第八話 ソフーラ城謁見の間 前編

 年が明けて早々、優弥はソフーラ城に入った。しばらくは滞在しなければならないが、ソフィアは大事を取ってアルタミール領主邸に留まらせたため、表向きの同行はポーラとエビィリンの二人のみである。


 というのも非公式にロッティ、ミリー、イザベルの三人がポーラとエビィリンの護衛任務に当たっているからだ。そのエビィリンだが、連れてきた初日に使用人たちの心を鷲掴みにしてしまっていた。


 ところでこの年末年始は、アスレア帝国の第一皇子リカルドに頼んで例年通りに王国祭を執行してもらった。


 暴動が発生したのが昨年の一月末で、鎮圧されてからも王都は閉鎖されたままだったので、この一年弱の間は民に心休まる時はなかったと言っていい。


 規模は縮小せざるを得なかったが、それでも優弥の名の下に祭りの開催を宣言した時の王都は、久しぶりに明るさを取り戻していたそうだ。リカルドが気を利かせて彼の名を使った結果であると言えよう。


「何だかこのお城ってけっこう古いイメージだったけど、中はすごくきれいなのね」

「使用人たちががんばってくれたらしい。前のバカ国王の時より気合いが入っていたと聞いたよ」


「それはそうでしょう。お給金が上がったんだからやる気にもなるわよ」

「聞いたら領主邸の使用人より安かったから驚いたよ。あのバカ国王め、何から何までケチりやがって」


「お陰で宝物ほうもつ庫は宝の山だったそうじゃない」


「ああ。だから民が見たら喜びそうな物を除いて、ほとんどオークションにかけることにした。歴史的に貴重と言われても、俺はこの国の歴史には何の興味ないしな。ましてやかつての王家の宝なんて欲しいとも思わない」


「そう言うけど、宝石なんかは残したのよね?」


「それも展示用だから欲しがるなよ。ああいった物には念がこもるからな」

「こ、怖いこと言わないでよ」


「迷信だとは思ってるけど、昔から言われていることは信じた方がいいのさ」


 前国王が討たれ、王族は打ち首か島流しとされたのだ。討たれた国王や首を刎ねられた者は無念だっただろうし、島流しで生き残った者も恨みつらみを募らせているに違いない。


 そういった念は持ち物に宿るのだと、優弥は幼い頃から両親に聞かされて育った。だから展示用の宝物についても、彼個人の所有物ではなく王国の財産として扱うことにしたのである。


 それから優弥とポーラは正装し、エビィリンをメイドたちに任せて謁見の間へと向かう。玉座は新調されたようで、装飾品もセンスよく飾られていた。


「皆の者、おもてを上げよ」


 隣にポーラを座らせ、壇上の玉座に腰を降ろした優弥は、宰相としてアスレア帝国からやってきたフィリップ・ボルゲーゼから最低限の所作を教わっていた。しかしここは彼の王国である。やりたいようにやらせてもらうつもりに変わりはなかった。


「俺が新たにこの国、ハセミガルドの国王となったユウヤ・アルタミール・ハセミ、隣は妻のポーラだ」

「ポーラと申します」


「お初にお目にかかります。私はアスレア帝国第一皇子、リカルド・ノルディック・ジョセフソン・アスレアと申します。ユウヤ陛下とお呼びすることをお許し頂けますでしょうか?」


「構わん。他の者もそう呼んでくれ」

「「「「「ははっ!」」」」」


 壇下には皇子を始めとして、アスレア帝国から派遣されてきた大臣職を務める者たちが並んでいる。宰相のフィリップは壇上で優弥より少し離れた位置に控えていた。


「まずはリカルド殿、戦勝おめでとう。民衆にほとんど被害を出さなかった貴殿の手腕と、アスレア帝国に改めて敬意を表したい」

「もったいなきお言葉に感謝申し上げます」


「そしてはるばる帝国より参じてくれた者たちにも感謝する」

「「「「「はっ」」」」」


「最初に言っておくが、皆も知っての通り俺は元々異世界から召喚された平民だ。今でこそ魔法国と北の大陸の大帝国に領地を持っているが、治政は領主代行にほとんど丸投げしている。分からんのだから仕方がないだろう?」


「ご謙遜を。ユウヤ陛下の政治手腕は多くの民衆を味方につけ、治められている二つの領地は他領が足許にも及ばないほど潤っていると伺っております」


「民に分かりやすいようにしただけさ。彼らは自分たちの生活が豊かになればなるほど、もっともっと豊かになりたいとやる気を出してくれる。だから障害となる者を排除し、少しばかり贅沢出来るように税を下げたんだよ」


「頭では分かっていても、なかなか実行に移せる統治者はおりますまい」

「そこはまあ、俺が平民目線だからじゃないかな」


「陛下にお伺いしたい!」

 財務大臣のドメニコ・マルコーニが手を挙げた。


「許す」

「税を下げると仰られましたが、減った財源はどのようにして賄われたのでしょうか?」


「そんなもの、心配しなくてもすぐにオマケがついて返ってくるから必要ない」

「つまり税収が増えると?」


「試しに各領地に現在の税率から一割下げさせてみるといい。下げた初年度はどうか分からんが、次の年度からは税収が増えるはずだぞ」


 領民が極端に少ない領は別と彼は付け加えた。


「税が下がれば民の購買力が上がる。購買力が上がれば物が売れるから生産者側の仕事が増える。仕事が増えれば人手が必要となり雇用が増える。雇用が増えれば納税者が増える」

「なるほど! 結果的に税収が増えると!」


「オマケに生活に余裕も生まれるから、民が元気になるってことだ」

「それが民に分かりやすい政策というわけですね」


「あとは民を苦しめている貴族や商人、盗賊共の排除だな。奴らは民が逆らえない権力を持っていたり、暴力を振るうからタチが悪い」


「どのようにして排除なさってこられたのですか?」

「最悪はこれ」


 言うと彼は右手の親指を立て、自分の首の左から右に滑らせた。殺しを意味する動作である。


「奴らには自分たちが絶対に敵わない相手がいることを教えてやればいいのさ」

「知った時には命がない者もいるということですね」


「それが抑止力に繋がるからな。だからお前たちに言っておく。この城で働く者は使用人も含めて、今日この時より全員俺の身内だ。俺は身内を見捨てないし、命を賭けてでも守り抜く」

「「「「「おおっ!」」」」」


「だがその代わり、裏切りは絶対に許さない。身内を傷つける者は身内でも許さない。また、民に仇なす者も許さない。身内が俺を裏切れば、待っているのは極刑のみと肝に銘じておけ」

「「「「「ははっ!」」」」」


「あと勘違いしないでほしいんだが、俺は独裁者ではないから進言は喜んで受け入れる。そこに間違いがあったら正してやるし、俺が間違えていれば正してくれ。それは裏切りではないし、むしろそうしない方が裏切りになるからな」


 謁見の間での問答はさらに続く。

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