第十四話 傭兵の雇用
「ウォーレン、千人規模の宿泊施設って造るのにどれくらいかかる?」
「一棟にまとめるならかなりかかりますが例えば百人で一棟、さらに四人部屋を二十五室の二階建てが十棟などでよろしければ工期は三カ月も必要ありません」
「規模を小さくするってことか」
「はい。ただしその建設を十棟同時に進められるだけの人数は必要ですが」
「そりゃそうだろうな。ちなみにそれ、貧民街の住民は使えないだろうか?」
「なるほど、盲点でした」
「なら頼む。予算は計算して知らせてくれ」
「かしこまりました」
優弥が立てた建設計画は四人部屋二十五室と三人部屋三十室の建物が二棟ずつ、二人部屋五十室の建物が三棟、単身用だが二人でも泊まれる百室の建物が三棟だ。これで最大千三百人弱の需要をカバー出来る。
「ユウヤさん、それって私たちの結婚式に招待されたお客様が泊まるところですよね?」
「そうだよ、ソフィア」
「でもでも、だったら式が終わっちゃったらどうするんですか?」
「それはね、貧民街にいる人たちに住んでもらうのさ」
貧民街、どこの領地にもあると言っていい貧しい者たちが住まう街である。さすがにないとは思っていなかったが、ウォーレンに確かめてみたところやはりアルタミール領にも存在するとのことだった。
彼がウォーレンから聞いた領内の状況報告から思いついたのは、まさにこれだったのである。
多くの人材が必要なら貧民街から調達すればいい。一時的にでも雇用が生まれ住む場所と食事を与えられれば、明日を生き抜くことが出来る。
環境を整えて彼らに労働の意欲が湧くのを期待してのことだ。むしろそこまでして手を差し伸べても報いようとしない住民であれば、助ける価値などない。
もちろん特別な事情があってどうしても応えられない者は例外だが、義務を果たさず権利だけ主張するような輩を相手にする気はさらさらなかった。彼は聖職者ではないのだから、その考えは至極真っ当である。
領都近くにある貧民街の住民は、老人や小さな子供まで含めてもおよそ一万人。一つの貧民街の人口としてはかなり小規模と言える。もっともこういった街は領内のあちこちに点在しているので、貧民と呼ばれる人の総数は分からない。
なお貧民街は通常、少しでも割のいい仕事を求めて都市部付近に形成される。しかしかつて領主だったヘンダーソン子爵が彼らを弾圧したため、アルタミール領では小規模なものが散り散りに存在しているとのことだった。
「まずは建築に携わる人材、そして彼らが生活するための雑用を
「生活全般に関する仕事をさせるのですね」
「ああ。建物が完成しても、式が終わるまで彼らに住ませることは出来ないからな」
「すると食堂棟と入浴施設、他にトイレや洗濯のための施設なども必要になるかと」
「そうだな。まずはそれらの建設から始めて、生活地盤が固まってから来賓用の宿泊施設の建設に入ってもらおうか」
「かしこまりました」
「彼らの居住地と宿泊施設の両方を造るのに適した土地はあるか?」
「エイバディーン内ですと、中心から三十分も歩けば十分な土地が確保出来ます」
「ならそっちも頼む。ただ二つは隣接しない方がいいだろうな」
「承知致しました」
これまで貧民街では領民の有志により週に一度、炊き出しが行われていたと報告にあった。ヘンダーソン子爵が統治していた頃は高い税に苦しめられていたはずなのに、領民たちは人の心を失っていなかったのである。
それを知った彼は直ちに領の事業として引き取り、必要な物資は全てアルタミール領が提供することにした。
ただ人員についてはどうにもならなかったので、引き続き有志として携わっていた者たちに任せたのである。もちろん、仕事としての依頼だから報酬も出した。
余談だが、そこにバーベキューセットが大活躍しているのは言うまでもない。提供したのは二十セットだったが、大変重宝がられているとのことだった。
そして優弥が建設計画を立てた数日後には、必要な人材の確保はほぼ終わっていた。貧民街の住人からしてみれば、一日も早く仕事に就きたかったのだから当然だろう。また、炊き出しの有志の中に建築に詳しい者がいたのも
スベンサーという四十七歳のその男性は住民たちからも慕われているようだったので、彼を総監督として雇い入れ、下に就く補佐役も十人ほど雇った。
なお資材諸々はレイブンクロー商会からドラゴンスケイル商会が買い取って現場に運び込んでいる。そちらも予定通り進んでいたが、資金調達のために大帝国で競売に出してもらっていた十枚のドラゴンの鱗に高値がついたそうだ。
「一番デカいやつは金貨六百二十七枚か」
「レイブンクロー商会の手数料を引いても総額で金貨五千枚を超えましたね」
日本円にして五億円以上の計算である。優弥はドラスケ商会に参加しているロバーツ商会の会頭が持ってきた報告を、ウォーレンから聞いたところだった。
「当面はこれで足りそうか?」
「はい。ただ人件費などを含めた予算の総額はこの約十五倍ほどですので」
「あと十四回競売に出すとしても、値が維持出来るとは限らないしなあ。次は骨を出してみるか」
「丸々全部ですか?」
「いや。あれは武器や防具の他に、彫刻の素材としても使えるそうじゃないか」
「仰る通りです」
「だったらバラして売った方がいいと思うんだよ。それに頭蓋骨は売りたくないし」
「明らかな一点モノですからね」
「式の時にホールのど真ん中に置いて、招待客に見せびらかすってのもいいと思わないか?」
「竜殺しの称号をひけらかされると?」
「鱗を競売に出したんだから遅かれ早かれ知られるだろうさ。それに
「そこまでは考えが及びませんでした」
「ウォーレンにしては珍しいじゃないか」
「ただの謙遜ですのでお気になさらずに」
もはや領主代行の軽口は様式美と言ってもいい。
「それはそうと、簡易宿舎が出来上がるまで作業員たちはテントでの生活となります」
「夏とはいえこっちは気候が涼しいから、暑さに悩まされることもなさそうだな」
「はい。ただ……」
「うん?」
「雇われた女性は料理や洗濯にも携わるので小綺麗にしてもらう必要がございます」
「先に風呂を何とかしないといけないってやつか。それなら考えがある」
魔単10、つまりMP100を消費して小石に燃焼の魔法をかけ、それを水に沈めれば単純計算で四十二日間は湯を沸かし続けることが出来る。
石の大きさに関係なく得られる熱量は変わらないから、使用するのは小石で十分だ。また、たとえ沸騰してしまっても加水して温度を下げれば済む話である。
それをウォーレンに伝えると、問題はそこではないと言う。
「じゃあ何なんだよ?」
「普段は薄汚れた貧民街の女性でも、小綺麗になれば容姿の優れた者は際立つでしょう」
「だろうな」
「それが男たちの目に入ったとなれば……」
「良からぬことを考える男が出てくるってことか!」
「はい」
互いに納得した上でなら、男女間のことに口を挟むつもりはない。だが、そこに暴力が絡むとなれば見過ごすわけにはいかないだろう。
「女たちのテントは男たちとは遠ざけて、警備の傭兵でも雇ってくれ」
「傭兵ですか? 彼らは荒くれ者ですから却って危険だと思うのですが」
「こっちでもそういう認識なんだ」
「確かお知り合いの傭兵はまともだと伺っておりましたね。ただ、そういう方は非常に稀なのです」
いっそのことローガンたちを連れてくるか、と彼は考えた。ターナー男爵の私兵から受けた拷問の傷は完全には癒えていないものの、骨折はなかったし不自由なく動けるまでには回復している。
それに今回の仕事は全く危険がないわけではないが、傭兵として戦地へ赴くことに比べたら遥かに安全だと言えるだろう。
ウォーレンにそう話すと、ローガンたちの人となりを知らないので何とも言えないとの答えが返ってきた。当然である。
だが、彼が信用しているなら反対はしないとのことだったので、本人たちの返答次第ではあるものの彼らを雇用する方向で話が進むのだった。
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