第十三話 招待客の選別

 あの後優弥はヴアラモ孤児院を訪れ、シスター・マチルダに正式にエビィリンを引き取ることを告げた。どうにもならなかったとは言え彼女も責任を感じていたようで、この結末にはこれでもかというほど感謝していた。


 八月に入り、レイブンクロー大帝国に領地を持つ貴族などからの結婚式に出席を希望する書簡も、ようやく落ち着きを見せていた。とは言え総数は三百通余りに昇り、中には大帝国の属領となったかつての王族も複数いる。


 これら全てを招待すると出席者は随伴者を含めて余裕で千人を超え、さらに式に出席しない従者まで合わせると、入領者は数千人規模に膨れ上がるだろう。


 それでも領地全体で考えれば、アラスカ半島の半分の面積があるので大したことはない。問題は領都エイバディーンが領境付近にあり、そこに彼らが押し寄せてくることだった。


 無策では治安、滞在、食料の需給バランス、その他解決しなければいけないことが山積みになってしまう。だから少なくとも半分、出来れば三分の一か四分の一くらいまで招待客を絞り込みたいところだった。


「やっぱり元王族は断らない方がいいよな」

「閣下はなぜ断る前提で話されるのですか?」


 執務室ではウォーレンが招待客リストを作っている。優弥はソフィア、ポーラと共に届いた書簡に目を通して、貴族とそれ以外とに仕分けていた。


 それ以外とは、主にレイブンクロー商会と取り引きのある大商会などである。魔法国アルタミラやモノトリス王国から運ばれてくる食糧の窓口となっているアルタミール領主となら、懇意になっておいて損はないとでも考えているのだろう。


(直接取り引きするつもりはないんだけどな)


 彼にはこれまでの経験で、王侯貴族や大商会などを相手にするのは本当に面倒くさいという意識が根づいていた。


 確かに自らその立場を利用したり、便利に立ち回ったことがないわけではない。しかしこの世界に召喚されるまでの二十七年間は、封建社会とは縁遠い日本で暮らしていたのだ。


 同じ血が通った人間同士なのに、身分で優劣が決められることにどうしても馴染めなかった。


「なるほど、閣下のおられた国は身分制度がなかったのですね」

「まあ厳密には皇族はいたし政治家って呼ばれてる、こっちでの貴族みたいなのもいたけどね」

「政治家、ですか」


「ただ、皇族は別としてそういった社会的に強い立場の人たちは、上級国民なんて揶揄されてたくらいだからさ」


「上級国民というのがなぜ揶揄になるのかは分かりませんが、その政治家と呼ばれる方たちとトラブルがあったわけですね?」

「いやいや、トラブルどころかほとんど関わりはなかったよ。あんまりいい印象がなかったってだけ」


 聖職者ではあるがクロストバウル枢機卿すうききょうやウィリアムズ伯爵のように、話の分かる貴族もいるのは確かである。しかしモノトリスの国王を始め、これまで会った多くの貴族や大商会の会頭にはろくな者がいなかった。


「ですが閣下もこの領では貴族、しかも領主ですよ」

「望んでなったわけじゃないけどな」


「そうは言われましても、先の戦争では我が魔法国を勝利に導いた立役者です。この婚礼の儀に乗じて縁を結ぼうとする貴族もおりましょう」

「縁を結ぶったって、彼らから見たら俺は他国の人間じゃないか」


「魔法国アルタミラとモノトリス王国から食糧を運んでくる、絶対的な富をもたらす方ですが」

「待て。多少は利益が出るが、暴利を貪るつもりはないぞ。あれはほとんどボランティアみたいなもんだ」


「ぼらんてぃあって何ですか?」


 ソフィアが仕分けの手を止めて、首を傾げながら不思議そうな表情で尋ねてきた。

(この何気ない仕草が可愛いんだよなあ)


「世のため人のための活動って感じかな。本当のボランティアは無償なんだけどね」

「売れるからって値を上げるのは、足元を見るようなものだから俺はしないって言ってたもんね、ユウヤ」


「ああ。贅沢品や生活必需品以外ならそれでもいいけど、食糧は命を繋ぐ物だからさ。末端の消費者に届くまでにかかるコストは出来るだけ抑えたいんだよ」


「時々閣下を尊敬したくなるのが歯がゆくてなりません」

「なんでだよ!」


「ウォーレンさん、お聞きしてもよろしいですか?」

「どうぞ、ソフィア様。私にお答え出来ることでしたらお答え致します」


「縁を結ぶって、具体的にはどういうふうになるんですか?」

「ご令嬢の輿こし入れですね」

「こしいれ?」


「ダメよ、ユウヤ! 絶対ダメ!」

「ポーラさん、こしいれってなんですか?」

「お嫁に来るってこと!」


「い、嫌です、ユウヤさん! 私とポーラさんだけでは不満なんですか!?」

「待て待て待て、どうして俺が貴族令嬢を嫁にする流れになってるんだ?」


 余計なことを口にしたウォーレンを睨みつけると、ふいっと視線を逸らされてしまった。


「とにかく、俺はソフィアとポーラ以外を嫁に迎えるつもりはないから!」


「本当ですか?」

「ホントにー?」


「考えてもみてくれ。エビィリンだっているんだぜ」

「それと何の関係があるって言うのよ」


 現在エビィリンは邸のメイドたちに遊んでもらっている。ここに連れてきて数日は彼から離れようとしなかったが、今ではすっかり慣れたようで使用人たちのアイドルと化していた。

 それでも風呂と寝る時は彼と一緒だ。


「俺の知識だと貴族ってのは平民や孤児を見下したりするんだが、その辺りはどうなんだ?」


「我がアルタミラの貴族はそうでもありませんが、モノトリス王国や大帝国に関しましては閣下がお持ちの知識とやらで概ね間違いはないでしょう」

「やっぱりな」


「特に選民意識の強い大帝国の貴族はその傾向が顕著のように思われます。もちろん、そんな方ばかりではないと思いますが」


「そうか。なら尚更大帝国の貴族令嬢を嫁に迎えるなんて無理だ。分かってくれたかな、二人とも」

「確かにエビィリンが絡んでることだし説得力はあるわね」

「ユウヤさんはエビィリンちゃんが一番ですもんね」


「違うぞ、ソフィア」

「何がですか?」


「エビィリンはもちろんそうだが、ソフィアもポーラも一番だってことだよ」

「ユウヤさん……」

「ユウヤ……」


「うまいこと逃げられたようで何よりですが、現実問題として令嬢を押し出してくる家は少なくないと思われます」

「ウォーレン、やっぱりお前、俺が嫌いだろ!」


「ユウヤ、逃げたの!?」

「ユウヤさん!?」

「違うから!」


 この後二人の婚約者を宥めるのに小一時間をかけた優弥は、いつかウォーレンに仕返しすることを固く心に誓った。


 それはともかく、確かに令嬢を近づかせようとしている貴族は多いようだ。出席予定者の半分近くに、令嬢と思われる随伴者の名前があった。しかも元王族は王女の立場にあった複数の令嬢をまとめて連名している。


 ウォーレンによると自慢の海軍と軍事工場を失ったことで、少なからず大帝国の求心力が衰えてきているそうだ。それに伴って失った権力を取り戻し、再び王国なり公国なりを復活させようと目論んでいる者もいるらしい。


 その一助に、大帝国を敗戦に追いやった優弥を味方につけようというのが真の狙いで、彼らにとっては食糧輸入がもたらす利益などどうでもよいのだろうとのことだった。


 他国の事情なのによくそこまで調べ上げたと感心したら、魔法国がこの地を領地としたことにより、多くの諜報員を送りこめるようになったからだと言う。

(魔王も抜かりないな)


 さすがにこれを聞いてしまっては、万に一つも彼らの思惑に乗せられるわけにはいかない。ソフィアもポーラも、恋愛感情を抜きにした真剣な表情になっている。


「それでも元王族を招待しないわけにはいかないんだよな?」

「はい」


「なら仕方ない。商会はレイブンクロー商会と深い関わりのないところは断ろう」


「貴族は伯爵位以上を基準に、下級貴族家は古くからある豪族のみとすれば、かなり絞り込めるかと存じます」

「そうだな、それでよさそうだ」


 こうして最終的な招待客はおよそ百組弱となった。それでも従者を含めた入領者はおそらく千人を超えるだろう。ただしその程度なら、宿泊施設さえ何とかなれば問題はなさそうだ。


「宿泊施設か……」


 ふと彼は、少し前に受けたウォーレンからの領内の状況報告を思い出してあることを思いつくのだった。

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