第七話 ソフィアの血筋

 アスレア帝国のノルディック城に到着した一行は、謁見の間ではなく応接室に通された。そこには護衛の兵士は二人しかおらず、ソフィアとポーラに対する皇帝の配慮が窺える。


「ということで国名と、ついでに王都名、王城名も決めてきた。それと王都には大聖堂があるんだが、そこも名称を変更させようと思ってる」


「国名がハセミガルド、城がソフーラ、王都と大聖堂はサイコーハッピーか」

「サイコーハッピーとはどんな意味なのですか?」


 皇妃に問われてその意味を説明すると、彼女は皇帝と顔を見合わせてから綻ぶような笑顔を向けてきた。


「承知した。そのように布令ふれを出させよう」


 その他決まったのは、現在の帝国宰相補佐官が宰相として赴くこと。加えて大臣職とその補佐として派遣される者たち、優弥から治世を学ぶ未来の大臣候補たちの顔ぶれだった。


 と言っても彼らはすでに移動の準備に入っているため、顔合わせはなく名簿を渡されたのみである。ちなみに彼らは転送ゲートは使わず、家族と共に馬車で向かうそうだ。


「お仕事の件はこれで終わりでいいですか?」

「ああ、構わんよ」


「ではソフィアさんにお尋ねします。貴女のお母様の名前を教えて下さるかしら?」

「は、はい! ろ、ローラです」


「やっぱり! ソフィアさん、貴女のお母様は私の従妹で、貴女には皇族の血が流れているのです」

「「ええっ!?」」


 ソフィアはもちろん、ポーラまでもが目を見開いて驚愕していた。


「ローラは三代前の皇帝陛下の姫君が降嫁したスフォルツァ侯爵家の令嬢でしたが、市井の男性を愛してしまったために家を追われたのです。そして産まれたのがソフィアさん、貴女でした」

「まさかお母さんが……」


「マルティーナさん、今思ったんだが、それをソフィアに伝えてどうするつもりだったんだ?」


「ソフィアさんの祖父、ジョバンニ・スフォルツァ侯爵はご高齢の上に病の床に伏しておられ、間もなくこの世を去ろうとしておられます」

「それで?」


「ですからその前に、一目だけでも孫の顔を見せてあげられたらと思ったのです」

「却下だな」


「ユウヤさん?」

「鉱山ロード殿、却下とは何故なにゆえかな?」


「分からないか? ソフィアの母親を追い出したのはそのジョバンニとかいうじじいなんだろ?」

「じ、じじい……」


「本人がどう思ってるかは知らんが、娘を追い出したくせに孫に会うのを望むってんなら、俺がこの手で息の根を止めてやりたいくらいだね」

「ユウヤさん……」


「ソフィアの前ではあまり言いたくないんだが、マルティーナさんは彼女のご両親がどうなったか報告とかで知ってるんだろ?」

「それは……はい。気の毒だったと思っております」


「つまり、仮に侯爵が最期に及んで娘に謝りたいと思っていたとしても、すでに叶わないということだ。そしてソフィアに悲しみを背負わせる原因を作った侯爵を俺は絶対に許さない」


 彼はこの場にソフィアを連れてきたことを後悔していた。たとえ彼女が皇族の血を引いていたとしても、母親が家を追い出されていた事実を考えれば、不幸な結果になることは予想出来たはずだ。


 現にソフィアは知る必要のなかった出生の秘密を知らされたせいで、動揺が隠し切れていない。彼は亡くなった彼女の両親にも申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「ソフィア、大丈夫か? ごめんな、俺が考えなしに連れてきてしまったばかりに」

「いえ、そんな……自分のことですから……」


「ソフィアさん、ごめんなさい。私も迂闊でした」

「皇妃様、お気になさらずに。私は大丈夫です……」


 そう言って微笑んだソフィアだったが、次の瞬間膝から崩れ落ちてしまった。辛うじて優弥の腕が間に合ったため倒れ込む前に抱き支えられたが、彼女の顔からは血の気が失せていたのである。


「ソフィア!?」

「ソフィアさん!」


「医師だ! 宮廷医師を呼べ! ぐずぐずするな!」

「はっ!」


 皇帝の怒声に兵士が応接室を飛び出していく。


「ソフィア、しっかりしろ、ソフィア!」

「ソフィア、お願い、目を覚まして!」


 ポーラも涙目になりながらソフィアの手を握りしめた。


 すぐに彼女を医務室に運び、宮廷医師が診察を開始する。医師はソフィアが皇族に連なる者だと知らされると、その目が一層真剣なものに変わった。


「母子共に無事ですのでご安心下さい」


 しばらくして医師が微笑みながらそう告げた。一同が胸をなで下ろしたのは言うまでもないだろう。


「ただ強いショックを受けたようです。妊婦に何をしたのかは存じ上げませんが、しばらくは安静にして刺激なさらない方がよろしいかと存じます」

(この医者、なかなか言うじゃないか)


「鉱山ロード殿、すまぬ。妻は後ほど厳しく叱責しておく故、どうか怒りを鎮めてほしい」

「アンタが何に怯えているのかは知らんが、今回は俺にも責任があるからそんなにマルティーナさんを責める必要はないよ」


 優弥は皇帝の顔が真っ青になっていたので、自分からの報復を恐れているのだろうとは察していた。しかしそれを口に出すほど愚かではない。ここで皇帝のメンツを潰しても、誰の得にもならないからだ。


 それから間もなくソフィアが目を覚ましたので、優弥とポーラを残して他の者たちは退室させた。


「ソフィア、ごめんな」


「ユウヤさん、大丈夫ですよ。ただちょっと気持ちが追いつかなかっただけですから」

「私も心のどこかで皇帝陛下に会えるなんて浮かれてたのかも知れないわ」


「ポーラさん、気にしないで。私も似たような気分でしたし」

「ソフィアもそうだったのか?」


「だって今までそんな機会はありませんでしたから。ロメロ枢機卿すうききょう様とお会いした時もビックリでしたけど、今度は以前住んでいた国の皇帝陛下ですよ。それってすごいことじゃないですか」


「まあ、確かに普通に暮らしてたら、俺たちが会えるような相手じゃないからな」

「ユウヤはずい分横柄な態度だったような気がするんだけど」


「それですよ。私、ユウヤさんが無礼討ちされるんじゃないかって冷や冷やしてたんですからね」

「あれ? もしかしてソフィアが倒れたのって、けっこう俺のせいだったりする?」


「全部とは言いませんけど、私の血筋のことを除けばユウヤさんが……」

「マジか!?」


「それに本当は血筋のことなんてあまり気にしてないんです」

「そうなの?」


「はい。だってもう、私はユウヤさんの妻ですし、ハセミガルド王国の王妃なんですから」


 イタズラっぽく笑うソフィアを優弥とポーラが二人で抱きしめた。彼女が倒れたのは、今言った言葉通りの理由ではないと分かっていたからだ。


 その日三人は、医師の安静にとの言葉から用意された客間に泊まり、久しぶりに夫婦水入らずの夜を過ごすことになる。そして翌日にはソフィアが体調を取り戻したため、無事にアルタミール領主邸に帰還するのだった。



――あとがき――

 いつも本作をお読み頂きありがとうございます。


 思えばこの作品はカクヨムコン8に向けて2022年9月29日から連載を始め、この『第十章 王国新生』で本年の1月の中旬頃に完結させる予定でした。


 途中、実父の逝去があったため予定が遅れてしまいましたが、残りのあと三話ともう一話、番外編『ちょっとエッチな魔王様(仮題)』をもちまして完結とさせて頂きます。どうか最後までお付き合い頂けたらと思います。


 これまで多くの応援を頂き、ありがとうございました。皆様の応援が何よりの励みであり、執筆を辛いと思うことは一度もありませんでした。


 カクヨムコン終了後に本作を再オープンして続きを書くかどうかは今のところ分かりませんが、新作を書くにしても続きを書くにしても、これからもよろしくお願い致します。


 仮に何か賞を頂いたら、新作も続きも改稿の後になるんでしょうけど(^-^;


 なお、本編は本日の夕方か夜にもう一話、明日の土曜日に一話と最終話、日曜日に番外編を投稿する予定です。


 それでは少し早いですが、改めてありがとうございました!

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