第六話 国名と王都名

「鉱山ロード殿、国名も改めなければならんぞ」

「言われてみれば確かに。モノトリスってのは前のバカ国王の家名だったもんな」


 城の使用人たちは大半が辞めるつもりだったようだ。彼らは敗戦国の使用人がこれまでと同等か、それ以上の条件で雇われるはずがないと考えていたからである。


 待遇を確認してから進退を決める道もあったが、退職したくなっても新たに就任する主が素直に辞めさせてくれるという保障はない。最悪は処刑される恐れすらあるというのが結論の理由だった。


 ところが優弥が国王になると知らされて、その考えが真逆に変わる。


 強者に厳しく弱者に優しい、あの鉱山ロードが城の主になるというのだ。しかも帝国の属領に成り下がるわけではなく、王国として存続を続けるという。これはもう待遇云々の話ではなくなってしまった。


 むろん、彼らは新王国が完全自治を認められたことなど知る由もない。だからたとえ鉱山ロードが国王になったとしても、待遇面では期待出来ないと思っていた。それでも、誰一人として退職を願い出る者はいなくなったのである。


 同時に彼らのアスレア帝国に対する好感度も急上昇だ。これは皇帝ジョセフの思惑通りだった。


 実は敗戦国の処理は非常に難しい。今回の戦争では事前の諜報活動が功を奏したお陰で、死者は驚くほど少なかったと言っていいだろう。


 しかし軍人は例外である。望むと望まざると、帝国軍や謀反を起こした自国の兵士と戦い、散っていった命があるからだ。かつては友として酒を酌み交わした相手と、刃を交えなければならなかった者もいたことだろう。


 これには少なくない数の国民も悪感情を抱き、帝国からやってくる統治者に対して憎悪を募らせるのは目に見えていた。最悪は内乱に発展する可能性もはらんでいたのである。


 それらの杞憂を一気に解決してしまったのが、民からの絶大な人気を誇る鉱山ロードの国王就任だった。一度は退職を決めた城の使用人たちが、態度を一変させたことだけを見てもその事実は明白であろう。


「国名かあ。何がいいかな」


 いったんアルタミール領主邸に戻った彼は、女性陣五人を談話室に集めて案を募っていた。ハセミ王国と名づけるのが無難ではあるものの、能がないような気がしてならなかったからだ。


 ちなみにエビィリンは彼に抱っこされてすやすやと眠っている。


「でも普通は家名を国名にするんですよね?」

「領地を治める貴族様も、家名が領名になってるもんね」


「そうなんだけどさ、何かこう、もう一捻り欲しいんだよね」

「あ! じゃ、あれはどう?」

「ポーラ、あれって?」


「ほら、ユウヤの身分証に書かれてるあれよ。サイコーハッピー! 国名はサイコーハッピーハセミ王国でどう?」

「いや待て、それは……」


「ユウヤさん、サイコーハッピーってどんな意味があるんですか?」

「ん? 超幸せ、みたいな?」


「えっ!? いいじゃないですか、サイコーハッピー!」

「いやいやいやいや、あれはエリヤが言った言葉をモノトリスのアホ共が勝手に……」


「勇者様のお言葉が由来だったんですか!? それならなおさら決めるしかないと思います!」

「自分で言っておいてなんだけど、私も悪くないと思うわよ」


 シンディーとニコラ、ビアンカまでもが大きく頷いている。

(やぶ蛇を突いちまったか)


「すまん。相談しておいて悪いんだが、サイコーハッピーには嫌な思い出しかないから勘弁してほしい」


「超幸せって意味なのに、嫌な思い出しかないなんて不憫よね」

「でもユウヤさんがそこまで嫌なら別のを考えましょうか」

「そうね。私も国王が自分の国名を気に入らないんじゃ仕方ないと思うわ」


「せっかく意見を出してもらったのにごめん。今思いついたんだけど、ハセミガルドっていうのはどうだろう?」


「ガルドってどんな意味なんですか?」

「本来の意味は庭なんだけど、元々は囲われた誰かの所有地って言えばいいのかな」


「旦那様の庭……しっくりきませんね」

「まあ、シンディーの言う通りかもな。しかしこれが神話の世界だと、王国や都市の名前として出て来るんだよ」


「神話! それはカッコいいですね!」

「ハセミガルド、語感もいいように思えてきました!」


 シンディーに続いてソフィアが身を乗り出し、ポーラとニコラ、ビアンカも異議なしとばかりに首を縦に振っていた。


「じゃ、国名はハセミガルドで決まりだな」

「「「「「はい」」」」」


「ねえユウヤ、王都の名前は変えないの?」

「王都の?」


「グランダールも前の王様の名前に入ってたはずよ」


 ミシュラン・グランダール・モノトリス、それが前国王のフルネームである。


「それはいかんな。王都名も変えよう」


「ユウヤガルド……だと、ガルドばっかりになっちゃうわね」

「サイコーハッピーはユウヤさんがお嫌なんですもんね」


「いや、ソフィア、逆にいいかも知れん」

「はい?」


「王都の民が超幸せになれるようにって意味を持たせれば、名前が変わっても受け入れられやすくなるんじゃないかな」

「グランダール大聖堂もサイコーハッピー大聖堂って名前になれば、女神様もお喜びになるんじゃないかしら」


「サイコーハッピー大聖堂か! それはいい!」

 彼は心の中で爆笑していた。


 国名に入るのが嫌だったのは、自分が名乗る時にサイコーハッピーハセミ王国国王となってしまうからだ。王都の名ならわざわざ名乗りに使う必要はないし、響き自体には忌避感もない。それに共に召喚されたエリヤを偲ぶことも出来る。

(死んでないけどな)


 さらに王城もソフーラと名づけた。由来はもちろん二人の妻の名前である。ハセミガルド城やサイコーハッピー城などの意見もあったが、彼にとって城は家と同じなのだ。


 家とはすなわち帰る場所であり、他でもないソフィアとポーラの許なのである。よって二人の名から思いついたのがソフーラだった。


「さて、諸々決まったことだし、アスレアの皇帝に会いに行ってくるとするか」

「すぐに帰ってくる?」


「そんなにはかからないと思うよ」

「ユウヤさん、気をつけて行ってきて下さいね」


「いや、体調が悪くなければソフィアも一緒に連れていきたいんだ」

「私もですか?」


「もちろんポーラも。シンディーたちはエビィリンを見ててくれるか?」

「「「分かりました」」」


「エビィリンは置いていくのね」

「相手は皇族だからさ。皇帝と皇妃は問題ないだろうけど、護衛の兵士とかが面倒なんだよ。エビィリンがアイツらに泣かされようものなら、城ごと潰したくなるかも知れんし」


「お、お城ごと……!?」

「あ、そうだ、シンディー」

「何でしょう、旦那様?」


「ウォーレンにドラゴンの骨を片付ける準備をするように言っておいてくれ」

「展示を終えられるということですね?」


「ああ。どうせならハセミガルド王国の象徴にしようと思ってね。あっちに飾りたいんだよ」

「承知致しました」


 エビィリンを起こして留守番を言いつけると、寝起きだったためか少しぐずりはしたものの、すぐに聞き分けてくれた。


 そしてソフィアとポーラの準備が出来たところで、彼は二人を連れてアスレア帝国へ向かうのだった。

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