第五話 ロッティ独白【前編】

 私はハセミ三人衆の一人、ロッティ。


 あれはハセミガルド王国建国から二年ほど経過した頃でした。私の配下の者が、王都サイコーハッピーからそう遠くない山間に盗賊団の村を発見したのです。


 当時王都周辺の村が盗賊に襲われる被害が相次いでおりました。お館様は大変にお怒りになり、私たちに奴らの根城の調査を命じられたのです。


 発見された盗賊団の村に住むのは百人ほどの盗賊と、どこからか攫われてきた女性たちがおよそ二十人。他に下働きをさせられている者もおりました。


 ただ人数はその程度なのですが、一度の襲撃で全滅してしまわないようにとの備えからか家々の間には距離があり、村の広さは五百メートル四方ほどだったと思います。


「攫われた者たちを救い出せるか?」

「お館様のご命令とあらば」


 お館様は私とミリー、イザベルの三人を集めて仰いました。私たちは互いに顔を見合わせてから、当然とばかりにそう申し上げて頭を下げます。


「出来れば賊共は一網打尽にしたい。全員が村に集まることは?」

「月に一度、戦利品の分配が行われる日がありますので、その時でしたら集まっていると思います」


「戦利品か、ふざけてやがる。で、次はいつだ?」

「七日後です」


「ロッティ、それまでに救出の準備は出来るか?」

「救出……? 討伐ではなくて、ですか?」


「討伐は俺がやる。お前たちは攫われた者たちの救出だけしてくれればいい」

「お館様が直接手を下さずとも、命じて頂ければ私たちと配下の者で殲滅致しますが」


「いや。それでは俺の国の民を苦しめた怒りは収まらない。奴らに何人殺されてると思ってるんだ?」

「失礼致しました」


 お館様のお言葉に反論してしまうなど、この上ない失態です。私は心からお詫び申し上げました。


 それでも疑問はどうしても拭えません。お館様がお強いのは存じておりますし、百人程度の盗賊では束になっても相手にすらならないでしょう。


 ですが山間の村ですから、バラバラに逃げられれば捕り逃がす可能性もあるはずです。お館様の追尾投擲は標的をその目で捉えている必要があると聞いておりますので、木々の生い茂る中に逃げられたら追い切れないのではないかと心配になりました。


 それとも聡明なお館様ですから、私の考えも及ばないような策をお持ちなのでしょうか。少しワクワクしますね。


 そして七日後の深夜、お館様と配下を加えた私たちは盗賊団の村を窺っておりました。女性たちの悲鳴やすすり泣く声に胸が締めつけられます。ですがそれも今夜まで。


「盗賊が傍にいた場合は声を上げられる前に躊躇なく殺せ」

「はい」


「それと捕まっても必ず助け出してやるから無理に抵抗するな」

「はい」


 私たちは万が一盗賊に見つかった時のために、攫われた女性たちと同じような衣服を身につけておりました。深夜の暗がりですから顔を見分けるのは難しいはずなので、この服なら十分に役目を果たしてくれることでしょう。


 たとえわずかでも、お館様にご負担をおかけするわけにはいきません。


「よし、頼んだ」

「皆さん、抜かりのないように」

「「「「「はい」」」」」


 音もなく私とミリーにイザベル、そして各々の配下が村に入っていきます。入り口の見張りは、私の配下アリエッタの幻惑魔法で呆けた状態ですから騒がれることはありません。


 さあ、作戦開始です。


「誰だぁ、手前え」


 予定外でした。救出対象のいる家屋への侵入は完璧でしたが、たまたま男が手洗いに行こうと起きてしまったようです。


「見ねえ顔だな、新入りか?」

「は、はい」


「ほう。なかなかいい女じゃねえか。早くこっちに来て服脱ぎな」


 仕方ありません。この男は殺すしかないようです。

 私は服を脱ぐフリをして太股に止めてあったナイフに手をかけました。ところが――


「待ちな」


 次の瞬間、男に腕を捻じ上げられてしまったのです。密偵としてお館様にお仕えする以上、私はそれなりに鍛えられた相手でも後れを取ることはありません。ですが悔しいことに目の前の男には敵いませんでした。


「俺ぁよぉ、女共の管理を任されてんだ。その俺が知らねえ女なんていると思うか?」

「くっ……」


「どこから来やがった? 仲間は何人だ?」

「仲間など……」


「女が一人でこんなところに来るわきゃねえだろ。死にたくなかったら吐いちまいな」


 お館様、申し訳ありません。私はお館様の足手まといになってしまいました。この命で償いを……


 刹那、私の脳裏に浮かんだのはお館様のお言葉でした。


「捕まっても必ず助け出してやるから抵抗するな」


 そうです。お館様はつい先ほどそう仰いました。私たちがお館様に初めてお会いした時もこう言われたのです。


「俺の許しなく死ぬな」


 私はどうかしていたのです。最後の最後にお館様のご命令に背くところでした。そして生き残ることは私たちに課せられた厳命なのです。これを守らずして何がお館様へのお仕えだというのでしょう。


「お願いです。言いますから殺さないで下さい。私は命令されただけなのです」


「お、聞き分けがいいじゃねえか。で、お前に命令したのは誰だ?」

「国王陛下です」


「はぁ? 国王だぁ? 嘘つくんじゃねえよ! いや待てよ。そうか。直接命令したのは国王じゃなくても、ソイツが国に仕えてるモンなら国王ってことになるもんな」


 本当のことを言ったのに信じないこの男が悪いのです。


「私は国王陛下のご命令だと伺っておりますのでこれ以上は存じ上げません」

「ふーん。で、仲間は何人だ?」


「十人くらいだと思います。実際の人数は私にも分かりません」

「精鋭が十人と考えりゃ少なくはねえか。ここも引き払わねえとならねえな」


 作戦に参加している配下は総勢で四十人ほどいますが、正確な情報を教える必要などありません。何故なら私はお館様に救い出され、この男は死ぬ運命なのですから。


「それじゃお前さんの仲間を皆殺しにして俺たちはズラかることにするか。敵襲! 敵襲だっ! 全員起きやがれ!!」


 突然男が大声を張り上げました。ところが様子が変です。辺りからは物音一つ聞こえてきません。


「どうなってんだ? 敵襲だぞっ! 野郎共、起きろっ!!」

「ムダだよ」


 その時、聞き慣れた声が私の耳に届いたのでした。

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