第十二話 女神の理由
優弥の手を離れた石弾は爆音を轟かせ、白い飛沫を従えて一直線に海竜に向かって進んでいく。その約三秒後、狙い通り海竜に直撃したのを彼は遠見で捉えた。ただ――
「人魚たち、仲間を救出に行ってくれ!」
海竜を貫いた岩石は、その速度故に爆発的な衝撃波をもたらすことはなかった。ちょうど水面に槍を突き刺したような状態になったのだろう。
しかしあの爆音が水中にも伝わったため、海竜を誘導してきた人魚たちがプカプカと浮いてきたのである。あれでは鮫のような他の肉食魚などの餌食になってしまう。
ところが彼がそう思った矢先、数は多くないが様々な海の生物が海面に浮いてきていた。どうやら近辺にいたそれらも巻き添えを食ったらしい。中には体長が十メートルほどあるエポラール、海の殺し屋と呼ばれる生物もいた。
(見た目そのまんまシャチじゃねえか)
「ユウヤよ」
「どうした、魔王?」
遮音結界を解いたティベリアが、ソフィアたちを引き連れて埠頭までやってきた。
彼の放った石弾は見事に海竜が立てていた
なお、海竜討伐に成功した場合、死体の解体は魚人族が引き受けてくれることになっていた。ただし鱗と骨は全て優弥に渡すが、内臓を含めて肉は解体の報酬として自分たちの取り分にしたいと言われたのである。
聞けば魚人族に伝わる言い伝えに海竜の肉は非常に美味で、しかも魔力まで蓄えているとあるらしい。彼女たちが住処としている北の海は水温がマイナス二十度を下回るため、保存にも適しているそうだ。
要するにバーベキューの際に持ち込みたいということである。むろん優弥たちにも食べさせるとのことだったので、快諾以外の選択肢はなかった。
ただしこの密約は、
「あのエポラールを
「構わんけど、まだ死んでないんじゃないか?」
「そうなのか?」
「死ぬ場合もあるけど、大抵は気絶かな。放っておけば多分目を覚ます」
「まあ、そういうことじゃったら」
魔王がエポラールに向けて手をかざすと、一瞬にして巨体が埠頭に現れた。転送ゲートの応用魔法だそうだ。ただ距離があると動いている相手を引き寄せるのはかなり難しいとのこと。
水中でなければ海の殺し屋も恐れる必要はないが、目を覚まして暴れられればソフィアとポーラが巻き添えを食う危険性もある。早々に息の根を止めるべきだと伝えると、ナサニエルが顎から頭に向けて剣を突き刺した。
「これで大丈夫だろう」
「提督、サンキューな」
「うむ」
(サンキュー通じるんだ)
「で、なんでこんなのが欲しいんだ?」
「エポラールの骨は我が国では力の象徴なのじゃよ」
「なるほど。なら俺からも一つ頼みを聞いてくれるかな」
「頼み?」
「人魚たちがバーベキューを気に入ったみたいでさ。時々食べさせてやりたいからアルタミールの領主邸に転送ゲートを開いてほしいんだよ」
「造作もないことじゃ。ただ、転送元を北の海にするとなると妾も行かねばならんが寒すぎるからの、この港でよいか?」
魚人族は瞳を輝かせながら、全員が首を縦に振っている。なかなかに癒される光景だった。
「いいみたいだ」
「ならば領主邸に囲いを造れ。それが出来次第、ゲートを開こう」
◆◇◆◇
優弥とソフィア、ポーラの三人はその日は魔王城エブーラには行かず、復興された軍港を臨む港町で一夜を過ごすことにした。旅行の日程には余裕があるし、追尾投擲の影響で浮かんでいた魚を
これには人魚たちはもちろん魔王ティベリアも乗り気になり、船上で大宴会が開かれることになった。それが終わると魔王は予定のない外泊をするわけにはいかないと一旦城に戻ったが、優弥たちは港町に宿を取ったのである。
ところがそこで問題が起きた。今回はシンディーもニコラも同行していないので、二人の護衛は彼が務めるしかない。つまり三人で一つの部屋に泊まらなければならないのだが、部屋にはベッドが一台しかなかったのである。
「いいじゃない。三人で並んで寝ましょうよ」
「寒いですから、私も賛成です」
その夜のこと、久しぶりに彼はあの夢を見た。
真っ白い霧が立ちこめる中での浮いているような感覚。女神ハルモニアが接触してきたのだ。
「ハセミユウヤさん」
彼の名を呼んだ声は、相変わらず透き通っていて耳に心地いい。水色のローブに身を包んだ妖艶な姿も前に見たままだった。
「久しぶりだな」
「覚えていて下さったんですね?」
「そうみたいだ」
「色々とありがとうございました。期待以上の結果でした」
「色々ってのが思い当たることがあり過ぎてどれのことか分からないが、満足してもらえたならよかったよ。で? アンタが夢に出てきたのは礼が言いたかったからか?」
「もちろんそれもありますが……」
「なんだよ、また厄介事があるってか」
「神託は授けられませんが、覚悟だけはしておいて頂きたいと」
「おい、ソフィアとポーラに何かあるなら言わないとこの世界滅ぼすぞ」
「あの二人なら大丈夫です。他にも貴方にとって大切な何人かには加護を与えましたので」
「そ、そうか」
(スキルは無理でも加護は与えられるんだ)
ただし何人かというのが誰なのかは教えられないとのことだった。女神の加護持ちということが知られれば、聖職者が黙っていないからだそうだ。そしてそれは彼が見ることの出来る他人のステータスにも表示されないとこのと。
「もちろん貴方はお二人が加護持ちであることを他人に言いふらしたりはなさらないでしょうけど」
「確かにな。まあ、ソフィアたちが大丈夫ならその覚悟ってのは大したことないから気にしなくてよさそうだ」
「あの、少しは気にして頂きたいのですが」
「俺は俺の信念に基づいて行動するだけだよ。あ、そうだ。一つ聞きたかったことがあるんだけど」
「答えられることでしたらお答えします」
「女神様が男好きって本当なのか?」
「まさか! あんなのはデタラメです!」
「やっぱりな。もしそうなら船を沈めなくても、アンタならもっと簡単に攫ってこられるだろうし」
「いえ、それは難しいですね。前にも言いましたけど、私は
「でも召喚とか出来るじゃん」
「あれは人の行う儀式に手を貸すだけです」
「ふーん。じゃ、その儀式に二度と手を貸すなって頼んだら聞いてもらえるか?」
「お約束は出来ません」
「ならさ、今代の国王が統治している間だけでもってのは?」
「それでしたらご心配なく。次に召喚の儀式が行えるのは百年後以降ですから」
「なるほど」
理由はおいそれと異世界人を召喚させないためとのこと。
「しかしお礼と覚悟しとけって言いたいがために俺の夢に出てくるとか、女神様ってヒマなのか?」
「ヒマではありませんが、それだけ貴方が素晴らしい結果を残して下さったということです」
「そうか。まあ、いつも期待に応えられるかは分からないけど、一応心には留めておくよ」
「ありがとうございます。それとお目覚めの時には少しだけご注意下さいね」
「ん? それって神託にならないのか?」
「何かをお願いするわけではありませんので」
「そんなもんか……」
前回同様そこでふっと意識が途切れ、目覚めた彼の手に柔らかい感触が伝わってくるのだった。
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