第九話 ソフーラ城謁見の間 後編
「陛下のお言葉には心を打たれました。このドメニコ、マルコーニ家の威信にかけまして、陛下に誠心誠意尽くさせて頂くことをお誓い申し上げます」
「私もだ!」
「「「私も!」」」
「なるほど、これが父、皇帝陛下が言われた鉱山ロードという方の人となりなのですね」
「リカルド殿、恩は恩で返し、仇は仇で返す。俺の考えの根本はただそれだけだよ」
「お言葉は簡単ですが深みを感じます」
「俺の持つ絶対的な力は身内や民を守るために使う。元の世界で亡くした妻子と、こっちで出会った妻子に顔向け出来ないことだけは絶対にしないつもりだ」
「陛下、そのお言葉はソフィアに伝えて、私も絶対に忘れないように致しますわね」
ポーラが少々上品な言葉遣いで物騒なことを言ったが、宰相や壇下の者たちには本当の意味は伝わっていなかった。二人にしょっちゅう心配をかけて、普通に顔向け出来ないことをやらかしている普段の彼を知らないのだから無理もない。
しかしきっとそう遠くないうちに皆も知ることになるだろう。
「話を戻そう。現在の王都の税はどのくらいだ?」
「閉鎖政策のせいで諸々含めまして六割五分となっております」
「六割五分だぁ!? すぐに引き下げると
「いかほどに致しましょう? 六割か五割五分か」
「ドメニコ、今まで何を聞いていた!? 四割だ!」
「よ、四割ですか!? アスレア帝国でも五割が最低ですが」
「ここは帝国ではなく俺の王国だ。ジョルジョ、人を使って構わんから、大至急民の現状を調べて報告しろ。食に窮している者がいたら報告は後回しでいいから配給してやれ」
彼が命じたのはジョルジョ・フィオレンツィ、民政大臣である。
「かしこまりました!」
「それと各領の財務状況、税率の調査だ。ついでに領主の評判も集めてほしい」
「はっ!」
ドメニコとジョルジョが一礼して部屋を出ていくと、リカルドが感心したように頷いていた。
「まさに電光石火ですね、ユウヤ陛下」
「俺たちは民によって生かされていることを忘れてはならない。その民が苦しんでいるなら、一刻も早く苦しみから解放してやるべきなんだ。リカルド殿、そうは思わないか?」
「皇族だからとあぐらを掻いていた自分が恥ずかしく思います」
「まあ、帝国には帝国のやり方があるだろうから、そこに口を出すつもりはないよ」
「帰ったら税のことなどを父に進言させて頂きます」
「そうか。ところで王国軍の規模は?」
「正規兵がおよそ千。有事には三日以内に約千、十日以内に約五千の徴募兵を集めることが可能です」
「正規兵が千か。多いな」
「まさか解雇されるおつもりですか?」
「ああ、いや。そうすると彼らが路頭に迷うだろ。じゃなくて、任務を王都の治安維持中心にしたいと思ったんだよ」
「治安維持ですか」
「戦争のための軍隊は基本的にいらない。だがどうしたって盗賊や詐欺師などは現れるからな。そういうろくでもない輩の取り締まりに当たらせたいんだよ」
「警備団などではだめなのですか?」
「警備団と違って軍の兵士は戦闘のプロだろ。彼らなら盗賊などに後れを取ることもないんじゃないか?」
警備団もプロではあるが軍とは性質が違う。加えて統率の取れた作戦行動は、軍の方がはるかに能力が高いのである。
「おそらく皇帝の思惑も働いて、周辺国がこの国に戦争を仕掛けてくることはまずないだろ。来ても俺が殲滅するだけだし、その時は相手が俺に国を献上することになるからな」
「こちらから戦争はしかけなくとも、向こうから来た場合は侵攻するということですね?」
「侵攻というか、俺一人で敵のてっぺんをやっつけて国をぶんどる感じだよ」
「ユウヤ陛下お一人でですか?」
「聞いてるはずだぞ。レイブンクロー大帝国とワイバーン部隊を壊滅させたことを」
「陸海空に死角なしでしたね」
軍については日を改めて将軍と話しをする機会を設けることになった。もっとも彼は治安維持に重きを置かせる方針で、宰相のフィリップに交渉を丸投げする気でいる。最悪は国王の命令として、将軍が渋ってもゴリ押しさせるつもりだった。
「次に戴冠式についてなんだが、あれはどうしてもやらなきゃだめなのか?」
「国の現状を鑑みて規模は小さくともかまいませんが、絶対に執り行うべきかと存じます」
「ユウヤ陛下、フィリップ殿の申される通り私もやるべきだと思います」
「そうか、でもなあ……」
「陛下は面倒なだけですから、どうぞやる方向で進めて下さい」
「ポーラ、なんということを」
「ポーラ殿下もあのように仰っられた。すぐに準備に取りかかりましょう」
「で、殿下ぁ?」
「何かおかしいでしょうか、王妃殿下」
「い、いえ、その……呼ばれ慣れてないものですから」
「慣れて頂くより他はございませんね」
「そうだぞ、ポーラ殿下。俺やソフィアたちを除いた者がポーラさんなんてうっかりでも呼んでみろ。不敬罪で首を刎ねなきゃならん」
「首を刎ねるって……」
ところが優弥が笑いを堪えているのに気づいて、彼女は頬を膨らませる。
「もう! ユウヤったら!」
「お、王妃殿下、この場で陛下をそのように呼ばれるのは……」
「あ……」
「無礼者、そこへ直れってか。冗談だよ。そうだフィリップ、もう一つ布令を出してほしい」
「かしこまりました。どのような内容でしょう?」
「我がハセミガルド王国においては、その場での無礼討ちは一切を禁ずる」
「無礼討ち禁止ですか!?」
「その場でってのを忘れるなよ。ちゃんと手続きをした上で理にかなっていれば認めるということだ」
「なるほど、無礼討ちの多くは貴族の機嫌を損ねただけで行われると聞きます。そして貴族側に非があったとしても罰せられないとも」
「民からすれば理不尽この上ないだろ。この禁を犯せば家は取り潰し、当主以外がやっても同様の罰を与える。そして当主は斬首、当事者が当主以外だった場合はその者も首を刎ねて家族は国外追放とする」
「ずい分重たい刑ですね」
「フィリップ、お前の家族がやられた時のことを考えてみろ。相手に非があるのに家族が無礼討ちされたとして、それでもお前は刑が重いと言えるか?」
「失言でした。お許し下さい」
「赤い血が流れ、言葉で意思疎通出来る者を人間と呼ぶ。それは貴族だろうが平民だろうが奴隷だろうが変わらん。俺は犯罪者を人とは認めんが、それでも心から改心した者は人間だと思っている」
「人の定義をこれほど簡略になされるとは恐れ入りました」
「リカルド殿、この考えは既得権益にあぐらを掻く者には受け入れがたいものだろう。だが俺は、そういう奴らを根絶やしにしたいと思ってるんだよ」
「ウォーレンさんじゃないけど、ホントにユウヤ……陛下って時々尊敬したくなるから歯がゆいのよね」
「不敬だぞ、ポーラ」
「はいはい、失言でした。お許し下さい」
このやり取りも二度目だったせいか、壇下の者たちの視線は生暖かかった。
その後は
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