「まだしてないし、今は義理とはいえ父娘だろ」
「父娘なら一緒に寝てもおかしくないじゃん」
「父娘と言っても義理は義理。正直、男としての俺は女としてのエビィリンを欲するが、倫理観がそれを許さないんだよ」
「堅いんだからー」
「お前を大切に思っているが故だ。分かってくれ」
「そう言われちゃうと何も言えないじゃない」
軽く頬を膨らませる表情も、エビィリンがやれば破壊力が凄まじい。しかもそんな顔を見せる相手は、ほぼ彼に限定されている。
また、彼女の外面は完璧なハセミガルド王国の第一王女だが、本性は昔から変わらず甘えん坊のままだった。ただしそれも相手は彼限定である。
「エビィリンは魅力的な女性だから同じ部屋で寝るだけでも危ういんだ。しかしお前が小さな頃から知ってる俺は複雑な気持ちなんだよ」
「私はその頃からパパが大好きだったけどね」
「ありがとうな。だがもう少しの辛抱だ……って、これじゃどっちが男か女か分からないじゃないか」
そう言って彼が苦笑いすると、エビィリンも微笑みを返した。
その後の二日間は向かう方角を変えて首都エブタリアを視察し、四日目の宴は魔法国中の貴族が全員集結したのではないかというほどに、多くの招待客で賑わっていた。
しかしその中に、明日訪問する予定のマイヤー男爵の姿はない。他国の王族、つまり優弥たちを迎え入れる準備で手が離せないのだから仕方ないだろう。
「
宴の冒頭、大ホールの壇上で魔王は優弥に次いでエビィリンを紹介した。招待客が多いため立食形式となっていたが、皆の手にはすでにワインが注がれたグラスがある。
その誰もがエビィリンのあまりの可憐さに言葉を失っていた。中にはグラスを傾けてしまい、中身をこぼしそうになった者までいたほどだ。むろん給仕係が見逃さなかったお陰で事なきを得てはいた。
「皆様、お初にお目にかかります。ハセミガルド王国第一王女……いえ、本日から魔法国アルタミラ王女、エビィリン・アルタミラ・ハセミと申します。お見知りおきのほど、よろしくお願い致します」
「すでに周知した通り、エビィリン嬢はユウヤ殿に嫁ぐために妾の
そのため本来ならエビィリン・ハセミ・アルタミラと姓が変わるのだが、優弥に嫁いだらさらにハセミ姓が増える上にダブってしまう。故にアルタミラをミドルネームにしたというわけだ。
この後はあらかじめ決められた者が、魔王と優弥たちに挨拶するために壇上に上がってくる。伯爵以上の上級貴族、それ以下の下級貴族、商家から選ばれたというより勝ち取った者たちだ。
実はこの栄誉はくじ引きで決まったのである。順番は身分の低い者からとなっていた。
「ティベリア魔王陛下、ハセミ英雄陛下、エビィリン王女殿下、お初にお目にかかります。リー商会の会頭を務めておりますアーロン・リーと申します」
「おお、リー商会と言えばレイブンクロー商会に食糧を届けている、魔法国最大の商会ではないか」
「はい。英雄陛下のお声かけで始まった事業、現在も滞りなく進んでおります」
「何よりだ。今後もよろしく頼むぞ」
「ありがたきお言葉。我が商会の家宝とさせて頂きます」
リー商会は魔法国最大の商会のため商家の挨拶はこれで終わり。以降は下級貴族から最後は魔法国で最も高貴な貴族、ルーベン・ムーア侯爵が魔王、優弥と軽く挨拶を交わしてからエビィリンの前に立った。
なお、五爵位の最上は公爵位だが魔王に親族はいない。そのためこの国に公爵位は存在しないのである。
余談だがスタンノ共和国も同様に公爵位はなく、爵位の最高位は侯爵位である。また大統領は国民から選出されるが、立候補出来るのは伯爵以上の貴族で、再選ありの五年任期制だった。
「何と美しい姫君であらせられるか! 聞けば英雄陛下とご結婚されるとのこと」
「はい。その通りです」
だがこの侯爵、実は魔王から要注意人物と知らされていた。彼が三十歳の若さで爵位を継いだのは父親が早逝したからだが、その死にも疑惑があったそうだ。
もっともそれだけならどうということはないが、問題は無類の女好きというところだった。案の定、エビィリンを見る目が血走っているのが分かる。彼はこの男が万が一不敬を働いた場合、断罪しても構わないと魔王から言われていた。
そして、その万が一は予定調和のごとくに訪れるのだった。
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