第十八話 合同商会

「こちらが皆が準備を進めてきてくれた合同商会に金貨百枚を出資してくれたグレッグ・ヒューズ子爵殿だ。今後我々同様に役員として意見を述べてもらうことになる」


 優弥ゆうやは合同商会の会合に出席し、そこにヒューズ子爵を同席させた。出資者として、また新たな役員として参加する商会の会頭たちに紹介するためである。場所は領主邸二階の小会議室だ。


 この商会には現在、中規模な商会一つと小規模な商会五つが参加している。つまり役員と呼ばれるのはヒューズ子爵を含めて八人、そのトップが代表取締役たる優弥だった。


 冒頭の彼の言葉に、あからさまに顔に出す者こそいなかったが案の定会頭たちは不服そうな雰囲気を漂わせている。それが感じられただけでも、子爵を連れてきた甲斐があったというものだ。


「今日はまず、この合同商会の名前を決めようと思っている。案がある者から遠慮なく手を挙げてくれ」

「ハセミ殿、よろしいかな?」


 最初に手を挙げたのはヒューズ子爵だった。五十二歳の彼は八人の中で最も年長者である。それ故の優弥に対しての敬称だったのだろうが、アルタミールにおいては平民に過ぎない者の発言として間違いなく不敬と言えた。


 だが、それに気づいた会頭たちが醸し出したさらなる不服そうな雰囲気を感じても、彼は敢えて子爵を咎めずに捨て置いたのである。


「構わん。言ってくれ」

「ここは一つ、百枚もの金貨を出資した我がヒューズ子爵家の名を取り、ヒューズ商会としてはいかがだろう」


 さすがにこれにはあちらこちらからため息が漏れていた。しかも皆、揃って呆れ顔である。


「グレッグきょう、それはダメだ」

「何故かね?」


「たかが金貨百枚を出資しただけで、貴方には何の功績もないからだよ」


「たかがとは聞き捨てならん。金貨百枚だぞ! それともこの中にこれ以上の金をポンと出せる者がいるのか!?」

「ここにいるぞ」


 優弥は子爵の目の前に、黒曜石オブシディアンのごとくに輝きを放つドラゴンの鱗を置いた。刹那、会頭たちのため息は賛美の色に変わっていたが、子爵にはそれが何だか分からなかったようだ。


 実は六人の会頭は彼が竜殺しの称号持ちであることを知らされていたが、ヒューズ子爵には教えていなかった。しかしだから仕方ないとは言えない。商会の役員を名乗るなら、それがドラゴンの鱗であることは分からなくても、物の価値は分かって当然だからである。


「この石のような物は何かな? 美しいとは思うがとても金貨百枚ほどの価値があるようには見えんぞ?」


「あれの価値がお分かりにならないとは……」

「私は大帝国の皇帝陛下があれを手に入れるために、金貨千枚をお出しになられたと聞いたよ」


(ちょっと齟齬そごがあるが千枚は合ってるから、まいっか)


「グレッグ閣下、貴方には失望しました」

「な、何だと!?」

「それはドラゴンの鱗ですよ」

「なに!?」


「ハセミ閣下、我々に手に取って拝見する栄誉を頂けませんか?」

「構わんよ。好きに見てくれ」


「「「「「「おお!」」」」」」


 早速六人が鱗に群がり、各々持ち上げたり撫でたりしてその感触を楽しみ始めた。


「これがドラゴンの鱗!」

「何たる荘厳な重量感!」

「美しい。ただただ美しい!」


「どんな女性の肌もこの手触りには敵いますまい」

(いや、俺は女の子の肌の方がいいと思うぞ)


 鱗の鑑賞会がしばらく続いた後、彼らは礼を言って席に戻った。そして互いに顔を見合わせてから頷き合う。


「ハセミ閣下、金貨百枚が必要なら私が負担します」

「「「「「私も!」」」」」


「ですからグレッグ閣下の役員入りは取り消して頂けませんでしょうか」

「な、何を言うか! 不敬だぞ!」


「失礼ながら貴方の爵位は大帝国でのものであり、魔法国領となったここアルタミールでは我々と同じ身分なのではありませんか?」


「言われてみれば確かに……どうして今まで気づかなかったのでしょう。いや、商人としてお恥ずかしい」

「であれば、先ほどからのハセミ閣下に対する態度こそが不敬ということに……」


「な、何をバカバカしい!」


「バカバカしくないぞグレッグ卿。いや、グレッグ・ヒューズ。領政に携わっていたと聞いたから少しは役に立ってくれることを期待してたんだがな」

(もう少しやらかしてくれると面白かったんだが)


「ハセミ殿?」


「アンタ以外の役員全員が望んだことだ。グレッグ・ヒューズを当商会の役員から除名する」

「何だと!?」


「「「「「「おおっ!」」」」」」


「パーシー、入れ!」

「失礼する」


 彼の声にパーシー・ヘイズ、領主邸の衛兵隊長が会議室に入ってくる。


「このグレッグ・ヒューズを捕らえて警備兵団に引き渡せ。罪状は俺に対する不敬罪だ」

「はっ! 立てっ!」

「なっ、何をする!」


 ヒューズ子爵では屈強な衛兵隊長の力に敵うはずもなく、無理矢理会議室を連れ出されそうになった。だが、そこで思わぬ言葉が飛び出す。


「クソッ! ルークの奴め、しくじりおって!」

「待て! 今何と言った!?」


「ふん! ルークがしくじったからこんな目に……」


「ほう。それは聞き捨てならんな」

「いや、違う! なんでもない!」


「不敬罪で国外追放にしようと思っていたが、どうやら生きて国から出られなくなりそうだぞ、グレッグ・ヒューズ」

「ち、違う! 本当に違うんだ!」


「パーシー、罪状は後ほど改める。まずは警備兵団に処刑したルーク・トレスとの関係を吐かせるように伝えてくれ。吐くまで拷問して構わんとな」

「はっ!」


「待て、待ってくれ! 待って……」


 今度こそ本当に会議室から連れ出されたヒューズ子爵は、それでも通路でわめき散らしていた。


「騒がせて済まない。会議を再開しようか」


 少しの沈黙の後、会議室には拍手の音が響き渡るのだった。



――あとがき――

明日からのカクヨムコン参加してみます。

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