第十六話 傭兵対用心棒

「ユウヤ、俺は夢を見ているようだったぜ」


 優弥とローガンたち四人を乗せた馬車は、彼らが駐在することになる作業員用の簡易宿舎建設予定地に向かっていた。領都エイバディーンの中心地から徒歩で約三十分、領主邸からでも一時間かからない距離である。


「何がだ、ローガン?」

「美味いメシにでっけえ温泉、でもって可愛いメイドさんたち」


「あはは、気に入ってくれたならよかった」


「ソフィアちゃんも可愛いかったな」

「前よりきれいになったんじゃないか?」

「ソフィアに伝えておくよ」


「それより驚いたのはポーラさんだよな」

「ああ、あの職業紹介所で一番美人って噂の!」

「そんな噂があるのか?」


「来月いっぱいで紹介所を退職するってんで大騒ぎになったくらいだぞ。知らなかったのかよ」


 ローガンの言った通り、ポーラが来月いっぱいで退職することは聞かされていた。彼が知らなかったのは、彼女が紹介所内で一番の美人だと噂されていたことである。


(ポーラが美人であることは間違いないけどな)


「ユウヤはしばらく紹介所には行かない方がいいぞ」

「うん?」


「ポーラさんと婚約したなんて知られたら、あそこの全員から恨まれるからだよ」

「ソフィアちゃんだけじゃなくポーラさんとも婚約なんて、俺でも恨みたくなるぜ」


「おいおい、これから俺はお前たちの雇い主になるんだぞ」

「「「「それでもだよ!」」」」


 彼らのツッコミに、何故か御者を務める馬丁のリックまでが頷いている。


 やがて馬車は壮観とも言えるほど多くのテントが並ぶ目的地に到着した。その中に柵で囲われた一画がある。女性たちが寝泊まりする区画だ。


「領主閣下、お久しぶりにございます!」


 彼の姿を見て駆け寄ってきたのは、アルタミール警備兵団のフランクである。その後ろから、今回採用を勝ち取った五人の姉弟も駆け足でついてきた。横一列にきれいに並び、一瞬でひざまずいた姿は実に美しい。


「うん、久しぶり。早速紹介してくれるか? 五人とも立って顔を上げてくれ」

「「「「「はっ!」」」」」


「右から年の順にアラベラ、レクシー、クララ、ダーシー、ユーインです。領主閣下にご挨拶を」


「ワタクシは長女のアラベラと申しますわ」

「次女のレクシーです」

「三女のクララであります」

「四女のダーシー、十八歳です」

「ちょ、長男のユーイン、十六です!」


「五人とも、フランクを負かしたそうだな」


「それは時の運ですわ。フランク様はこれまでワタクシたちが対峙したどの方よりも手強い相手でありましたもの」

「ま、そうでなきゃ警備兵団の実力を問わなければならなくなるが……」


「ご領主閣下!」

 そこでアラベラが一際大きな声を上げた。


「ご領主閣下は竜殺しの称号をお持ちとお聞きしております。そこで僭越ながらワタクシたち姉弟に力試しをお許し頂きたいのですけど」

「決して侮っているわけではございまん! ただ、私たちの力がどの程度お役に立てるのかを確かめたいのです!」


 次女のレクシーも姉の隣から力強く叫んだ。


「ウォーレンの奴、このことを言ってやがったのか。腕試しったって俺は剣術なんかやったことないぞ」


「え? ではどのようにしてドラゴンをお倒しになられたのですか?」

「これ」


 言うと彼は裏拳の真似をして見せた。


「ま、まさか素手で!?」

「あり得ない……」

「そう言われてもなあ」


「分かりました。ワタクシたちとて剣術ばかりではないところをお見せ致しましょう」


「待て待て。俺はほとんど初手で相手を殺してしまうか、大怪我を負わせて戦意喪失させるかなんだ。だから腕試しみたいなのは向かないんだよ」

「そこをなんとか!」

「困ったなあ」


 追尾投擲や無限クローゼットからの岩石落としは、いくら身内になる者とはいえ簡単に見せるべきではない。DEFを上げて攻撃だけをさせても、逆に彼女たちが怪我をしてしまう可能性がある。


「なあユウヤ」

 そこで、これまで成り行きを眺めていたローガンが声を上げた。


「うん?」

「その腕試しっての、俺らが代わろうか?」

「ローガンたちが?」


「ああ。ただし後でいいから、竜殺しについて詳しく聞かせてほしい」

「それは構わないが……アラベラたちは彼らが相手でもいいか?」


「そちらの方は?」


 聞かれて彼は、ローガンたちとの馴れ初めからこれまでのことを掻い摘まんで話した。


「なるほど。ワタクシたちの先輩、または上司になられる方たちなのですわね」

「そうだな」


「正直に申し上げまして、竜殺したる領主閣下だからこそ腕試しをお願い致しましたが、他国の傭兵の実力も見てみたくなりました」


「お嬢さん、可愛い顔してずい分自信があるようだな」

「お褒めにあずかり光栄ですわ。ですが女と思って侮られますと痛い目を見ることになりますわよ」


 彼はローガンたちの実力を知る上でいい機会だと思った。傭兵と知ってターナー男爵の調査を依頼したものの、実際彼らがどの程度の戦力となるかは見たことがなかったからである。


 ただ、無様に負けられるとアラベラが納得しないような気がしてならなかったのだが。

(とりあえずお手並み拝見といきますか)


「フランク、模擬戦用の剣を用意してくれ」

「はっ!」


 こうして四人対五人の乱戦が開始されたが、結果はローガンたちの勝利に終わった。ただしその差は僅差と言っても過言ではなく、なんとユーインがローガンを仕留めたのである。その彼を残ったイーサンたちが三人がかりで倒したという結果だった。


 ただ、三人も終わってみれば辛うじて立っていたという状態で、人数差を考慮に入れても互いの善戦は褒め称えるべきだろう。そして二組の間に友情のようなものが芽生えたのもまた、あるあるな展開だった。


「さすがはご領主閣下のご友人ですわね」

「いやいや、まさか俺がやられるとは思わなかったよ。ユーインだっけ、お前、強えな!」

(ローガン、それ言っちゃアカン)


 思いがけない奮闘にユーインと肩を組んだローガンだったが、姉たちは不機嫌な表情を隠そうともしていない。


「ユーイン、ちょっと来なさい!」


 案の定、姉弟唯一の男の子は四人の姉に囲まれて、マウント取りに屈するしかないようだった。


 それから請われたドラゴン討伐の話をしたのだが、考え事をしていて接近されたのに気づかず、慌てて裏拳で殴ったら死んでいたという内容に一同は呆れかえっていた。


「ところでどうしてアラベラたちは俺が竜殺しだって知ってたんだ?」


「ゴロウザ一家には有能な諜報員がおりますの」

「なるほど。それは雇いたいなあ」

「何か頼みたい仕事でもあるのですか?」


「あ、いや、そうじゃなくてさ。俺には情報収集に長けた人材に心当たりがないからだよ」


 バリトン夫妻とターナー男爵がすぐに結びつかなかったのも、情報がうまく集められなかったからだ。


「つまりご領主閣下の下で働かせたいと仰るのですわね?」

「そういうこと」


「難しいと思いますわ。あの方はゴロウザ親分の懐刀ですから」

「そうか。単発仕事なら請けてもらえるのか?」


「申し訳ありません。気を持たせるようなことを申しましたが、親分に聞いてみませんと何とも」

「なら機会があったらでいいから聞いておいてくれ」

「かしこまりましたわ」


 五人の雇用により、詰め所の部屋は四姉妹が使うことになった。これは優弥が言ったわけではなく、ローガンたちが自ら譲った結果である。そのせいで彼らは簡易宿舎が完成するまでテントでの生活となるが、おとこを見せたといったところだろうか。


 ちなみに弟のユーインはローガンたちと共にテント生活だ。これもまたユーインが望んだからで、表向きは姉たちとローガンたちに気を遣ったというのが理由だった。


 しかし優弥は薄々勘づいていた。休む時くらい姉の許にはいたくないのだろうと。そしてそれはユーインがテントを使うと言った際の、アラベラの表情を見て確信に変わっていた。


(ユーイン、強く生きろよ)



――あとがき――

本日葬儀となります。


※最新話のみ読んで頂いた方へ。

12/12 実父が永眠致しました。そのため更新が滞っております。


多くの励ましの応援コメントを頂きありがとうございます。

レスは遅くなりますが、全て読ませて頂いております。皆様の優しさに涙が止まりませんでした。

少し時間が出来たので、本話だけ一次推敲を終わらせました。不完全な部分があれば後ほど修正することになりますが、内容に大きな変化はありません。

葬儀を終えて一段落ついたら、なるべく早く推敲を進めて土日は1話ずつでも更新したいと思ってます。

出来なかったらごめんなさい。

寒さが厳しくなってきておりますので、皆様も体調には十分にご注意下さい。

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