第三話 本題

「鉱山ロード殿、半年前ほどに結婚されたと聞いた。遅ればせながらおめでとうと言わせてもらう」

「その言葉は素直に受け取っておこう。ありがとう」


「私からもお祝いを。おめでとうございます」

「ありがとう」


「さて、まず聞きたいのは貴殿が放った密偵のことだ」

「何を聞きたい?」


「あれほど簡単に口を割るとは思わなかった。密偵の素質など微塵も感じられぬのだが、貴殿は彼女らを大切に扱っているように見受けられる。何故だ?」

「質問に質問で答えるのは悪いが、アンタが考える密偵とは何だ?」


「相手に気づかれずに情報を集め、時には流言をもって敵を惑わせ、必要とあらば殺しも厭わない。そして捕まって拷問されても決して口を割らず、秘密を守るためなら自害すら辞さない。密偵とはそうあるべきだと考えておる」


「ま、普通はそうだろうな。だが俺は違う」

「ほう」


「ミリーとイザベルから俺が素手でドラゴンを倒したことは聞いているか?」

「聞いている」


「では海竜を殺したことは?」

「それも喋ってくれた」


「加えて俺には魔王の魔法攻撃も効かないようだ。もっともこれは推測に過ぎんがな」

「何が言いたい?」


「つまり、ただの人間が俺を傷つけたり、まして殺すなど不可能ということだよ。しかも俺は単独で国を滅ぼすことも出来るだろう」

「ふむ」


「絶対的な強者には秘密が知られても怖いものなんてないのさ。だから彼女たちにはこう言っている。何があっても必ず生きて戻れと。生きるために秘密を漏らしても咎めはしないと」

「何故そこまで……密偵は捨て駒ではないのか?」


「せっかく集めた情報も、持ち帰らなければ何の意味もなさないじゃないか。それと捨て駒と言ったが、俺の身内に捨て駒など一人もいない」


 身内が傷つけられたならその何倍もの痛手を負わせるし、命を奪うことも辞さないと彼は続けた。


「だからアンタは命拾いしたってことだ。もしミリーとイザベルから情報を引き出すために二人を拷問などしていてみろ。間違いなく実行した者とアンタの命はなかっただろう」


「貴様! 陛下に向かって無礼の数々! もう我慢出来ん!」


 一人の兵士が叫んで剣を抜き、周囲の数人がこれにならう。だが、それを見たランドン皇子が彼らに腕を向けると、一瞬で抜剣した兵士たちの全身が炎に包まれた。


「ぐあーっ!!」

「ぎゃーっ!!」

「熱い! 助けてくれ! 熱いっ!!」


「な、何故ですか、殿下!?」

「次はないと言ったはずだ!」


 燃え上がる彼らに差し伸べられる手はなく、しばらくすると身を焼かれた者たちは肉の焦げる匂いを放つ焼死体となっていた。その匂いも皇子の風魔法で消し去られ、数人の兵士が死体を部屋の外に運び出していった。


「魔法か。皇子のクセに人を焼き殺すとはえげつねえな」

「ハセミ様が手を出される方がもっとえげつない結果になると思いましたので」


「ああ、城ごとなくなってたかもな」

「ほら、やっぱり」


「鉱山ロード殿、見苦しいところをお見せした」

「ま、俺も少し煽りすぎたようだ。で、話ってのはそれだけか?」


「いや、本題はここからだ」

「じゃ、早いとこ始めてくれ」


 そこで皇妃が互いにずっと立ったままだと告げると、すぐに皇帝は兵士に命じて優弥の椅子を用意させた。二人は玉座に腰を降ろし、彼にも着席を促す。


 しかし皇子の椅子はなかった。兵士からの意趣返しかと思ったが、謁見の間においては皇帝の前で皇子が椅子に座ることはないとのことだった。


「では、本題に入るがその前に、モノトリス王国が我が帝国に敗戦したのは知っているか?」

「ああ、知っているとも」


「鉱山ロード殿はあの王国で召喚されたようだが、これについて思うところがあれば聞きたい」

「ムカついてたね」


「ムカついて……ということは、思い入れがあるというわけではないのだな?」

「それも聞いているのだろう?」


「確かにその通りだが、本心はやはり本人に聞かねば分からぬからな」


「俺があの国王を殺さずにいたのは、それをすれば王国が混乱に陥って民が被害を被ると思ったからだ」

「なるほど。民に罪はないと?」


「逆に聞くが、彼らに何か罪があるのか?」

「いや、愚問だった」


「王国の敗戦と本題とやらに何の関係がある?」


「実は我らが放った間諜が口を揃えて報告するのだ。鉱山ロードと呼ばれる男が、王国民に大変に慕われているとな」

「まあ、彼らが喜びそうなことを色々とやってやったからな」


「ふむ。そこでだ、鉱山ロード殿」

「うん?」


「国王をやってみんか?」


「あー、パスパス。そういうのは……待て、今なんつった?」

「モノトリス王国の国王にならんか、と言ったのだ」


 またぞろどこかの領地でも治めないかという申し出かと思ったら、皇帝が口にしたのは国を治めろというとんでもない内容だった。


 ただでさえアルタミール領とハセミ領だけで手一杯なのに、国まで抱えてしまっては不死身に近い肉体をもってしても、忙しさに殺されてしまいかねない。ところがそんな彼の心情を無視して皇帝は話を続ける。


「貴殿が治めている領地についても聞いた。まつりごとの手腕も素晴らしいそうではないか」

「あの二人、余計なことを……」


「その二人は貴殿に心酔しておるようだったぞ」

「へ、へえ……」


「貴殿が王国を治めるなら、民も諸手を挙げて歓迎すると思うが?」

「だとしても、そもそもあそこは帝国が属領にするんじゃないのかよ」


「元々の予定はな。しかし余は貴殿の政治手腕を見てみたくなったのだ。手が足らなければいくらでも人材を貸そう」

「植民地ってことだよな?」


「対外的にはそうせざるを得んが、税を納める必要もないぞ。ただ、同盟を結んで積極的に交流したいとは考えている。むろん、余の臣下に貴殿の下で政治を学ばせたいとの意向もある」

「先生って器じゃねえぞ、俺は」


「陛下、発言をお許し頂けますでしょうか」

「ランドン許す。申してみよ」


「はっ! 陛下はもう一つ、ハセミ様に申されなければならないことがおありだと思いますが」


 そこでふと思案顔になった皇帝だったが、何かを思い出したようにポンッと手を打った。


「そうであった。余としたことが、大事なことを忘れるところだった」


 そう言って笑う皇帝に悪びれた様子は窺えない。それ故に、続く言葉に彼は耳を疑わずにはいられなかった。

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