第十五話 式典前のひととき

「アス、これが密偵やら工作員やらを送り込もうとした領主のリストだ」

「ティベリア様、ハセミ様、この度は我が国の領主たちが多大なるご迷惑をおかけしたこと、深くお詫び致します」


「さすがにこれはわらわも見過ごすわけには参らんぞ」

「当然です」


「祝いの品にそんなヤツらを紛れ込ませるとは不届きにも程があるというもの。厳重に抗議させてもらわねばならんの」


 結婚式を四日後に控えたアルタミール領主邸の応接室では、優弥と皇帝トバイアス、魔王ティベリアの三人が険しい表情を浮かべていた。


 入領待ちの行列はまだ続いているが、すでに二十を超える家が結界に引っかかっていたのである。お陰で手続きにも遅れが生じ、現場は大混乱に陥っていた。


「中でも問題なのは元王族のコリンズ侯爵だ」

「その者はヴォルコフ元大公と同様、王国復活を目論んでいたことまでは分かっております」


「そんな奴を野放しにしておったのは皇帝の怠慢じゃぞ」

おっしゃる通りです。返す言葉もありません」


「で、アスとしてはどうするつもりなんだ?」


「ハセミ様には手を出してはならないという僕のめいに背いたわけですから、反逆罪に問う以外にありません」

「そうなるよな」


「はい。今回捕らえられた者が仕える家の当主は全員首をね、最低限生活に必要な物資を残し、各家の財産を没収して賠償させて頂きます。また、跡取りのいない家は取り潰して帝国直轄領と致します」

「妥当なのかよく分からん。魔王はどう思う?」


「食糧支援などの恩を仇で返す行為ではあるが、トバイアス殿には青天の霹靂へきれきでもあったのじゃろう。それで異論はない」

「ありがとうございます」


「捕らえた密偵や工作員はどうすればいい?」


「引き渡して頂けるなら最北端の流刑地ノーザン・プリズン、通称"果ての楽園"に送ります」

「それはどのようなところなのじゃ?」


「楽園は揶揄やゆで、行けば二度と戻れないと言われる極寒の孤島。ここへの流刑は我が帝国では極刑に次ぐ重い刑です。主にダイヤモンドを産出する鉱山があり、流刑者にはそこでの労働が待っています」

「さ、寒そうじゃの」


「ま、そういう容赦ない対応をしておけば、この先バカなことを考える奴も減るだろう。飯を食わせるのも惜しいから早々に引き渡すよ」

「分かりました」


「それじゃ二人とも、式典では祝辞を頼む」


 皇帝と魔王の二人は結婚式が終わるまで、領主邸二階の客間に滞在することになっている。また、二人にはそれぞれ従者が四人ずつ同行しており、従者らにも男女合わせて四つの客間が割り当てられていた。


 そして翌日の金曜日と土曜日、及び婚礼式典の日曜日を挟んで月曜日までが祝日となり、領都エイバディーンはお祝いムード一色だった。すでに週の始めから浮かれた雰囲気が漂い、昼間だというのに酒を酌み交わす者たちも少なくはなかった。


「領主様バンザーイ!」

「竜殺しの英雄様、バンザーイ!」

「めでてえ、めでてえ!!」


 むろん高級宿として定着した新ロレール亭も例外ではなく、美味い料理と満足度の高いサービスで連日満室が続いている。特に祭りの期間中は営業を開始してからわずか一カ月、二月中には予約で全室埋まってしまったほどだった。


 加えてランチタイムの長い行列をさばくために、外にも食事出来るスペースが確保されている。とは言っても女将が領主優弥に許可を得た上で、宿の前の通りに簡易的なテーブルと椅子を並べただけのものだ。


 ところが領民には元々屋外で食事をする習慣などなかった上に、物珍しさも手伝ってか思いのほか大盛況となった。それを見たいくつかの料理店が便乗を願い出てきたので、女将はランチタイムを除く時間帯の利用を許可したのである。


 当然彼らは領から営業許可を受けなければならないが、一時期は続々と提出される申請で規模の拡大が止まらなかった。粗末なテーブルと椅子から始まった屋外食事スペースは、いつしか一大フードコートへと生まれ変わっていたのだ。


 お陰で領都の中心部から離れているにもかかわらず、辺り一帯は観光地のような賑わいを見せている。


「あの守銭奴しゅせんどの女将が無料で許可するとは驚いたよ」


 優弥は談話室で、女性陣五人にエビィリンも加わって式典前の穏やかなひとときを過ごしていた。


「その代わりランチタイムの給仕に人を出させるんですから、全くタダってわけでもないと思いますよ」

「ソフィアの言う通りです。ロレール亭のランチタイムは目が回るほど忙しいですから」


「話には聞いているけどそこまでなのか?」


「はい。それにユウヤさん、効率的に給仕をこなすには頭も使うんですから」

「つかうんですからー」


「そうかそうか、エビィリンも頭を使うんだな」

「うん! つかうのー」


 ロレール亭では現在、厨房の下働きも含めて十人のフルタイム従業員と、ランチタイムのみのパートタイマー三人、夕方以降に営業する酒場の給仕要員四人が雇われている。


 旅芸人一家はフードコートに客が集まるようになったので、ロレール亭の手伝いを辞めて本来の姿である芸の披露で生計を立てていた。


「しかし二人と結婚かぁ。考えてみると、この約一年半で色々あったよな」


「そうですね。私はユウヤさんに命を救われて、逃げ出しちゃったこともありましたけど、たくさんの幸せを頂きました」

「そうそう! ユウヤ、あの時は私たちを捨ててどこかに行こうとしてたのよね」


「「「そうなんですか!?」」」


「シンディーもニコラも、ビアンカまで。ポーラ、捨ててなんて人聞きの悪いこと言わないでくれ」


 ポーラがモノトリス王国でのことを三人に話すと、優弥が責められる羽目になってしまった。


「パパをいじめちゃだめー!」

「あはは、エビィリンだけは俺の味方だもんな」


「エビィリン、ユウヤがソフィアを追い出すようなことを言ったのよ」


「うーん、パパ、めっ!」

「ぐはぁっ!」


「うふふ。エビィリンにめってされるの、ユウヤさんには一番こたえるのかも知れませんね」


「それにしても王国、大丈夫なのかしら」

「何だよポーラ、急に」


「職業紹介所の人たちのことが気になったの」

「暴動は鎮圧されたらしいけど、王都は相変わらず閉鎖されたままみたいだな」


 何度かロッティから報告を受けていたが、以前の活気が嘘のようだと言っていた。戦争の危機についてもあちらこちらで囁かれており、密出国を試みて捕らえられる者が後を絶たないそうだ。


「次にロッティが報告に来たら様子を見てくるように言おうか?」


「うーん、彼女の仕事を増やすわけにはいかないからいいわ」

「そうか」


「ご、ごめんなさい、変なこと言ってしまって」

「思い出させたのは俺だ。気にするな」


「王国と言えばユウヤさん、クロストバウル枢機卿すうききょう様は明日来られるんですよね」


「ああ。魔王が迎えに行ってくれるはずだ。式に出席して祝辞まで引き受けてくれると聞かされた時には驚いたよ」


「ロッティって何だかんだで凄い子よね」

「そんな人を配下に加えたユウヤさんも凄いと思います」


「パパすごいー!」

「あはは、ありがとう、エビィリン」


 実は優弥が枢機卿のことを気にかけていると知ったロッティが、話を持っていって引き受けてもらったのである。本来なら教会のナンバーツーが、個人の結婚式に出席した上に祝辞を述べるなど考えられないことだ。仕事をしたのはおそらく彼女の『甘言』スキルだろう。


 そしていよいよ、式典当日を迎えるのだった。

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