第十六話 婚礼式典

「それでは聖ハルモニア神教、クロストバウル・ロザン・ロメロ枢機卿すうききょう猊下げいかにご登壇頂きます」


 アルタミール領主邸の大ホールには壇が組まれ、すでに新郎新婦の三人及び主賓の皇帝と魔王に加え、ハセミ領領主代行のバートランド、アルタミール領領主代行のウォーレンが着座していた。司会を務めるのは家令のモーゼス・ハワードである。


 そのハワードの声で壇上の者たちが立ち上がると、四人のシスターを従えた枢機卿がゆっくりと壇に上がった。なお、シスターの中にはマチルダの姿もあり、平民の彼女が登壇が許されたのは信仰心を買われての大抜擢だった。


「クロストバウル・ロザン・ロメロじゃ。ユウヤ殿、ソフィア殿、ポーラ殿、ご結婚おめでとう!」


 枢機卿がにこやかに祝辞を述べて拍手を送ると、ホールに招かれた来賓たちからも盛大な拍手が沸き起こった。それが収まるのを待って彼が言葉を続ける。


「立ったままでは疲れるじゃろ。構わんから座って楽にしなさい。


 新郎のユウヤ殿と初めて会ったのは、彼が教会の土地を求めてモノトリス王国のセント・グランダール大聖堂を訪れた時じゃった。


 此奴こやつめ、まんまと孤児院の建物と土地をたったの銀貨一枚でせしめおったのじゃ」


「ぎ、銀貨一枚でだって!?」

「どんな土地かは知らんがたったの銀貨一枚とは……」

「あり得ん」


 ホールがざわついたが、枢機卿は構わず話を続けた。


「じゃが、ユウヤ殿は今にも崩れそうだった孤児院を建て替え、孤児たちの命を守ったのじゃ」


「「「「おー!」」」」

「さすがは竜殺し殿、やることが凄い!」


「当時すでに孤児院は教会から見捨てられておった。それを知ってすぐさま行動を起こした彼に感心してのう。儂が教会では最高位となる緋色のプレートを渡したら、後日こんな物をくれたのじゃ」


 そう言って枢機卿が掲げたのは黒曜石オブシディアンの如くに黒く輝く、ドラゴンの鱗から作られたプレートだった。来賓たちがそれを知ると、さらにざわめきが大きくなる。


「あまり話が長くなってもいかんの。そろそろ教会の者としての仕事をしよう。


 コホン、この婚礼に異議ある者は今ここで手を挙げて申し出るか、さもなくば女神ハルモニア様に召される時も持っていけ。


 うむ、一人もおらんようじゃな。では女神ハルモニア様のご威光の許に、ユウヤ・アルタミール・ハセミ殿、ソフィア殿、ポーラ殿の結婚が成ったことをここに宣言する。


 三人とも、改めておめでとう!」


「「「「おめでとう!」」」」

「「「「おめでとうございます!」」」」


 再び歓声と共に万雷の拍手が沸き起こり、枢機卿はシスターたちを従えて壇を降りる。その後はしばしの歓談の時間が設けられ、来賓たちは用意された料理に舌鼓を打った。


 形式は着席ビュッフェだ。自分で取りに行く他に、料理や飲み物を持って回っているメイドに声をかけて、席に着いたまま好きなものを選ぶことも出来る。また、その間に来賓の貴族は身分の高い者から順に壇上に上がり、優弥たちに祝いの言葉をかけていった。


 当たり障りのない内容がほとんどだったが、中には祝いの品の返礼にドラゴンの鱗を望む不躾な者もいた。結婚式の席でなければ、優弥が即刻退場を言い渡すところだったのは言うまでもないだろう。


 貴族たちの列が途切れると、モーゼスによる贈答用目録の読み上げが始まった。とは言っても全てが対象ではなく、各来賓が指定した一品か二品が読み上げられるのみである。つまりこの一品あるいは二品が、贈答品の中でも最高級品ということだ。


 件のドラゴンの鱗を所望した貴族の贈答品は、優弥にとっては何の価値もない、有名な画家が描いたという絵画だった。画家の名を聞かされても全く知らなかったが、一部からは羨ましがるような溜め息が聞こえてきたので、それなりには有名なのだろう。


(倉庫の肥やしになるだけだな)


 式典も終盤に差しかかったところで主賓の祝辞が始まった。


はレイブンクロー大帝国皇帝、トバイアス・レイブンクローだ。まずはユウヤ殿、ソフィア殿、ポーラ殿のご結婚を心よりお祝い申し上げる」


 さすがに領主たちの前では普段の口調はマズいので、あらかじめ皇帝として振る舞うと聞かされていた。


「皆も知っての通り、ユウヤ殿は我が帝国の貴族であり、かつ魔法国アルタミラの貴族でもある。そして何より、我が国の多くの兵士が命を落としてようやく倒したドラゴンより、はるかに巨大なドラゴンを素手で倒した猛者である!


 毎年不足する食糧を奪うためとはいえ、愚かにもかつて我が帝国海軍は魔法国アルタミラへの侵攻を試みた。その結果、竜殺したる強者ユウヤ殿に挑むこととなり、祖父が築き上げた軍事工場まで完膚なきまでに叩き潰されてしまったのだ。


 しかし、大きく力を失った我らが報復されることはなかった。その時より余はユウヤ殿、そして魔王ティベリア殿と友誼を結んだのである。こうして迎えた今日の良き日を、皆でこころより祝おうではないか!


 ユウヤ殿、ソフィア殿、ポーラ殿、改めてご結婚おめでとう!」


「「「「おめでとう!」」」」

「「「「おめでとうございます!」」」」


 皇帝が席に戻り、祝辞は魔王ティベリア、ウォーレン、バートランドと続いた。それらが終わると優弥たち三人は領主邸のバルコニーに向かい、庭に集まった領民たちへのお披露目を果たす。


 三人が姿を現すと怒濤のような歓声が沸き起こり、中には涙を流しながら手を合わせる者まで現れた。


「皆の者、俺がこの地の領主、ユウヤ・アルタミール・ハセミだ!」


「「「「うぉーっ!!」」」」

「「「「ご領主様ぁーっ!」」」」

「「「「おめでとうございまーすっ!!」」」」


「ありがとう! ありがとう!」


 優弥が手を挙げて歓声を制すると、ソフィアとポーラが和やかに微笑みながら一礼して一歩下がる。


「俺がこのアルタミール領にやってきてから一年と少し、皆に助けられてこの日を迎えることが出来た! 改めて礼を言わせてほしい。ありがとう。本当にありがとう!」


「こちらこそ、ご領主様が来て下さったお陰で生活が楽になりました!」

「ご領主様、バンザーイ!」

「「「「バンザーイ!!」」」」


「皆、祝日は楽しんでくれているかぁ!?」

「「「「はーい!」」」」

「「「「楽しんでまーす!」」」」


「祝日は明日まで続くが、あまり飲み過ぎるんじゃないぞーっ!」

「手遅れでーす!!」

「「「「あはははは!」」」」


「それじゃあ、今後ともよろしくなーっ!」

「「「「よろしくーっ!!」」」」

「「「「バンザーイ!」」」」


 優弥たちがバルコニーから姿を消した後も、領民はなかなか立ち去ろうとはしなかった。ドラゴンの骨の展示会場にも黒山の人だかりが出来ている。こうして大盛況のうちに、婚礼式典は幕を閉じるのだった。



――あとがき――

次話より第十章『王国新生』に入ります。

その前に、NGシーン第二弾やります。

NGシーンの公開は本日夜間の予定なので、次話はいつも通り明日の朝の7時過ぎか8時過ぎに更新予定です。

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