第十三話 フードコート

「はうんっ!」

「きゃあっ!!」


 柔らかい感触、それは――


「ユウヤさんのえっち!!」

「ユウヤのばかぁ!!」


 ソフィアとポーラの二人は、彼の両脇に腕枕で眠っていた。しかも肩近くで吐息がかかるほど顔を寄せていたため、彼の肘から先が自由だったのだ。要するに両手が二人の胸を掴んでいたという状況である。


「待て、待ってくれ! 不可抗力だって!」


「じゃあどうしてもみもみってしたの!?」

「そうですよ! 私なんて変な声出しちゃったじゃないですか!」


(女神が少しだけ注意しろって言ってたのはこのことかよ。先に教えておいてくれりゃよかったのに)


 胸を守るようにベッドの上で後ずさった二人だったが、不覚にも彼には怒り眉が可愛く見えていた。それに未だ手のひらに残っている感触は素晴らしいの一言に尽きる。


 同時にそんなことを楽しめるほどには立ち直ったのかと驚いてもいた。妻と娘を失って約一年半、決して家族のことを忘れたわけではないが、新たに本当の家族になる二人を愛おしく思ったのもまた事実だったのである。


「ソフィア、ポーラも聞いてくれ」

「なんですか?」

「な、なによ?」


「俺たちは婚約者同士だよな」

「はい」

「当たり前じゃない」


「つまりは愛し合ってるってわけだ」

「そうですけど」

「そうね」


「だったら胸を触ったくらいで怒らないでくれよ。わざとじゃないんだし」


「別に怒ってるわけではないですけど、ちょっとびっくりしちゃったので……」

「私だって怒ってないわよ。ただ起きたらいきなりだったから……」


「そうか。怒ってないならよかった」


「でもでも、いっつもはダメですからね!」

「そうよ! 心の準備だって必要なんだから!」


「自分からは迫ってくるクセに……」

「「ううっ……」」


(やっぱり女心はよく分からん)


 その後、服を着替えた三人は朝食を摂るために宿をチェックアウトした。チェックインした時刻が遅かったため、朝食の予約が出来なかったのである。


 そんなわけで漁港に向かうと、早朝だというのに海鮮料理屋はすでに営業を始めていた。主な客が漁師なら当然のことかも知れない。


「あの店でいいか?」


「バーベキューだったけど、昨夜も海鮮だったのよねえ」

「船でもずっとそうでしたし、何か違う物が食べたいです」


「贅沢だなあ。もっとも俺も同じ気分だけど」


「ね、町の奥に行ってみない?」

「せっかく来たんですし、魔王様が迎えに来られるまで時間ありますよね?」


「それじゃ、少し歩いてみるか」


 衣服やその他の荷物は彼の無限クローゼットに入れてあるので、手ぶらで気楽なものである。三人は来た道を戻って町中を散策することにした。


「さすがに港町だよな」

「そうですね。漁港だけじゃなくてこっちも朝から人が多いです」

「なにか美味しそうなものがあればいいと思ってたけど……」


 そんな三人は屋外ではあるものの、様々な店が集まるフードコートのような一画を見つけて歓喜した。何故ならさすがは魔法国、その一画は寒さを防ぐ結界で覆われていたからである。


 厚手のコートを脱いで屋台を一通り回り、三人が選んだ料理はブイヤベースと豚肉に似た肉の串焼き、それに香ばしい香りが漂う焼きたてのパンだ。


 魚介に飽きたとは言え、冬の寒い最中さなかで味わうブイヤベースは温まる上に絶品だった。本当は違う料理名なのだろうが、翻訳スキルがブイヤベースと訳したのだから同じものなのだろう。


「このスープ、本当に美味しいわね」

「新鮮な魚介が手に入る港町ならではだよな」

「私、お代わりしたいです」


「朝はしっかり食べた方がいいから俺もお代わりしよう」

「なら私も!」


 三人の会話を聞いた他の客たちの中にも、ブイヤベースの屋台に並ぶ者がちらほらと見えた。


 そんな時だ。でっぷりと太ったいかにも貴族然とした男が、見窄らしい衣服をまとった幼い子供を複数従えてやってきたのである。さすがに縛られたりはしていなかったが、子供たちの周囲を帯剣した私兵と思われる男たち数人が囲んでいた。


「嫌な感じね」

「ポーラもそう思うか?」


「あの子たち、奴隷なんでしょうか」

「分からんが、困っているなら助けてやりたいな」


「でもユウヤ、あんな子供たちを見る度に助けてたらキリがないわよ。もちろん私も放っておきたくはないけど」


 子供たちに理不尽なことをしようものなら、彼は即座に割って入るつもりだった。ところが何やら貴族が声をかけると、彼らはフードコートの空いている席に散っていったのである。


 さらに私兵数人が屋台に向かい、しばらくすると買ってきた食べ物を子供たちの前に置いたのだ。


「さあ、遠慮なく食べなさい。足りなければお代わりしても構わないからね」


 貴族の声は優しく、瞳にも何かを企んでいる色は見えなかった。


「マイヤー男爵様だ」

「マイヤー男爵ってあの貴族のことか?」


 彼はたまたま隣のテーブルで声を上げた訳知り顔の男性に聞いてみた。


「そうだよ。あの方はよくああして孤児院の子供たちをここに連れてくるのさ」

「ふーん」


「軍港と漁港を除くこの辺り一帯の領主様なんだけど、とてもお優しい方なんだ」

「領主がこんな朝から……」


「このくらいの時間にたまたま軍港を見学に来ていた幼い子供さんをあの戦争で亡くされてね。どうしても目が覚めてしまうらしいんだよ」


 失礼だと分かっていても、人は見た目で判断出来ないものだと痛感させられた。それはソフィアもポーラも同じだったようで、頬を赤くしながら俯いている。


 そんな二人の頭を軽く撫でると、彼は席を立って男爵の許を訪れた。当然ながら私兵が警戒して剣の柄に手をかけ、数人は子供たちを庇うように両手を広げる。


「何者だ!?」

「俺はアルタミール領のユウヤ・アルタミール・ハセミだ。男爵殿と話がしたい」


「アルタミール領? 聞いたことがないぞ!」

「待ちなさい」


 私兵が半分剣を抜いたところで、背後に護られた男爵がそれを制した。


「もしや貴方様は竜殺しのハセミ伯爵閣下であらせられますか?」

「ん? そうだが、俺を知っているのか?」


「皆の者、すぐにひざまずきお詫びをするのです! この方はたったお一人で、我が魔法国をレイブンクロー大帝国の侵略からお救い下さった英雄様なのです!」

「いや、ちょっと……」


「「「なんだって!?」」」

「「「英雄様!!」」」

「「「ありがとうございました!!」」」


 男爵が大声で私兵たちをたしなめたため、周囲の客はおろか屋台の店主までが出てきて一斉に跪いた。もちろん子供たちも例外ではない。


「ハセミ閣下、この者たちの無礼の責は私にございます。償いにこの醜体の首では足りぬことは百も承知。なれどどうか醜いブタの首にて怒りを鎮めては頂けませんでしょうか」


「だんしゃくさま、きられちゃうの?」

「やだやだ、だんしゃくさまをきらないで!」


「おねがいします。なんでもいうことききますから、おねがいします!」


「だんしゃくさまはいいひとなんです!」

「だんしゃくさまをゆるしてあげてください!」


 子供たちが一斉に彼の足許に寄ってきて平伏した。


「これ、お前たち、下がりなさい!」


「やだ! だんしゃくさまをきるなら、かわりにわたしをきってください!」

「いや、ぼくをきってください!」

「「ぼくも!」」

「「わたしも!!」」


(どうしてこうなったー!?)


「困ったな。俺は誰も斬るつもりはないし、この通り剣を持ってないだろ?」


「あっ! ほんとだ!」

「だんしゃくさまきらない?」

「斬らない斬らない」


「ほんとにほんと?」

「ホントにホントだ」


「ほんとにほんとにほんと?」

「ホントにホントにホントだ」


「「「「よかったー!」」」」


「は、ハセミ閣下、申し訳ございません!」

「いや、だからいいって。それよりせっかくの子供たちの食事が冷めてしまうぞ。早く食うように言ってやれ」


「はっ! さあ、お前たち、ハセミ閣下がこう仰って下さったのだから冷めないうちに早く食べなさい」

「「「「はーい!」」」」


 周囲の張り詰めていた空気も、子供たちの嬉しそうな歓声で落ち着きを取り戻すのだった。



――あとがき――

本年はお世話になりました。

また来年もよろしくお願い致します。

なお、喪中のため新年の挨拶は控えさせて頂きます。

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