第十四話 教育改革

 思いがけない展開に困惑した優弥だったが、マイヤー男爵の正面に座ると男爵にも席に着くよう促した。


「改めまして、私はバリー・マイヤーと申します。ハセミ閣下、当家の者たちのご無礼に対する寛大なご処置、深くお礼を申し上げます」

「いや、俺は新興貴族だから知らないのも無理はないよ。従者たちの振る舞いは当然だ」


「私の教育が行き届いていなかったばかりに……ところで拝見したところお忍びのご様子。そもそも閣下が私の領地に来られたのは、何かご迷惑をおかけしたお咎めだったのでしょうか?」


「違う違う。魔王陛下に城と首都が復興したから遊びに来いと誘われてね。迎えが来るまで時間があったから、朝食がてら散策していただけなんだ」


 正式に男爵領を訪れるなら先触れを立てるのが作法だが、目的地がここではないし身分を明かしていたわけでもない。だからこの地の領主である男爵にも失礼には当たらないというわけだ。


「そうでしたか。騒ぎ立ててしまい申し訳ありませんでした」

「少し驚かされたけど構わないよ」

「もったいないお言葉でございます」


「それはそうとバリー殿はよくああして子供たちを連れてくるんだって?」

「恥ずかしながら、死んだ息子への弔いと思っております」


「亡くされたのはご子息だったのか」

「親バカと笑われるのを承知で申し上げますと、それは可愛い息子でございました」


「目に入れても痛くないほどに、だな?」

「目に入れても……その通りにございます!」


 この表現はこちらの世界にはなかったが、男爵にとっては的を射た言い回しだったようだ。


「軍港を見学に行っていた時にワイバーンの奇襲に巻き込まれて……あの時私が外出を許してさえいなければ」

「俺はそのワイバーン共を殲滅した。少しは供養になったかな」


「あ……ありがとうございます! 少しはなどととんでもございません。私がいくら望んでも憎きワイバーンを倒すことは叶いません。閣下がそれを成されたと聞き、生涯感謝を忘れてはならないと心に刻んだのでございます」


「俺は孤児に食事を与える男爵殿に敬意を表したいのだが」

「はい?」

「財政で困っていることはないか?」


「いえ、これは私が自己満足でやっていることですので……」

「ならぜひその自己満足とやらに俺も参加させてくれ」


 言うと彼は男爵の前に金貨十枚を置いた。それを見たソフィアとポーラがやってきて、それぞれ五枚ずつ金貨を重ねる。


「済まないが今は手持ちが少なくてね」


「と、とんでもございません! それであの……そちらのお嬢さん方は?」

「俺の婚約者たちだ」


「マイヤー男爵様、初めまして。ソフィアです」

「ポーラと申します、マイヤー男爵様」

「お二方ともなんと美しい!」


「おねえちゃんたちきれー」

「いいにおいするー」


「こらお前たち、あっちへ行ってなさい」


「うふふ、構いませんよ。でも皆、男爵様とこのオジサンは大切なお話しをされているから、お姉ちゃんたちとあっちで食べようか」


「「「「わかったー」」」」

「オジサンて……」


 ポーラが子供たちを連れていき、ソフィアは屋台で菓子を買ってきて彼らのテーブルに広げた。すると何人かの客も飲み物やら何やらを置いていく。


「あの、これは……?」


「お、俺たちもさ、少ねえけどなんかしたくなっちゃって」

「英雄様や婚約者様みたいに金貨は出せないけど」


「私にもあのくらいの子供がおりまして、他人事とは思えなかったんです」

「男爵様が自己満足って仰るなら、俺たちも自己満足だから気にしないでくれ」


 客たちの照れた様子に二人はクスクスと笑いながら、呆気に取られている子供たちに礼を言うように促す。すると元気な声があちらこちらで聞こえてきた。


「ハセミ閣下、あれは……」


「素晴らしい領民たちじゃないか。バリー殿が善政を行っているからだよ」

「私の……領民たち……」


 彼は周囲の視線が子供や領民に向いているのを確認して、無限クローゼットからドラゴンの鱗を取り出した。


「それとバリー殿」

「はい」

「これをやろう」

「これは……まさか!?」


「金に困ったら売るといい。オークションでは金貨五百枚くらいの値がつくそうだ」

「そんな! い、頂けません!」


「分かっていると思うが、こうして度々子供たちに食事を与えても、根本的な貧困の解決にはならないだろう?」


「はい。この領内には親を亡くしたりして生きる術を持たない子供がまだまだ多くおります。ですが私一人ではせめて飢えないように時々食べさせてやるのが精一杯で……」


「なら学び舎を建てて教育を施すというのはどうじゃ?」

「ん? その声は……」

「ま、魔王陛下!?」


「「「「魔王様!!」」」」


 突然現れた魔王ティベリアに、周囲が一斉に跪いた。しかし彼女は面倒そうに手を振る。


「よいよい、忍びじゃ」

「魔王、いつからいた?」


「ユウヤが金貨を置いたのを見てな。面白そうだから結界で姿を消して見ておった」

「趣味悪いな」


「そう言うな。してマイヤー卿よ」

「はっ!」


「学び舎は建ててやるとして、子供たちを教育するのに必要な人材は集められるかの?」

「魔王陛下の勅命とあらば命に代えても!」


「そうか。出来ればユウヤも色々と面白い知識を持っているようじゃから、協力してもらえると助かるのじゃが」

「あ! それ私も参加したいです!」

「私も!」


「ソフィアとポーラもこう言っておるがどうかの?」

「嫌とは言わないけど、俺が忙しいのは知ってるよな?」


「なーに、月に一度くらいなら何とかなるじゃろ」

「まあ、そのくらいなら」

「決まりじゃな」


 後で聞いた話だが、音速の件で魔王は優弥の知識に大変な興味を持ったとのことだった。魔法国、というよりこの世界にとっては異世界の知識である。しかもそちらには魔法が存在せず、科学が発達して豊かな文明を築いているのだ。


 多くのことを魔法で解決出来るティベリアにとって、それはにわかには信じられないことだった。しかも優弥のいた国には義務教育という制度があり、六歳から十五歳までの九年間、全ての国民が教育を受けられるというではないか。


 これは国が認めた国民の権利であり、この権利を保障するために親権者は子供に教育を受けさせる義務まで負っているという。


 魔王はすぐにでもこの制度を取り入れたいと考えていた。もちろん子供でも家によっては重要な働き手であろうことは否めない。だから完全に実現するまでは相当の時間と金がかかるだろう。


 だが、マイヤー男爵の行いによって、実現に向けた一筋の光が射し込んだのも間違いのない事実である。だから彼女はその場でこう宣言した。


「マイヤー卿、其方そなたに教育大臣の任を与える」

「はい?」


「教育に関しては妾の次に強い権限を持たせよう。後ほど正式に書面を渡し、国中に発布はっぷする」

「魔王陛下……謹んでお受け致します」


「ユウヤよ、すまんが其方の国の教育制度についてマイヤー卿に教えてやってくれんかの」


「また面倒なことをと言いたいところだけど、子供たちのためなら仕方ないな」

「うむ。恩に着るぞ」


 この日、魔法国アルタミラに新たな歴史の一ページが刻まれることになったのである。

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