第十二話 新ロレール亭

「あれ、今日は警備の方は?」

「彼なら国に帰ったよ」

「帰ったんですか!?」


「ま、とりあえず中に入ってくれ」


 約束通り借家を訪れたトニーとチェスターを招き入れると、がらんとした室内に驚かれた。すでに家財道具はアルタミール領主邸に引き揚げてあったからだ。


「ユウヤ様、これは一体……?」

「お引っ越しなされるのですか?」


「まあ、そういうことになるのかな」

「やはり暴動が原因ですよね。我々が不甲斐ないばかりに……」


 騎士団や警備隊が取り締まるにも、今回の暴動は規模が大きすぎた。未だに鎮静化の目処は立っておらず、王都に安全と言える場所は結界が張られたこの借家の敷地と、ヴアラモ孤児院の敷地以外にはなくなっていたのである。

 もちろん借家の方は一部の者にしか知られていない。


「二人や騎士団の責任じゃないさ。悪いのはエリヤまで追い出したあのバカ国王だよ」

「我々には何とも……」


「立場上、国王の悪口を言えないのは分かっている。二人に話したいのはまさにそのことだ」

「と言いますと?」


「国王の悪口を言いたいとは思わないか?」

「「はい?」」


「他国がこの国を狙っているのは知ってるかな?」


「なぜそれを……というのは愚問ですね」

「直接聞いたわけではありませんが、騎士団の中でも噂になっております」

「ただ、口に出すことは許されておりませんが」


「だろうな。そこで、だ」


 彼は二人を引き抜こうと考えていた。理由は戦争の危機から救うと言うより、正規の騎士をアルタミール領主邸の護りとしたかったからだ。


「俺の情報では、早ければ秋の収穫以降に宣戦布告される」

「そんなに早く……」


「どうだ、俺の領地に来ないか? もちろん家族がいれば一緒に連れてきてくれて構わない」

「「領地!?」」


 彼は二人に現在の自分の立場を説明した。


「私には両親や兄弟姉妹はなく、育ててくれた乳母もすでに他界しております」

「私もトニーと同じで近しい者はおりません」


(この世界には孤独な者が多い気がするが……俺もソフィアと出会うまではそうだったんだよな)


「今ここで結論を出せとは言わないが、出来れば早く答えを聞きたい」

「ユウヤ様、それには及びません」


「うん? トニーはもう決めたのか?」


「おそらくチェスターも同じ考えだと思います」

「なら聞こうか」


「ありがたいお話ではありますが、私は王国の騎士であり護るべき民がおります」

「私もトニーと同じ思いです」


「そうか。何となくそんな気はしてたよ」


「申し訳ありません。愚かな選択だとは自分でも分かっております」

「もし私に家族がいれば、騎士としての矜持きょうじよりユウヤ様のお申し出を選んでいたことでしょう」


「いや、二人は俺が思っていた通りの男だった。どうか死なないでいてくれよ」


「いずれ再会出来ると信じております」

「私もです」


 互いに固い握手を交わし、果たされる保障のない再会を誓う三人だった。



◆◇◆◇


 

 二月に入ってしばらくした頃、新ロレール亭の準備が粗方整ったとの報告が舞い込んだ。早速訪ねてみると、旅芸人一家が女将に仕事を教わっている様子が窺えた。


 なお、一家は近くに領が買い取った、一階と二階合わせて八室ある二階建てのアパートに住んでいる。間取りは2DKで、この地で雇われた従業員も同様だ。


 もちろん家賃は無償ではないが、彼らは月に小金貨二枚、日本円にしておよそ二万円と、相場のほぼ三分の一の負担で住むことが出来る。


 領都とは言え宿自体が中心からはやや離れた立地のため、比較的家賃の相場も安いのである。


 宿にも住みこめる部屋がいくつかあったが、そちらは早朝から仕込みなどをしなければならない厨房で働く者が優先されていた。


「女将、調子はどうだ?」

「おや、兄さん……じゃなかった、ご領主様」


「よせよせ、前のままでいいって」

「そうかい?」


 ところが新規に雇用された者たちは、このやり取りに真っ青になっている。女将の口の利き方が、彼らが知る貴族に対するそれではなく、いつ不敬罪を問われてもおかしくないと言えるものだったからだ。


「順調だよ。ソフィアたちもがんばってくれてるし」

「皆さんは覚えがよくて助かってます」


「シンディーとニコラもお疲れさん」

「「はい!」」


「今日はどうしたんだい?」

「ああ、これを持ってきた」


 彼が懐から取り出したのは小石だった。魔単11でおよそ四百六十二日間燃え続ける小石は、大浴場を含めた宿で使う全ての湯を賄うための物だ。


 屋上に設置したタンクの水に放り込んでおけば沸騰するので、途中で加水したりして水温を調整しながら使うのである。元々あった薪で沸かす方式よりは断然手軽かつ環境にも優しいが、今はまだ水温調整の見極めから始めなければならない。


 どのくらい加水すれば使用場所の適温になるか、テストを重ねる必要があるということである。


「一年ちょっとは持つはずだが、途中で消えたら使いを寄越してくれ」

「すまないねえ」


「いいよ。それに最初は無償だけど、次からはきちんと代金を請求させてもらうから」

「分かってるよ。それより三年契約とかは無理なのかい?」


「魔法の性質上、一年ちょっとの次は十五年なんだよ」


「変な性質だねえ」

「そう言ってくれるな」


 こんなに便利な石だ。悪人に存在を知られれば盗まれないとも限らない。そこで彼は屋上のタンクに敵対結界を張っておいた。


 そのことは女将にだけ知らせ、万が一にも従業員が水を補給出来ないなどと言ってきたら、その者はすぐに解雇した方がいいと伝えておいた。


 あまり人を疑いたくはない彼だったが、性善説だけでは商売は続けられないのもまた事実である。


 余談だが、モノトリス王国の借家にも結界が張ってあるので、いつでも帰って住めると言ったら大笑いされた。


 やるべきことを済ませて邸に戻ると、ローガンがゴロウザ一家の舎弟分の一人であるユーインと共に応接室で待っていた。ユーインは五人姉弟の中で唯一の男子である。


「ユウヤ、工事が遅れた原因が分かったぞ」


 それは本格的に雪が降る前に終わる予定だった、結婚式に参列する者たちが利用する宿泊施設の建設についてだった。

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