第五話 ロビンソン伯爵家

「教会の決まりで、里親様のことは相手がたとえユウヤ様でもお話し出来ないんです」


 ローガンたちと飲んだ翌日、彼はヴアラモ孤児院のシスター・マチルダを訪ねた。彼女の反応は予想していたとはいえ、孤児院のオーナーとなった彼にさえ里親の情報は名前しか開示出来ないと言う。


 ボールドウィン司教が寄付金をせしめていたせいだとしても、事実上ハルモニア神教の教会から見捨てられた場所である。にもかかわらずシスターは教会に深く帰依きえしているので、その決まりに従うのは当然かも知れない。


「それは仕方ないな。分かった、ありがとう」

「申し訳ありません。あの……」

「うん?」


「エビィリンがどうかしたのでしょうか?」

「いや、大丈夫だ。気にしないでくれ」


 もしここがアルタミール領なら警備兵団に命じて調査することも出来たが、ない物を強請ねだることほど無意味なものはない。だが――


(そうだ、彼らなら……)


 優弥が思い出したのはトニーとチェスター、年末年始のエバンズ商会の一件で協力的だった若い二人の騎士だ。結局彼らは騎士団を辞めるまでには至らなかったので、再就職先としてウィリアムズ伯爵を紹介することはなかった。


 彼はその足で早速騎士団を訪ねると、ちょうど任務を終えた二人が出てくるところだった。前日からの夜間勤務だったそうだ。


「二人とも眠いだろうが、昼飯おごるからちょっと話に付き合ってくれないか?」


「ユウヤ様のお誘いを断る理由は私にはありません」

「私もです」


 その二人を伴って入るのはもちろんロレール亭。昼間のこの時間はソフィアとシンディー、ニコラが働いているはずである。


「あ、ユウヤさん、どうしたんですか?」


「「お帰りなさいませ、旦那様」」

(翻訳スキル、ぜってえバグってるだろ)


「おや兄さん、昼も来てくれるなんて嬉しいね」

「美味いと評判のランチを食いにな」


 言いながら彼は心の中で女将にグッジョブと叫んでいた。何故ならソフィアたちが三人ともディアンドルを着ていたからである。


 これまで仕事着に関して質問したことがなかったので、もっと早くに聞いていればよかったと後悔したほどだ。当然ながらトニーとチェスターも三人に見蕩れていた。


「三人様ですか?」

「うん、席は空いてる?」


「大丈夫ですよ。奥のテーブルにご案内しますね」

「でもソフィア、あの席は……」


 淀みなく優弥たちを案内しようとしたソフィアを、シンディーが気まずそうに呼び止めた。


「シンディー、どうかしたのか?」


「その、奥の席はロイター男爵様の予約席で……」

「予約されてるならマズいだろ、ソフィア」


「毎日来るわけではないからいいんです」

「毎日って……毎日?」


「はい。この席は昼間は常に空けておくようにって」

「でも予約料とかもらってるんじゃ……」


「鉄貨一枚だって頂いてません」

「なるほど。そういうことなら問題ないか」


 鉄貨一枚は日本円換算で十円である。それすら払わずに人気店のテーブルをリザーブするなど言語道断と言わざるを得ない。彼は騎士二人と共に案内されたテーブルに着いた。


「ですがユウヤ様、さすがに男爵閣下だとマズいのではありませんか?」

「俺の肩書きを忘れた?」

「「あっ!」」


 魔法国と大帝国では竜殺しの称号、モノトリス王国では鉱山ロードの肩書きがある。そして鉱山ロードはこの国の民が味方し、王侯貴族が恐れを成す相手だ。


「もし来たら俺が文句の一つも言ってやるさ。それよりソフィア、どうして今まで相談しなかったんだ?」

「ユウヤさん、貴族様と拘わるのを嫌がると思ったんです……」


「シンディーとニコラは何故言わなかった?」

「それは……」

「私が口止めしました」


「そうか。確かに貴族と拘わり合いになりたくないというのはその通りだ。だけど大切なソフィアが嫌な思いをしているのを知らずにいる方がもっと嫌だぞ」

「ユウヤさん……」


「おい、店員!」


 そこにでっぷりと腹を膨らませた男が現れた。着ているものは高価そうだがお世辞にもセンスがいいとは言えず、指にいくつもの指輪を嵌めている。キモいオヤジの代名詞のような風貌だ。加えて彼の髪型を見た日本人の多くが、落ち武者をイメージするだろう。


 その男の従者が、こともあろうにソフィアの細い腕を掴んでじ上げた。


「痛い!」

「痛いじゃない! 何故フェリクス閣下がご予約なさっているテーブルに客を着かせてい……いたたた」


 むろん、優弥がそれを黙って見過ごすはずもなく、今度は彼がその従者の腕をひねり上げてソフィアを抱き寄せた。


「ソフィア、大丈夫か?」

「ありがとうございます」


「は、離せ!」

「ほらよ!」


 軽く突き飛ばし気味に手を離したが、STRを一般的な成人男性の二倍ほどに上げていたせいで、勢い余った従者が男爵を巻き込んで盛大に転んだ。それでも混雑していた店内からは少し離れた奥のテーブルだったため、ランチ客に被害は出ていない。


 ただ、客たちが何事かと食事の手を止めてしまい、それまでの喧騒が嘘のように静まり返っていた。


「トニーとチェスター、少し待っててくれ」

「え? あ、はい」

「承知しました」


 二人の返事を聞いてから、優弥はまだ尻餅をついた状態のままだった男爵と従者の首根っこを掴んで店の外に引きずっていく。そして入り口付近に停まっていた馬車の脇に放り投げた。


「き、貴様! 平民の分際で自分が何をしたか分かっているのか!?」


「俺が平民? どうしてそうなことが分かる?」

「なっ! ま、まさか貴様も貴族だというのか!?」


「いや、見ての通り平民だ」

(この国ではな)


「ゆ、許さんぞ! 無礼討ちにしてやるからそこへ直れ!」


 男爵が叫びながら腰の剣を抜き、騒ぎに気づいた道行く人たちが足を止めた。トニーとチェスターも大慌てで店内から飛び出してくる。


「「ユウヤ様!」」


「二人は夜勤明けだろ。いいから店で待っててくれ」

「ですが……」


「その二人も仲間だったな。お前たちも無礼討ちだ! 恨むならそこの愚か者を恨め!」

「おいおい、いいのか? この二人は王国騎士団の騎士だぞ」


「ふん! わしが領地にいる間に王都も落ちぶれたものよ。こんな礼儀知らず共をのさばらせているのだからな!」

「礼儀知らず、ねえ」


「さあ、そこへ直れ! 最期の言葉くらい聞いてやろう。儂は慈悲深いからな。ただし命乞いだけは聞けんぞ」


「ふーん。トニー、チェスターも聞いたな?」

「はい、この耳でしっかりと」


「この場合、俺があのブタを殺しても構わんか?」

「ブ、ブタとは何だ!!」


「それは……無礼討ちと申されておりますので、あまりお勧めは出来ません」

「だとよ。命拾いしたな。えっと……名前何だっけ」


「フェリクス・ロイター男爵閣下だ!」

「何ごとだ!」


 男爵の後ろで従者が偉そうに言ったところで、三人の騎士が馬に乗って現れた。叫んだのは先頭の騎士で、彼らを見たチェスターが駆け寄っていく。


「団長!」

「ん? チェスターか。そっちにいるのはトニーだな。何があった?」


「実は……」

「なん……だと……!?」


 チェスターから経緯を聞いた騎士団長の顔が怒りに燃えている。だが、そんなことはお構いなしに男爵が団長に向かって怒声を上げた。


「騎士団長様! 何故このような無礼者を野放しにしておくのです! これでは騎士団の恥と言われても仕方ありませんぞ!」


(あ、コイツ死ぬわ)


 優弥がそう思ったのも無理はない。何故なら王国騎士団長のチャーリー・ロビンソンは、ロビンソン伯爵家の当主だったからである。

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