第四話 ビネイア盗っちまおうか
「ドラゴンの骨は本当にあったのか?」
「私には本物がどうかの判断は出来ませんが、城の庭で一般公開されておりました」
「だとすると本物の可能性が高いな。同盟の件は?」
「申し訳ございません」
「待て、
「はい……」
ビネイア王国国王のビシャーラ・ビネイアは、ハセミガルド王国から帰還したウタリドの報告に顔をしかめた。
「ですが相互援助条約なら、あちらの提示した条件を呑めば締結しても構わないと」
「相互援助条約? 条件とは何だ!?」
同盟でなくともこの条約を結ぶことが出来れば、スタンノ共和国もうかつに攻め込んでくることはなくなるだろう。それならば当初の目的を達したのも同然と言える。
そう考えてホッとしたのも束の間、ウタリドから優弥が提示した条件を聞かされ、ビシャーラは怒りで顔を真っ赤に上気させた。
「余に
「まさか陛下は我が国の金貨の質をご存じで……いえ、今はそれより陛下、私は条件を呑むべきかと」
「なんだと!?」
「条約を結べば、スタンノ共和国が我が国に侵攻してきた際に援軍を出してもらえます。事実上、彼の王国の庇護下に入れます」
「そんなことが信じられるものか!」
「本当に援軍が来るかどうかは問題ではありません」
「なに?」
「周辺国はもちろんのこと、大陸中から怖れられていると言っても過言ではない、あの竜殺しの国と条約を結べるのです」
「……」
「そのために陛下にはご退位頂かねばなりませんが、第一王子のヒューゴ殿下はまだ六歳とお若い。竜殺しの王はこの国の実権には興味がないようですので、事実上お立場は変わらないのではないでしょうか」
「戯れ言を申すな! 毎年金貨一万枚を十年間も払い続けねばならんのだぞ! それが我が国にとってどれほどか分からん貴様でもあるまい!」
「年間予算のおよそ半分です。が、現在の純度を鑑みれば一年分とも言えるでしょう」
「貴様、それでも条件を呑めと言うのか!」
「陛下、金の純度を下げたのはいつですか? 私は聞いておりません」
「知らん!」
「やはり知っておいででしたか」
「知らんと申しておる!」
「本当にご存じなければ、事の重大さにすぐに調査をお命じになられるはずです」
「貴様が余に退位せよなどと申すからだ!」
「国を思えばこそです。陛下はハセミ国王を若僧と申されましたが、あの王に逆らうことほどの愚行を私は存じ上げません」
「まだ言うか! もうよい、貴様は用済みだ!」
「へ、陛下!?」
「罪状は国王に対する不敬罪だ! この者の首を刎ねよ!」
「はっ!」
「陛下、お待ち下さい! 陛……あぐぅっ!!」
その日、ビネイア王国王城謁見の間にて一人の貴族の首が刎ねられた。後にスルージ家は取り潰され、一族は使用人も含めて皆殺しの憂き目を見たのである。
◆◇◆◇
「お館様、ウタリド・スルージ殿が国王ビシャーラ・ビネイアに対する不敬罪で首を刎ねられました」
ロッティが報告があるとのことだったので、優弥は執務室から使用人を退室させた。残ったのは彼とロッティ、宰相ドミニク、ハセミ三人衆の一人、ミリーの四人のみである。
「そうか。ビネイアの国王は退位するつもりも賠償金を支払うつもりもないということだな」
「それどころか敵対する考えのようです」
「改めて使者を送るわけでもなく、ですか」
「宰相閣下の仰る通りです」
「スタンノ共和国の動きは?」
「そちらはミリーの方から」
「ご報告致します。先日こちらに向けて使者が旅立ちました」
「共和国から使者が?」
「はい」
「何の用だ? 共和国も同盟を結びたいってか?」
「いえ、不可侵条約の締結が目的のようです」
「不可侵条約? 俺はどこにも攻め込むつもりはないぞ」
「陛下、共和国はビネイア王国に攻め入った後のことを考えているのでしょう」
「そうか。ビネイアと戦争すれば国の兵が減るから、そこを突かれないためにってわけだ」
「はい」
「なら俺が使者と会う必要はない。ドミニクが相手をしてくれ」
「条約は拒否、ということでよろしいのですね?」
「ビネイアを侵略するのは共和国の勝手だし、あちらから我が国に危害を加えられない限り手出しすることもない」
「使者にはそのように伝えましょう」
「お館様、もう一つご報告が」
「ロッティ、なんだ?」
「ビネイア王国が戦争に向けて兵の徴募を進めております」
「同盟の話が流れたんだし、共和国への備えは不思議ではないだろう」
「いえ、それが……」
ロッティの報告に一同は耳を疑った。なんと彼の王国はハセミガルド王国に兵を向けるというのだ。
「すでに集められた兵はおよそ一万五千」
「同盟を蹴ってからそんなに日は経ってないぞ。早くないか?」
「元々は共和国に対抗するために集めた兵です」
「ロッティ、聞いていいか?」
「はい、お館様」
「ビネイアの国王はバカなのか?」
「決してお館様のような賢王とは呼べません」
「俺が賢王かどうかは別として、共和国はその動きを掴んでいるのか、ミリー?」
「いえ、矛先が我が国に向けられたという話は出ておりません。最初にお館様が仰られたように、自国の防衛のためだと認識されております」
「そうか。ビネイア、盗っちまおうか?」
「まさかこちらから攻め込むおつもりで!?」
「いやいや、あくまで向こうが攻めてきた場合ってことだ」
「ですが今から兵を募ったとしても……」
「言っただろう。この国に軍隊は必要ないと」
わけが分からず怪訝な表情を向ける宰相に対し、密偵二人は眉一つ動かさなかった。それは彼女たちが敬愛して止まない主の、本当の恐ろしさを知っていたからである。
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