第十四話 招待客

 結婚式に参列する者たちの宿泊施設がようやく完成したのは、五月に入ってからだった。昨年の十一月頃に予定していた竣工式は、実に半年も遅れで執り行われる運びとなったのである。


 あの作業員の給金着服事件をきっかけに、経理業務は領主邸内で行われるようになった。最終的な決済は優弥と未来の妻二人、領主代行、家令のいずれかの承認を得る必要があるものの、スオンジー村から登用したマヤがその能力を遺憾なく発揮している。


 ただしソフィアとポーラについては立場上加えただけで、基本的に実務に携わることはない。職業紹介所で働いていたポーラはまだしも、ソフィアには荷が重すぎると判断したからだ。


「入領は到着順ということでよろしいのですね?」


 執務室ではエビィリンを膝に乗せた優弥と、ウォーレン、モーゼスが間近に迫った結婚式の段取りについて打ち合わせをしていた。エビィリンは彼といるだけで機嫌がよく、決して大人たちの会話を邪魔することはない。


 ただ、優弥の指をにぎにぎしたり、頬ずりしたりして単にじっとしているわけでもなかった。


「それで構わないと思うが、わざわざ確認したということは何かあるのか?」

「元王族の方の前に伯爵家や商家の馬車が並んだ場合に、揉め事が起こらないかと心配しているのです」


「ああ、何故自分たちより身分の低い者の後ろに並ばなければならないのかってやつか。面倒くせえ連中だよ、まったく」


「閣下が好ましく思われないのは重々承知しておりますが、慶事の前にいらぬ騒ぎを起こされてはそれこそ面倒というものですぞ」

「まあ腹の中はどうあれ、俺たちの結婚を祝いに来てくれるんだしな」


「元王族の侯爵家に関しましては副門を使って頂くのはいかがでしょう」

「モーゼス、副門ってそんなに広いのか?」


「はい。幅は正門よりわずかに狭いだけにございます」


「しかし侯爵家一行が通るには少々地味ではないか?」

「ウォーレン様、地味ならば飾りつければよいかと」


「お、なかなかいいアイディアじゃないか。地味なら飾りつけてやりゃいいんだ。ウォーレン、モーゼスの案で進めよう」

「かしこまりました」


 入領に際して武装解除は必須で、従わなければ当然門を通ることは出来ない。むろん招待状にもそう記載してあるので、それで揉めることはないだろう。ただどうしても確認には相当の時間を要するため、行列が出来るのは必至である。


 また、メイン会場の領主邸ホールに入れるのは招待客室リストに名前がある者のみで、護衛を含めた従者は例外なく入場することが出来ない。


 彼らは結婚式の期間中、宿泊施設と領主邸を除く領都内での行動が許されている。ただし邸の庭は一般にも開放されるため、そこに限っては従者たちにも立ち入りを許可する手はずになっていた。


 なお、庭では彼の象徴とも言えるドラゴンの骨を展示する予定で、現在養生の内側では組み立て作業が続けられている。余興の目玉の一つとして発表されてから、領内はこの話題で持ちきりだった。


 ちなみに魚人族が出入りする囲いは、すでに外から見えないよう壁で覆われている。といっても厳重なものではなく、いつでも撤去可能な単なる目隠しの役目しかない壁だ。ドラゴンの骨の公開期間が過ぎれば無用の者の立ち入りは許可されないので、必要なくなるからである。


「次に倉庫についてですが、六月は式が終わって招待客が帰るまでは封鎖と致します」

「そうだな」


「一般に開放する倉庫前広場の屋台営業も、多くの許可申請が届いております」

「出来るだけ早く許可を出してやってくれ」


「閣下、その中に閣下とソフィア様、ポーラ様のお名前を入れた土産物を販売したいとの申請がございますが、いかがいたしましょう」


「ほう。一店だけか?」

「今のところは」


「じゃ、二店目以降がきたら許可してやってくれ」

「申し訳ありません。理由をお聞きしてもよろしいでしょうか」


「ウォーレンにしては珍しいな。一店だけだと独占になるだろ。そうすると無許可で模倣する者が出てこないとも限らない」

「なるほど」


「使っていいのは名前と竜殺しの称号だけだ。当然無許可使用は取り締まりの対象だから、別途使用許可証を出してやれ。商品はいかがわしい物でなければ特に制限は設けない」

「かしこまりました」


 そこで一息つくことにする。普通なら気づけない程度に、エビィリンがそわそわし始めたからだ。


 おやつタイムである。メイドを呼んでテーブルに菓子や飲み物を用意させると、彼はエビィリンを膝から降ろした。


「門の周囲に結界を張ろうと思うんだが」

「結界ですか?」


 美味しそうに菓子を頬張るエビィリンの頭を撫でたりして、しばし彼女と戯れてから彼は話を続けた。


「敵対結界と言ってな、敵意がなければ何も起こらないが、敵意を持つ者は一切通さないんだ」

「よい考えとは存じますが閣下、それで万が一招待客や従者が引っかかると面倒ではありませんか?」


「確かにな。しかしこの機に乗じて密偵や工作員を送り込もうと考える領主不届き者もいるだろ。そういうヤツを領内に入れたくないんだよ」

「悩ましいところではありますね」


「お館様、その結界というのは密偵などを連れていれば招待客自身も通れないのですか?」


「検証したわけじゃないから何とも言えないが、おそらく通れないのは事情を知る領主と密偵本人のみか、そいつが乗り込んでいる馬車までじゃないかと思う」

「であれば結界を張られた方がよろしいと思います」


 モーゼス曰く、結界に引っかかった密偵なり工作員なりを捕らえるのは必然として、責任は領主にあるわけだから後でたっぷり賠償させることが出来るのではないかと言う。


 アルタミールは魔法国領なので、そこに密偵を送るなど文字通り敵対行為だし、露呈すれば魔法国に対する宣戦布告と捉えられてもおかしくないのである。そのことを盾に強請ゆすれば、こちらの言いなりになるしかないだろうとのこと。


「なるほど、面白そうだな」

「閣下、不謹慎ですよ。そんな輩はいないに越したことはないのですから」


「しかしウォーレン、お前もいないとは思ってないんだろう?」

「それはそれ、これはこれでございます」


 六月に入る頃には、続々と招待客が祝いの品と従者を従えてやってくる。果たしてどのくらいの不届き者がいるかは分からないが、敵対結界スキルの便利さには舌を巻かざるを得なかった。


 そして迎えた六月、一番乗りしたのはレイブンクロー商会に深く関わっている大商会の一行だった。

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