第十二話 決着

 なぜ最初にバリトン夫妻とターナー男爵が結びつかなかったのか。判ってみれば簡単なことだった。


 ヴアラモ孤児院では男爵本人が名乗ったが、シスター・マチルダ曰く、孤児院側も里親についてはあまり詮索しないようだ。その際バリトンは自分が男爵位にあることも告げていたこともあり、これではマチルダを責めるわけにはいかない。


 相手が貴族であれば、孤児が引き取られても安心と考えても致し方ないだろう。


 一方ワイアットが小耳に挟んだのはターナー男爵家が怪しいという話である。優弥にはこの世界の者が名乗る名前と家名の区別はつかない。だから二つが結びつかなかったというわけだ。


 ただ、あと一歩遅ければエビィリンは魔物のエサにされていた可能性が高い。そして調査を人任せにしたことでローガンたちは捕まって拷問を受け、エビィリンに怖い思いをさせてしまった結果は変わらないのだ。


 もっと早くに行動を起こしていれば、あるいはエビィリンが友達だから助けてほしいと言った、ルイスとヘンリーも死なずに済んだかも知れない。後の捜査で男爵邸にいた子供は彼が助けた三人だけだった。


「お前たち、逃げられるとでも思ってたのか?」

「ひっ!」


 優弥が追尾投擲で放った小石は、正確に夫妻の右くるぶしから下を吹き飛ばしていた。二人とも痛みに顔を歪めていたが、そこに同情する余地はない。


「子供たちをスライムに食わせ、残った骨を棄てたのはお前たちだな?」

「「…………」」


「答えろ!」

「ひぎゃっ!」

「痛い!」


 夫妻それぞれの右膝を踏みつけると、二人の足は逆方向に曲がった。追尾投擲を使わなかったのは、爆音で彼らの鼓膜が破れてしまうと訊問出来なくなってしまうからである。


「や、やめっ……言う! 何でも言うから!」

「悪いのはこの人です! 私は何もしてません!」

「お、お前……」


「黙れクソババア! アンタもエビィリンを引き取るとか言って一緒に孤児院に行っただろうが!」


 夫人の頬を打った手にはSTRを乗せていなかったが、それでも口の中が切れたようで唇から血が垂れていた。


「答えてもらおう。子供たちを殺したのはお前たちだな?」


「こ、殺したのはアバリースライムで、私たちは子供を連れてきただけにすぎん」

「ほう。屁理屈をこねる余裕があるのか」


 次に彼が踏み潰したのは男爵の左手の甲だった。そのまま夫人も同罪だとして、同様に彼女の左手の甲も踏み潰す。


「あ、あなた! 余計なことを言わないで!」

「お前こそ自分だけ助かろうとしたではないか!」


「見苦しいなあ。夫婦は一心同体だと思ってるから、今後は同じ痛みを与えることにしようか」


 夫妻の顔から血の気が失せた。


「次の質問だ。何人殺した?」

「それは……」


「子供の骨が見つかったのは俺が知る限り二回だ。人数は合わせて二十人分だったと聞いている」


「わ、私はそんなには知りません!」

「またお前は……」

「いやぁっ!」

「ぎゃぁっ!」


 今度は左膝を踏みつけた。右足と同じく逆方向に曲がっている。


「聞かれたことだけに答えろ。どっちがどうとか、そんなことはどうでもいい」

「わ、分かった! 答えるからもうこれ以上は……」

「何人殺した?」


「二十人だ。見つかった骨の分と同じだ」


「ふーん、足首と両膝と左手の四回だから、あと十六回も痛めつけなきゃいかんのか」

「な、なにを……!」


「あ、そうだ。あのスライムに食われたんなら骨はきれいに吐き出されるはずだよな。しかし骨には獣か魔物の歯形も付いていたって聞いた。なぜだ?」


「飼い犬のジョンに与えたからだ」

「犬にかじらせたってか!」


「もういいだろう。我々を騎士団に引き渡してくれ」

「そうよ! こんなの横暴だわ! 貴方の探していた子は無事だったみたいだからいいじゃない!」


「あ? 二十人も子供を殺しておいて許されるとでも思っているのか?」


「分からんぞ。我々には正当な裁きを受ける権利はあるはずだ!」

「その場で私たちは鉱山ロードの横暴を訴えるから覚悟しておきなさい!」


「なるほどね。子供を理不尽に殺しておいて、自分たちは権利を主張か」


「分かったらさっさと騎士団を呼びなさい!」

「ぎゃっ!」

「あうぅっ!」


 二人の右足のすねが踏み潰された。痛みに苦しそうな表情を浮かべているが、ここまでされて気を失わないのは大したものだと言えるかも知れない。


「何か勘違いしてるみたいだけど、俺はお前たちを生かしておくつもりはないぞ」

「「へ?」」


「まあ聞きたかったことは聞けたし、あと十五回痛みを与えたら楽にさせてやるよ」

「ふ、ふざけるな!」


「そうそう、鼓膜はノーカンだから」


 言うと彼は二人から少し距離を取り、今度は追尾投擲で手足の先から関節ごとに吹き飛ばしていった。そして十五回目の制裁を終えた時、夫妻は肉塊へと姿を変えていたのである。


(殺された子供たち、少しは弔いになったか?)


 さすがに二人とも途中から気を失ってしまったので、人数分の痛みを与えられたかどうかは怪しい。しかし次々と手足が失われていく恐怖は植えつけてやれたはずだ。


 その後、ターナー男爵夫妻は行方不明として、騎士団より王国に報告された。夫妻はどこにも見当たらず、男爵邸から少し離れた場所に直径一メートルほどの、小さな 地面のへこみクレーターが出来ていただけだったとも。


 その他には何十回にも及ぶ爆音と、最後に一際大きな爆音が一回聞こえたが、突風が吹いただけで特に変わったことはないというものだった。


 また残された男爵家の使用人たちは、脅されていたとはいえ王国への報告を怠ったとして、男女とも修道院送りとなったのである。



◆◇◆◇



「ソフィア、ポーラ」

「「はい」」


「話したいことがある」

「はい」

「分かってるわよ」


 アルタミール領主邸の執務室で、彼は正面に座った二人の婚約者に神妙な面持ちで語りかけた。ただ、その膝の上には愛らしい小さな少女が乗っている。


「エビィリンを引き取ろうと思う」


「結婚前から子持ちになるってことですね」

「エビィリン、これから仲良くしてね」

「うん!」


「いいのか?」


「ユウヤさん、エビィリンちゃんのことでたくさん悩んだんですよね?」

「私はリックにどう説明するのか楽しみで仕方ないわよ。もちろん、エビィリンは大歓迎!」

「うっ……」


「でも、ユウヤさんが苦戦したというのは驚きました」

「そうよ! 危ないことはしないで! 結果的にはエビィリンを助けられたからよかったけど」


「いや、俺もまさかスライムに苦戦するとは思わなかったよ」


 彼は日本でのスライムという魔物が、多くの場合最弱の位置に置かれていることを説明した。


「ユウヤさんの世界にもスライムなんて魔物がいたんですか?」

「いや、実際にはいない。ゲームとか空想の中で出てくるだけだよ」


「げえむに空想、何だか面白そうね」

「空想は別としてゲームは残念ながら再現は無理だけどな」


 トランプもゲームと言えるだろうが、根本的な違いがある。


 何はともあれ二人はエビィリンを引き取ることを了承してくれた。この後彼は、領主代行のウォーレンを始めとして邸の使用人たちに彼女を紹介し、自分がいない時の世話を頼んだ。


「ねえ、ユウヤおじちゃん」

「ん? なんだ?」


「これからずっとユウヤおじちゃんといっしょ?」

「そうだよ。俺と一緒だ」


「やったあ! おじちゃんとずっといっしょ!」


「あはは。孤児院の皆に会いたい時は言ってな。いつもは無理だけど、たまになら連れてってやるから」

「うん! おじちゃん、だいすき!」

「俺もエビィリンが大好きだぞ」


 これまでの優弥からは想像も出来ないデレた顔に、使用人たちは生暖かい視線をおくるのだった。

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