第四話 リー商会
『熱烈歓迎! ハセミガルド王国国王ユウヤ・アルタミール・ハセミ英雄陛下、エビィリン・アルタミラ・ハセミ王女殿下』
マイヤー男爵領ではこのように書かれた横断幕が、あちらこちらに掲げられていた。
予定通り優弥とエビィリンは魔王城の転送ゲートを通って男爵邸に赴き、そこから馬車に乗って港町を目指したのである。いわゆる練り歩きのようなものだ。
馬車の周りは男爵家の私兵が護っているが、それほど物々しい雰囲気はない。沿道には露店が軒を連ね、英雄と新たな自国の姫を一目見ようと多くの民衆が集まっていた。
馬車はエブタリア視察時に乗ったのと同様にオープンタイプだ。とは言っても豪華な装飾はなく、どちらかというと幌のない荷馬車といった方がしっくりくる。
それでも優弥とエビィリンが座るシートだけは、場違いに見えるほどの高級仕上げとなっていた。
「やはりバリー殿の領はいいところだな」
「そう言って頂けると領主冥利に尽きるというものです」
「改めて無沙汰を詫びよう」
「いえ、お忙しかったのは承知しておりますので」
「学び舎の方は順調なのか?」
「はい。すでに教職に就いた者もおり、他領からも生徒が来るほどになりました」
「それを聞いて安心したよ」
「全ては陛下のお陰でございます」
「いやいや、俺はほんの少し手を貸しただけさ」
「ご謙遜を。リー商会のアーロン殿は学び舎への投資と申しておりましたが、給食用の食材を破格の値で提供してもらっております」
「我が国ではこのところ毎年豊作でな。輸出可能な食糧が増えたから商会が扱う量も増えたはずだ」
「それもこれも陛下の治世あればこそでしょう。特にあの御仁は陛下に心酔しておられますから」
マイヤー男爵領の学び舎では日に二回、自領の生徒に無償で給食を出していた。他領から来ている者は有償だが、それでも材料費と人件費などの諸経費を生徒の人数で割った額なので原価に近い。
朝はパンと野菜スープ、昼はそれに一品か二品のおかずが付く程度だが、量は食べ盛りの子供が満足するほどに十分だった。
学び舎にさえ通っていれば、二度もまともな食事にありつけるので餓えて死ぬ心配もない。明日の食事さえままならない孤児や貧しい家の者にとってはまさに天の助けであった。
また、学を身につけることで将来は文官や商人になる道が開ける。魔法国最大手のリー商会は元より、読み書き計算が出来る人材は特に商会から引く手あまただったからだ。
これまでは商会自らが費用をかけて教育を施していたが失敗もあった。教育しても身につかない、勉強することに不向きな者がいたからである。
ところがすでに教育を受けた者となれば即戦力。無駄な経費を必要としない人材なので、どこの商会も欲しがるのは当然のことだろう。
実際近年では、マイヤー男爵領の学び舎を卒業した者が、その日の内に商会からスカウトされるのは珍しいことではなくなっていた。
「今では寄付の額で卒業生と交渉する順番を決められるほどになりました」
この寄付こそが、給食も含めた運営の助けになっているのである。ちなみに現在の全生徒数は三百人あまり。その中にはあの戦争で孤児となった者が百名ほどおり、彼らに関しては成人年齢に達していても受け入れているそうだ。
「戦争孤児に限らず全ての孤児は魔王陛下が建てて下さった寮に住んでおり、授業が終わった後と休みの日に学び舎の裏手で畑仕事をしております」
「ほう」
「勉学もそうですが勤労意欲が高く、今では給食用の食材の多くを自給出来るようになりました」
「それはいいな」
「はい。元々孤児院を営んでいた者たちを管理者として雇ったのもよかったのかと。自分たちがいなくなることで孤児院が閉鎖されることを心配しておりましたから」
「彼らにとって管理者は親も同然だろう。その親が路頭に迷うこともなくなって、安全に生活していけるなら何よりだな」
「男爵様」
「私に様付けは無用でございますよ。エビィリン王女殿下」
「ではマイヤー殿にお尋ねします」
「はい」
「他領からは何人くらい来ているのですか?」
「今は十五名です。ただ、来月の入学日には十名ほど増える予定となっております」
学び舎は年単位ではなく、三カ月毎に生徒を受け入れたり送り出したりしている。そのため大がかりな入学式も卒業式もなく、朝礼で名を呼ばれるに留まっていた。元々無学の子供に対する教育機関なので、入学試験もない。
ただし、まともに勉強もせず漫然と給食だけを目当てに来ている者は、入学して三カ月後と半年ごとに行われる試験の結果如何で退学となる。
もちろん、一生懸命勉強してもなかなか学力が上がらない者もいるだろう。だから試験の結果が芳しくなくても、普段努力している姿が認められれば退学させられることはない。
逆に高成績でも他者と
盗みなどの犯罪行為を犯せば言わずもがな。
つまりやる気があって頑張っている者は手厚く、やる気のない者には差し伸べる手はないということである。これは学び舎を開始する際に優弥が提案した制度だった。
「前回も他領から来ていた子爵家の子供を退学させました」
「何となく察しはつくが理由は?」
「元孤児たちを汚い、臭いと罵っていたからです」
「注意はしたんだよな?」
「もちろんです。ですが家の威光を笠に着て聞く耳を持たず、私にも歯向かう始末で」
「その子爵家から
「ございましたが、アーロン殿が英雄陛下
「リー商会の客だったのか」
「いえ、逆です。リー商会が客の立場だったのです」
商会は子爵領の作物や工芸品などを買い取っていたそうだ。お陰で子爵領は比較的潤っていたが、商会に出入り出来なくなると現金収入がなくなってしまう。
それは他の商会を利用すれば済むなどという単純な話ではない。魔法国最大のリー商会への出入りが禁止されたとなれば、他の商会にもそっぽを向かれるからである。
リー商会は魔法国にあるほとんどの商会と取り引きがあり、敵に回して生き残れる商会など皆無に等しいと言えた。
「それは痛快だな」
「はい。魔王陛下のお手を煩わせずに済んで助かりました」
ちょうどその時、優弥たちを乗せた馬車は学び舎の門を通過するのだった。
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