第十五話 用心棒ゴロウザ一家

「な、なんだこれ!?」

「どうなってんだよ!?」

「マジか……」

「すげえな!」


 転送ゲートを通ったローガンたち四人は、目の前に現れたアルタミール領主邸に驚きを隠せない様子だった。


「これがユウヤが言ってた現状ってヤツか」


「でもってここは元レイブンクローとかいう大帝国の領土なんだよな」

「海の向こうの魔法国のさらに向こう……」

「信じられねえけど信じるしかないよな。涼しいし」


「立ち話もなんだから、とりあえず中に入ろうか」

「「「「え!?」」」」


「遠慮しなくていいぞ」

「いやいやいや、待て待て待て」


「この家……邸って言えばいいのか? どう見たって貴族様のだろ、これ」

「ローガンすまん。まだ言ってなかったけど、ここでは俺は伯爵なんだよ」

「「「「はぁ!?」」」」


 四人のリアクションが揃うのは見ていて面白い。


「ついでに言うとこのアルタミールは魔法国領で、俺は領主ってことになってる」


「ゆ、ユウヤ……様……?」

「バカお前! 伯爵様だ!」


「あー、そういうのは気にしなくていいよ」

「ようこそお越し下さいました」


 玄関の扉が開き、二人のメイドを従えたウォーレンが軽く会釈した。領主代行の立場にある彼は傭兵に頭を下げることは出来ないものの、ローガンたちは優弥の客人でもあるのでこれが精一杯なのだろう。


(そう言えばウォーレンは領地を持たない男爵だったな)


 優弥とウォーレン、ローガンたち四人は二階の小会議室に移動し、改めて仕事の内容の説明に入った。もっとも彼らをここに連れてくる前に一通り説明は終えてあったので、ここでは最終的な条件を詰めるのみである。


「四人の任務は女たちが寝泊まりする区画の警護だ。昼間は皆仕事場に行っているから、夜から翌朝にかけてが主な勤務時間かな」


 女性たちが生活するための区画は内外に竹槍の突き出た柵で囲われ、出入り口は一カ所だけとなる。夜の八時以降は門を閉鎖し基本的に誰も通さない。


「基本的にってことは例外もありなのか?」


「家族で来ていても妻や娘を女性区画で過ごさせる者もいるんだ。そこで例えば父親なり夫なりが急病で倒れた時なんかは仕方ないだろ?」

「なるほど、そういうことか」


「その場合はローガンたちの誰か一人が付き添ってやってくれ」

「分かった」


「報酬は一人当たり月に金貨五枚。危険手当も込みだが足りるか?」

「「金貨五枚ぃ!?」」


「四人分じゃなくて一人当たりって言ったよな!?」

「ユウヤ、マジか!?」

「その様子なら十分みたいだな」


 彼は思わず苦笑いを浮かべていた。危険手当込みとは言え、彼らにとっては破格の条件なのだろう。


 以前小耳に挟んだ傭兵仕事の話では、最初から危険手当など含まれておらず、何かあった時にだけ追加で支払われるという内容だった。そのため基本部分の報酬は相当低いそうだ。


 しかも今回の仕事は、彼らが普段請け負っているような仕事と比べると格段に危険度も低い。にも拘わらず安定した報酬が支払われるとなれば、歓喜するのも当然と言えるだろう。


 なお四人は宿舎が出来上がるまでの間は、明日には完成する予定の詰め所で生活することになる。四畳半ほどの部屋が二つのみの雨風が凌げる程度の簡素な建物だが、トイレはあるのでテントよりはマシなはずだ。


「いや、宿代がかからないのはありがたいよ」

「今まではそれより狭い部屋に四人で泊まったりしてたからな」

「そう言ってもらえると助かる」


「宿舎が出来たらそっちに住ませてもらえるんだよな?」

「ああ。さすがに女性用の方には無理だが、非番の日はそっちで過ごすといい」

「ありがてえ!」


「あと昼間は二人、夜は最低三人は詰め所にいるようにしてほしい。休みはこれを満たすようにローテーションを組んでくれ」

「休みなんてあるのか!?」


「リフレッシュは必要だぞ。そのために補佐役の警備員も雇う予定だから、そっちが整ったらローテーションも楽になると思う」


「もしかして俺たちに運が巡ってきたってことか?」

「「「ヒャッホウ!!」」」


 他に食事は現場の食堂を利用可能とし、帯剣の許可も与えた。武器や防具もアルタミール領からの支給となる。


 補佐役についてだが、今のところ候補は二十人ほどに絞られており、最終的にはその中から四名を選出する予定だ。


 ただし警護対象が女性の居住区画なので、新規雇用の警備員は四人とも女性にしてしまうのが理想である。それが無理でも最低二名は女性にしたいと彼は考えていた。


「ウォーレン、実際のところ女性の応募者はいるのか?」


「はい。現在は二十人中十五人が女性と聞いております」

「とすると、あとは実力次第ってところか」


「と申しますか、五人の姉弟組がおりまして、その者たちは全員警備兵団の試験官を負かしたとか」

「五人でか? それとも一人一人が全員か?」

「全員との報告にございます」


 アルタミール警備兵団は、元はヘンダーソン子爵が統治していた時代の領主軍だ。しかもその頃に比べて練度は飛躍的に向上している。その兵士を試験官に任命したのだが、まさか負かしてしまう者が出てくるとは夢にも思っていなかった。


「ならその五人でいいんじゃないか?」

「四人との仰せでしたが、よろしいのですか?」


「有能なんだろ。それくらい融通利かせろって」

「では報酬も五人分で?」

「五人雇うんだから当然じゃないか」


「でしたら安心致しました。すでにそのように取り計らっております」

「おま……最初からそう言えって。今の会話は何だったんだよ」


「閣下は常々私の揚げ足を取ろうとお考えのように見受けられましたので、自衛のためでございます」

「はぁぁぁ……それより肝心の男女比率はどうなってる?」


「上の四人が女性、末の一人が男性です」


「あー、知ってたらでいいんだけど、もしかして実力はその末の弟が一番なのに、姉四人の尻に敷かれてるとかはない?」

「よくお分かりで」


 姉と弟という関係は得てしてそんなものだ。


「ちなみに出自は?」

「貧民街の用心棒ゴロウザ一家の舎弟分だそうです」

「用心棒?」


(日本で言うヤのつく人たちと似たようなモンかな。名前の響きも江戸時代辺りの日本人ぽいし)


「商人が行商に行く際の護衛や破落戸ごろつきの相手など、荒事を引き受ける者たちですね」


 傭兵を雇うより彼らを雇った方が安上がりなのだそうだ。小さな商会や個人商店に需要があるらしい。


「俺の元いた世界では、そういう連中は非合法組織なんて呼ばれて疎まれたりするんだけど、こっちではどうなんだ?」


「非合法組織ですか? こちらでは揉め事などを収めてくれるので、住民からは慕われているようです」

「ふーん」


「お会いになりますか? 喜ばれると思いますよ」

「ん? 何故だ?」


「お会いになればお分かりになるかと」


 こうして急遽ではあったが、翌日ローガンたちの赴任に同行して姉弟に会うことが決まった。

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