第十話 王都騒乱

「まるで武家屋敷みたいなたたずまいだな……」


 ソフィアとエビィリンを伴って接収した宿屋の建物を見た優弥は、あまりの豪華さに息を呑んだ。何故なら少々古いなどという形容が似つかわしくない、由緒さえ感じさせる建物だったからである。


「ソフィア、まだ外見しか見てないが、これって高級宿って言うんじゃないか?」

「私も、ユウヤさんと知り合ってなければ、絶対に縁があるとは思えません」

「わたしもー!」


 優弥に抱っこされたまま馬橇ばそりから降りたエビィリンが上機嫌で声を上げた。もちろん意味など分かっていないとは思うが。


「ロレール亭の女将シモンにここで商売してもらおうと思ってるんだけど、従業員としてはどう思う?」


「まず規模と、それに格式が違うように思います」

「と言うと?」


「従業員の人数は倍くらい欲しいところですね」

「つまり八人雇わなければいけないってことか」


「はい。ロレール亭の料理の美味しさはすぐに広まるはずです。そこにあの食堂の広さですから、お昼も夜の酒場も大盛況になるのではないでしょうか」


 ソフィア、シンディー、ニコラ、ビアンカの四人の倍は揃えろという意見である。彼女の言葉に彼も異論はなかった。加えて厨房にも料理人とはいかないまでも、下働きの一人や二人は必要だろう。


 実は、しばらくはソフィアたちが手伝いに入るが、雇った従業員が育てばお役御免、つまり退職することになっていた。


 元々結婚式が近づけば辞めさせる予定ではあったが、さすがに領主の婚約者が市井しせいの宿で働き続けるのは問題があると、ウォーレンに言われたのである。しかし彼の真意は、少しでも領民の働き口を確保したいところにあった。


 ただ、ソフィアにそのまま告げるわけにもいかず、表向きの理由は将来の伯爵夫人として学ぶべきことが多いからということにした。今はとても外で働いている暇などないというわけだ。


 実際のところは彼もウォーレンも、貴族としての作法を学ぶことがそれほど重要とは考えていない。ここは本国とは離れているので、魔法国の貴族と関わる機会など魔王を除けばまずないのである。


 また、仮に魔王から晩餐会などへの招待を受けたとしても、あの城でなら無作法を咎められるようなこともない。そもそもそんな招待は今までなかったし、用があれば向こうからやってくるのだから気にする必要もないだろう。


 さらに周辺領の領主たちとは結婚式以外に接触するつもりもなく、万が一茶会や夜会などに誘われても断ればいいだけの話である。


「ユウヤさん、人を雇う話で思い出しました」

「ん?」


「ビアンカさん、お邸で雇ってあげられませんか?」

「ビアンカを?」


「彼女は何も言いませんけど、お邸に奉公したいみたいなんです」

「ソフィアたちとも仲がいいもんな。構わないよ」


 ビアンカも鉱山ロードとのバーベキューを条件にした人材募集で雇われた一人だ。つまり彼女が希望するならこちらで引き抜いても問題はないということである。ロレール亭が彼女のために建てた寮の対価も、今回の避難の件で帳消しにしていいはずだ。


 彼はビアンカが今も変わらずメイドたちから仕事を学んでいる姿を見ていた。だからソフィアの願いは渡りに船だったのである。ビアンカのひたむきさは、使用人たちにとっていい刺激となるだろう。


 ちなみにシンディーとニコラに関しては、そもそもソフィアの護衛任務の延長だったのだから、彼女が辞めればロレール亭で仕事を続ける理由はなくなる。


 それにしても構ってほしいはずのエビィリンは、真面目な話をしている時には絶対に割り込んできたりしない。彼女か成長した暁にはその才覚を買って、要職に就けるのも悪くないとさえ思えた。


 その数日後、ロレール亭の面々を迎えに行き、早速宿屋に案内すると女将と夫、それに雇いの料理人の三人はしばらく口を開けたまま固まっていた。


 それでも後戻りするつもりはないようで、すぐに荷ほどきして開業の準備に取りかかっている。ソフィアたちの退職についても、後進が育つまでは手伝うということで納得してもらえた。


 しばらくすると貼り出された人材募集には、領主の肝いりということもあって多くの応募が来ているという。


 そんな折、再びロッティが執務室にやってきた。そろそろ二月に入ろうという時期で、邸から一歩外に出ればすぐに眉毛に霜がつくほどの寒さが続いている。アルタミール領の雪解けはまだ当分見込めそうもない。


「何かあったんだな?」

「モノトリス王国の王都グランダールで暴動が発生しました」

「始まったか」


 執務室には優弥の他にウォーレンとソフィア、ポーラもいた。間近に迫った結婚式の打ち合わせをしていたのである。


「どんな様子だ?」


「日に日に規模が拡大され、鎮圧には騎士団だけでなく王国軍も加わっておりますが……」

「収まる気配はないか」

「はい」


「孤児院の子供たちは無事なんですか!?」


「ソフィア様、ご安心下さい。今のところお館様の張られた結界に護られているので無事です」

「そうですか。安心しました」


「いや、ロッティ、今のところと言ったな」

「はい」


「もしかして結界の存在が知られたのか!?」


 孤児院を襲撃しようとした暴徒がいたそうで、ソイツが結界に阻まれたため知られることとなったそうだ。お陰で多くの人々が孤児院に避難しようと押しかけてきているらしい。


「その暴徒バカは?」


 ソフィアたちがいたためロッティは一つ頷いただけだったが、その意味するところは彼の意思を汲んで殺害したということである。


「参ったな。迎えに行くとさらに混乱を招きそうだ」


「ご指示頂ければ、私の手の者が誰にも気づかれずにシスターと子供たちを連れ出します」

「そんなことが可能なのか!?」


「はい。彼女は幻覚魔法の使い手ですので」

「もう何でもアリだな」

「はい?」


「気にしないでくれ。借家まで連れてこられるか?」

「問題ありません」


「よし、すぐに孤児院に行こう」

「お館様が行かれずとも、私が借家のゲートを使ってこちらにお連れ致しますが」


「いや、シスター・マチルダには、誰かが保護を目的に結界の外に出るように言ってきても断れと言ってあるんだ。だから俺が行かないとダメなのさ」

「差し出がましいことを申しました」


「構わないよ。旅芸人一家の方はロッティに任せる」

「かしこまりました」


 一家を放っておくわけにもいかず、彼はあの土地に住む全員を避難させることにしたのである。


 心残りはクロストバウル枢機卿すうききょうだが、教会にいれば安全だろう。それにあの聖職者なら、自分一人だけ避難しようなどとは考えないはずだ。


「ウォーレン、八人連れてくる。受け入れの準備を整えておいてくれ」

「承知致しました」


「子供たちは不安だろうから、彼らが着いたらソフィアとポーラはケアを頼む。エビィリンにも声をかけてな」

「「はい」」


「ロッティ、行くぞ」

「はっ!」


 ロッティと共にゲートを通って借家に行くと、そこからでも分かるほど王都は騒然としているのだった。

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