第六話 鉄拳制裁

 騎士団長が二人の騎士を従えて現れたことで、周囲に野次馬が集まり始めていた。ロレール亭の店内からも料理の乗った皿を持って何人かの客が出てきている。むろん、窓際の席の客は食事をそっちのけで外の状況に目を向けていた。


「ロイター男爵家のフェリクス殿と聞いたが間違いないか!」

「間違いありません」


「長く領地に籠もっていたようだから知らないのも無理はないが、貴殿が剣を向けているお方をどなただと思っている?」

「は? ロビンソン伯爵閣下のお言葉とも思えませんな。放っておいてもしぶとく生えてくるただの平民でしょう」


 彼の言葉によって野次馬たちの顔が反感で険しくなる。


 だが、優弥は少々困っていた。彼の中での男爵の罪はソフィアに嫌な思いをさせたことと、従者が彼女の腕を掴んで捻じ上げたことである。


 だから男爵をぶん殴った後、従者の腕をへし折る程度に留めておこうと考えていた。二人を店の外に引きずり出したのは他の客の迷惑になると思ったからだ。


 ところが男爵が彼を無礼討ちすると剣を抜いた。殺すつもりなら自分も殺される覚悟で来いという信念の許、返り討ちにしても構わないかとトニーとチェスターに聞いたらお勧めは出来ないと言う。おそらく王国の法が関係しているのだろう。


 そして騎士団長の登場だ。王国の騎士団を罵った男爵は、ほぼ間違いなく反逆罪辺りで処刑されることになる。もしそこまでいかなかったとしても男爵家は取り潰し、つまり爵位を剥奪されて家は断絶、王都の家屋敷を含めて領地財産の没収は免れないはずだ。


 では彼は何に困ったのか。それは大切なソフィアを困らせ手を上げられたにもかかわらず、自分で仕返し出来なくなってしまうことだった。


「愚か者!」


 そこで騎士団長が馬から降りて男爵と彼の間に入った。続けて二人の騎士も馬から降りてくる。

(団長さん、邪魔なんだけど……)


「こちらのお方はユウヤ・ハセミ殿だ。さすがに名前くらいは聞いたことがあるだろう?」


「はて、確かにどこかで聞いた覚えはあるように思いますが……」

「鉱山ロード、と言えば思い出せるか?」


 刹那、野次馬たちがどよめいた。


「ま、まさかその若造がですか!?」

「控えよロイターきょう! いつまで剣を向けている!」


「し、失礼致しました」

「ロイター卿を捕らえよ」

「「はっ!」」


「ちょ、お待ち下さい、ロビンソン閣下! 確かに私はそこの若造……鉱山ロード殿に剣を向けましたが、それは知らずにやったこと。捕らえられる謂れはないはずです!」


「黙れ! 知らずとも、決して鉱山ロード殿に逆らってはならぬとの陛下の厳命に背いた罪は重い!」


「あの、団長さん」

「はっ! ハセミ殿、なんでしょうか?」


「ソイツを連れていくのはちょっと待ってくれないかな」

「何故です?」


 優弥は団長を軽く押しのけ男爵の前まで歩み寄ると、彼を取り押さえている騎士二人にも手を離させた。男爵は何を勘違いしたのか、ホッとした表情で彼に微笑みかける。


(笑ってんじゃねえよ。助けてもらえるとでも思ってんのか? キモチワリイ)


 乗せたSTRは2千。渾身の力を込めた拳は男爵の頬骨を砕き、折れた歯が口の中を切って血を吐かせた。


 その男爵を横に突き飛ばして従者の前に立つと、後ずさる彼の右腕に裏拳を叩き込む。ボキッと嫌な音が聞こえた一瞬の後、従者は呻きながら折れた腕を押さえてのたうち回り始めた。


 再び野次馬たちが響めいている。

(ふう。とりあえず目的は果たせたな)


「あの、ハセミ殿?」

「ああ、これは俺の個人的な恨みだ。後は任せた」

「そ、そうですか……」


「もしこのことで俺を罪に問うというなら……」

「いえ、滅相もありません!」


「ならよかった。強権を発動せずに済んだよ」


 彼はモノトリス王国では平民の身分だが、魔法国では伯爵位にある。つまりその気になれば、男爵が他国の貴族に剣を向けるとは何事かと、王国に難癖をつけることも可能なのだ。これが彼の言った強権の意味するところである。


「あ、そうだ。団長さん」

「はい、なんでしょう?」


「ちょっとの間トニーとチェスターを借りられないかな?」

「理由をお聞かせ頂けますか?」


「手伝ってもらいたいことがあるんだよ。本当は話を聞くだけのつもりだったんだけど、ちょうど団長さんが来てくれたから可能なら頼んでみようと思っただけでね。無理ならそう言ってくれて……」


「ハセミ殿のお役に立てるなら喜んで! なんでしたら私が……私ごと一個師団をお貸ししても!」


(一個師団て何人だよ。それに自分までってアホか、この人。そう言えばトニーとチェスターが、団長さんは俺に心酔してるって言ってたっけ)


「いや、気持ちはありがたいけど二人だけでいいよ」

「そうですか……必要ならいつでも言って下さい!」

「わ、分かった。ありがとう」


 彼は野次馬の整理を頼んでから、一度ロレール亭を離れることにした。このまま店内に戻ってしまうと、彼らの興味を呼び込んでしまって迷惑をかけることになるからだ。


 ただ、夜勤明けのトニーとチェスターをそのまま連れ回すのも気が引けたので、二人にはとりあえずバリトンという老夫婦について聞き覚えがないかだけを聞いてみた。


「知りませんね」

「私も存じ上げません」

「そうか」


「その老夫婦がどうかされたのですか?」

「いや、そういうわけではないんだけど、ちょっと気になってるんだよ」

「では私たちへの頼みというのは」


「居場所を探してもらえれば助かる。王都とその周辺くらいで構わないから」

「「分かりました」」


 これ以上二人を引き留めては悪いと思い、昼食をおごるという約束は次の機会に果たすとして彼はその場を後にした。


 その日の夜、再び王都のすぐ外の森で子供の人骨が何者かによって棄てられたのだった。

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