第二話 皇帝との謁見

「鉱山ロードのユウヤ・アルタミール・ハセミ様ですね。お初にお目にかかります。私はアスレア帝国第二皇子のランドン・ノルディア・ジョセフソン・アスレアと申します」


 ロッティと国境に着いてすぐ、優弥は転送ゲートで帝国城ノルディックに送られた。そこで彼を出迎えたのが第二皇子おうじのランドンだったというわけである。


 皇子はホワイトブロンドの髪に碧眼の長身イケメンで、第一印象は物腰の柔らかい好青年といったところだった。ただしそれで彼が気を許すことはない。


 なお、さすがに帝国にとっては他国の密偵であり、貴族でもないロッティが皇子に会うことは出来ないので、彼女は別室で控えることになった。もちろんその部屋に彼が敵対結界を張ったのは言うまでもないだろう。


「現在第一皇子の兄は軍を率いてモノトリス王国に遠征しておりますので、父である皇帝陛下から私がハセミ様のご案内役を仰せつかりました」

「そんなことはいい。ミリーとイザベルはどこだ?」


「面会場所にとのことでしたのでその通りに。ただ父の前に立たせるわけには参りませんので、謁見の間の控え室に通してあります」


「ならまずそこに連れていけ」

「承知致しました」


 言わずもがなだが、自国の皇子に横柄な態度を取り続ける彼に、四人いる護衛たちが敵意を向けないはずはなかった。少しでも変な真似をすれば、すぐさま斬り殺してやるという雰囲気が嫌でも感じられる。


 しかし現在の彼のDEFは最大の2億超えオーバー、斬りかかれば剣の方が折れてしまうのは間違いないだろう。


「「お館様!?」」

「ミリー、イザベルも無事だったか!?」


 控え室では皇子の言葉通りミリーとイザベルが待っていた。彼が来ると聞かされていたそうだが半信半疑だったようだ。それが本当に現れたため、二人の目には涙が浮かんでいた。


「拷問などされていないか? されていたのならすぐに皇帝を血祭りに……」

「い、いえ、大丈夫です」


「お館様のお言いつけを守って聞かれたことに答えたら、ここからは出してもらえませんでしたが、不自由と言えばその程度であとは賓客並みの扱いでした」

「部屋も別々でしたが来客用を与えられ、世話役のメイドまで付けて頂いて……」


「お館様が仰られたのはこういうことだったのかと」

(いや、そこまでの待遇は期待してなかったけど)


「なんにしても無事ならよかった」

「「はい」」


「いかがでしょう。これで心おきなく父に会って頂けると思うのですが」

「ランドン皇子、俺がこのまま彼女たちを連れて逃げ出したらどうするつもりだったんだ?」


「うーん、考えてもみませんでしたが……」

「は? アンタ、バカなのか?」


 これにはさすがに護衛が剣に手をかけたが、皇子は一睨みしてそれを制した。


「これは手厳しい。ですが我々の聞いた鉱山ロード様の印象から察するに、そのような不義理をなさるお方ではないと思っておりましたので」


「不義理? 俺のことを調べたのなら、彼女たちを捕らえた時点で報復されるとは思わなかったのか?」

「申し訳ありません。ただ、我々としてはどうしてもハセミ様とお会いしたかったものですから」


「一ついいか?」

「何でしょう?」


「どうしてそんなに俺に会いたがっていたんだ?」

「父……皇帝陛下がご所望なされたからです」

「皇帝が?」

「はい」


「まあ、こちらの要求は満たされたのだから会ってやるのは構わんが、それでも一つ貸しだぞ」

「心得ました」

(先に密偵を送り込んだのはこっちなんだが、まいっか)


「で、皇帝は俺に何の用があるって言うんだ?」

「それはこの後陛下に直接お聞き下さい」


「言っておくが俺は作法など知らんし、知っていてもこの態度を変えるつもりはないからな」

「問題ございません」


「そちらの兵士殿は問題大ありのようだが?」


 言われて皇子が振り返ると、護衛の一人が物凄い形相で優弥を睨む顔があった。それを激しく叱責して下がらせると、改めて穏やかな表情で彼に頭を下げる。ただ、兵士を咎めていた時の皇子を見て、単に物腰の柔らかいだけの好青年ではないと彼は覚っていた。


「それではハセミ様、謁見の間にお越し頂けますでしょうか?」

「わかった」


 ミリーとイザベルを控え室に残して、皇子について部屋を出るところで立ち止まる。この後二人はロッティと同じ部屋に連れていくと言われたからだ。


 彼はそれを拒否してこのまま控え室で待たせるように要求した。用がなくなった二人が暗殺される可能性を捨てきれなかったのである。


「何故です?」

「いいから従え。それと部屋には二人以外残すな」

「そう言われましても……」


「見張りなら部屋の外に待機させておけばいいだろう? 従えないなら害意ありと見なすぞ」

「承知しました。そのように致しましょう。聞いた通りです。二人を残して皆、部屋の外へ」


 その隙に彼が二人に耳打ちする。


「この部屋に結界を張ったから、お前たちは俺が戻るまで部屋から出るなよ」

「「はっ!」」


「では参りましょう」


 控え室というだけあって、謁見の間の入り口まではすぐだった。巨大な扉の前には、中に皇帝がいるとあってか左右にそれぞれ五人の兵士が控えている。おそらく扉の向こうにはさらに多くの兵士がいるのだろう。


 一方、残り三人になった皇子の護衛は優弥の前に二人と後ろに一人だった。


「ユウヤ・アルタミール・ハセミ様をお連れした。扉を開けよ」

「はっ!」


 兵士の一人が敬礼すると他の九人も同時に敬礼し、観音開きの扉がきしみ音一つ立てずにゆっくりと開かれていく。同時に皇子の護衛は中を見ないように脇に退いた。許しなく皇帝の姿を目にすることは、この国ではたとえ貴族でも罰せられるからである。


「鉱山ロード、ユウヤ・アルタミール・ハセミ様、ご到着!」


 その声で、謁見の間の中にずらりと並んだ兵士たちが一斉に敬礼する。ある意味壮観だったが、皇帝の脇に立っている皇妃を見た彼はその目を疑った。


 何故なら彼女が、ソフィアを大人にしたような顔だったからである。

(まさかな。単に似ているだけだろう。それにソフィアには両親がいたんだし)


 気を取り直し、皇子の後ろについて部屋の奥に進む。中程までいったところで皇子が脇に避け、並んで止まるように指示された。


「よくぞ参られた。鉱山ロード殿。はアスレア帝国皇帝、ジョセフ・ノルド・アスレアである」

「皇妃マルティーナ・アスレアです」


「魔法国アルタミール領領主、かつレイブンクロー大帝国ハセミ領領主、ユウヤ・アルタミール・ハセミだ」


「まずは余の求めに応じてくれたこと、心より礼を申そう」

「人質を取って呼びつけた、の間違いじゃないのか?」


 優弥の不遜な態度に兵士たちがざわめく。しかし皇帝は手を挙げて彼らを制すると、驚いたことにその場で頭を下げた。


「失礼した。貴殿の申される通りではあるが、出来る限り丁重に扱ったつもりだ」

「聞いている。そうでなければアンタら、すでに死んでたからな」


 またも兵士たちがどよめいたが、やはり皇帝がそれを制した。


「我が帝国には貴殿への敵意はない。まずは怒りを鎮めて話を聞いてもらえぬか?」

「周りの兵士殿たちは敵意に満ちているようだが?」


「お前たち、次はないものと思え!」


 皇子が彼らを睨みつけて叫ぶと、兵士たちは再び一斉に敬礼して見せた。


「ふん。まあ、いい。だが俺も忙しい身だ。手短に頼むぞ」

「承知した」


 さすがにこれだけ煽っても彼を立てる態度は変わらなかったが、それでも気に入らなかったので不遜を貫き通すのだった。

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