第十三話 サダキチ

 宿泊施設の建設工事は、予定では昨年の十一月には終わっているはずだった。ところがある時からどういうわけか事故が多発して進行が遅れるようになり、現在は積雪の影響で一時中断となってしまっている。


「原因は事故じゃなかったのか?」


「直接の原因はそれだが、そうなるに至った理由があったんだ」

「ほう」


「私から説明させて頂いてもよろしいでしょうか」

「ユーイン、許可する」


「はっ! 給金の一部が抜かれていたことを突き止めました」

「抜かれていた?」


「経理担当者がかなりの額を着服し、作業員たちに支払われるべき給金が満額支給されていなかったのです」

「何だと!!」


 分かっているだけで半分もピンハネされていたと言う。働いている人数が人数だけに相当な額になるはずだ。経理担当者は支給額が減ったことを作業員たちから抗議されると、領主が決めたことと取り合わなかったらしい。


 そう言われてしまえば、元々職にあぶれて貧民に身を落としていた彼らは何も言うことが出来ず、泣き寝入りするしかなかったそうだ。


 だがそのせいで彼らのモチベーションが大きく下がり、多発した事故の原因となったのは想像に難くない。


「担当者はどうしてるんだ?」

「逃げましたがゴロウザ一家のサダキチさんが追ってくれていますので、直に捕まることでしょう」


「サダキチ?」

(古風だけど、また日本人みたいな名前が出てきた)


「前にアラベラ姉さんが言っていた親分の懐刀です」


 過去に彼が密偵として雇いたいと思った人物である。


「金はどのくらい取り戻せそうだ?」

「今のところはなんとも……」


「捕らえたら殺す前に必ず金の在処を吐かせろ」

「やっぱり処刑か」


「当然だ。領主である俺とソフィア、ポーラの結婚式を穢しただけでなく、事故では死人も出てるんだぞ」

「そうなんだが」


「なんだ、ローガンは反対なのか?」

「逆だよ。殺すことには反対じゃない。ただ……」


「ただ、どうした?」

「アイツらが不憫でな」


 ローガンは実際に被害を被った者たちに復讐させてやりたいと思っているのだと言う。


「まあ、しかしユウヤも被害者だからな。悪い、今のは忘れてくれ」

「いやそうか、そういうことなら考えがないわけでもない」


「なんだ、考えって?」

「石打ちの刑ってのがあってな」


 石打ちの刑とは、数ある処刑法の中で罪人の苦痛が極めて激しいとされる一つである。下半身を埋めて逃げられないようにした上で、即死を防ぐために拳ほどの大きさの石を大勢で死ぬまで投げつけるのだ。


「しかしあまりに残酷だから、俺としては被害者が希望したとしてもやらせるのに戸惑いがあるんだよ」


「なら、それも全て明かした上で希望者を募るのはどうだ?」


「罪人とはいえ、他人に苦痛を与えて殺す覚悟を決めさせるということか」

「そうだ。仮に手を挙げた人数が少なければ、個々の精神的な負担を考えて止めればいい」


「私もローガンさんの意見に賛成です」

「ユーインも?」


「あんなにやる気に満ちていた人たちの心を踏みにじったんです。絶対に許せません!」

「分かった。ひとまず二人で希望者を募ってみてくれ」


 それから数日後には、経理担当者が捕らえられたとの報告が入った。奪われた金はほとんど手つかずで残されており、素直に在処を吐くから命だけは助けてほしいと言っているという。


 供述通り金が残っていたので、本来受け取るべきだった者たちに支給してから、再度石打ちの希望者を募ったのだが、最初にローガンたちが募集した時と人数に変わりはなかった。むしろ数人だが増えていたほどである。


 金が戻っても事故で亡くなった者は戻ってこないというのがその理由だった。優弥自身も自分の信頼を死人が出るほどに裏切った者を許すつもりはなく、石打ち刑は間もなく執行された。


 その翌日、領主邸の応接室には犯人逮捕の功績を挙げたサダキチがユーインと共に招かれていた。


「まずは今回の件、礼を言う」


「貧民街の者たちを苦境に追いやった奴です。それに私はゴロウザ親分の命令で動いただけですので礼には及びません」

「そう言ってくれるな。アレを雇った俺にも責任がある」


「どんなに善人でも、見慣れない大金を目にすれば魔が差すこともありましょう。ご領主様に責任がないとは申せませんが、防ぎようがなかったのも分かっておりますので」


「そうか。で、犯人に家族はいたのか?」

「妻がおりましたが、今回の一件で離縁されておりました」


「わずかでも金を着服した様子はないんだな?」

「はい。身一つで実家に戻ったようです」


 であれば、犯罪に加担したり見てみぬふりをしていた様子もないとのことなので、元妻を罰する必要はないだろう。


「ゴロウザ親分に、後で邸の者が礼金を届けに行くと伝えてくれ」


「それは喜ぶと思います。貧民街のためには金はいくらあっても困りませんから」

「親分は本当に彼らのことを大切にされているんだな」


「そう言って頂けると舎弟分としても嬉しい限りです」


 実は今回、優弥が要望したわけでもないのに、サダキチを派遣したのにはゴロウザ親分なりの理由があった。それは領主が何の説明もなく、作業員たちの給金を引き下げたと聞いたからである。


 自分が面倒を見ている貧民街の住民が不当な扱いを受けているのだとすれば、命を惜しむことなく領主邸に乗り込んで抗議する腹づもりだったらしい。


 もっとも親分が知る限り、貧民街に手を差し伸べた初めての領主がそのようなことをするとは考えにくいとは思っていたそうだ。


 そして蓋を開けてみれば、経理担当者個人の単独犯行ということが判明した。その時親分は、やはり竜殺したる新たな領主は信頼に値すべきと判断したのである。


「今回の件は一つ借りにしておく。親分にはどうしても俺の力が必要となった時、いつでも声をかけてくれと伝えておいてくれ」

「かしこまりました。それではこれにて失礼致します」


 サダキチに合わせてユーインも頭を下げてから、二人は応接室から出ていくのだった。

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