第七章 招待状

第一話 鱗の価値

 ヒューズ子爵は拷問を恐れ、すんなり自供したとのことだった。それによると彼はルークからタニアの存在を聞かされ、狩りの際の事故に見せかけて殺してしまえばいいと入れ知恵したそうだ。


 そしてわざわざ三人の殺し屋を護衛という名目で雇い、あの事件に発展したというわけである。


 動機についてもヘンダーソン子爵に見限られて転封てんぽう先についていかせてもらえず、金に困ってのことだったようだ。トレス商会に娘を嫁にやり、その上で経営に口を出しそうという腹づもりは優弥が予想した通りだった。


 ではなぜ、死罪を言い渡されたルークとその一味が子爵の関与を否定したままだったのか。それにはこんなカラクリがあった。


 子爵は万が一計画が失敗しても、自分が手を貸したことが知られないように彼らを二つの嘘で騙していたのである。


 そのまず一つ目が、斬首で使われる剣はあらかじめ刃引きしてあるものを使用するというもの。子爵の特権で可能だと信じ込ませたらしい。


 二つ目が処刑が失敗した場合、やり直しはないということ。日本でもかつて死刑執行された後に生き返り、釈放された事例がある。これは一度法によって定められた刑は執行されたのだから、再度執行する理由がないということだったらしい。


 しかしここは日本ではないし、失敗と生き返りでは根本的な違いがある。刃引きされた剣を使って失敗したなら、剣を改めて首を刎ねるだけだ。


 ただ、子爵が狡賢ずるがしこかったのは、彼らにとにかく泣き喚いて命乞いし、周囲の気を惹けと指示していたところだった。これにより周りの者が刑の執行の失敗を知り、執行官が自分のミスを隠すために黙って剣を取り替えることを防ぐためだと言ったそうだ。


 確かにルークたちは異常なほどに泣いて喚いて命乞いしていたと聞いていたので、その部分にも嘘はないだろう。


 いずれにしてもヒューズ子爵は数日後に斬首され、一族は財産を没収の上で国外追放の憂き目を見ることとなったのである。



◆◇◆◇



 合同商会はドラゴンスケイル商会と命名された。六人の会頭たちはとにかくドラゴンの鱗が気に入ったようで、この名も満場一致で決まったのである。なお、長いので略称はドラスケ商会となった。


「俺はゴンスケがいいって言ったんだけどな」

「閣下のセンスは凡人には理解出来ないのでしょう。かく言う私もその凡人の一人にございます」


「ウォーレン、お前本当は俺のこと嫌いだろう?」

「滅相もございません。空よりも深く、海よりも高く愛しております」


「つまりこれっぽっちもってことだな。よかったよ、オッサンに愛されてなくて」


 ドラスケ商会の本部は領主邸から徒歩で五分、領都エイバディーンのほぼ中心にあるロバーツ商会の本店が兼ねることとなった。この商会は参加している中では最も大きいが、アルタミールにある全商会では中規模の部類に入る。


 また、領境であり国境でもある門の付近には、城壁の内外合わせておよそ六千坪の倉庫を建築中だった。建物が壁を跨ぐ構造となっており、内部の壁は一部柱の役目を果たす部分以外は取り壊される予定である。


 つまりこの倉庫内に限って、帝国領と魔王国領が隔てなく繋がるということだ。門兵はこれまでの門に加えて、それぞれの倉庫の出入り口を監視しなければならない。そのための追加要員も雇い入れた。


 倉庫の完成はおよそ半年後の予定である。


「久しぶりだな、魔王」

「うむ。息災そうで何よりじゃ」


「アス、うまくいったようじゃないか」

「はい、これから自由にハセミ様に会いに来られます」


「陛下、そう度々は困りますぞ」

「分かっているよ、ネイト」


 その日、皇帝トバイアスの居城と領主邸との間に転送ゲートが開かれた。起動出来るのは皇帝本人と執事のネイト、それに優弥と魔王ティベリアの四人のみである。そしてこの四人と領主代行のウォーレンは現在、領主邸の小会議室に集まっている。


「ゲートの定員は六人じゃ。ユウヤ殿とソフィアたち女性陣を合わせた人数にしておいた」

「ぜひ近いうちに皆様でお越し下さい。歓迎致します」


「城内のどこに繋がってるんだ?」

「僕の執務室です」

「いきなり執務室かよ」


「寝室以外では僕が一番使ってる部屋ですから」


「まあいいや。それより魔王、例の話だが」

「食糧供給の件じゃったな。エルマリー村とロイコック集落を覚えておるか?」


「ああ、ドラゴンを狩った集落とその近くの村だろ」

「うむ。その間の森を開拓して農地にするというのはどうじゃ?」

「土地を貸すってことか?」


「そうすれば集落の者も安全に村に行けるようになるし、わらわとしては一石二鳥なんじゃよ」


 開拓はある程度は魔法で何とかするので、そこから始めてほしいとの要望だった。まずは開拓民を五十人程度受け入れ、農地整備にかからせる。彼らが暮らすのに必要なものは全て揃えてくれるそうだ。


 その後は段階的に開拓民を増やして農地を拡げ、作付け可能になったところから農民も可能な限り受け入れるとのこと。開拓地が農地として機能するまでの間は、ある程度の食糧なら輸出可能らしい。


「困ってはおらぬが我が国も自国での消費しか頭になかったからの。大量にというわけにはいかんのじゃ」

「まあ、そうだろうな」


「ティベリア様、ご迷惑をおかけしたのにこのようなご配慮を頂き、感謝の念にえません」


「それはもう解決したことじゃ。ただ開拓予定地には魔物もおるでの。開拓民以外に兵士も寄越すがよかろう」

「承知しました」


「すまんが我が方からも見張りの兵士を就かせることになる。これといさかいを起こさぬよう十分にに配慮してくれ。最悪の場合は帰ってもらわねばならなくなるから心しておいてほしい」

「もちろんです。派遣する者にはきつく言い聞かせておきます」


 ゲートは二十人規模のものを開拓予定地とアルタミール領側の倉庫前に設置することが決まった。ただしこの規模のゲートを常に維持するのは魔王の負担が大きくなり過ぎるため、起動可能な時間帯が夕方の十七時からの二時間と制限がかけられている。


 むろん際どいタイミングでくぐっても体や物が引き裂かれたりすることはない。ゲートに何かが触れている間は相応の魔力が供給されるからだ。


 ただしその時間が不自然に長かったりした場合は、強制的にゲートのどちらか一方に吐き出される仕組みになっているらしい。開拓民の人選が整い次第、すぐにこの計画がスタートする。


「モノトリスの方はどうなった?」

「結論から言うとオーケーだ」

「さては何かあったんじゃな」


「まあな。国王のじじいが渋りやがったのさ」


 魔法国の後に攻めてこようとしていたような国を助ける必要などない、というのがモノトリス王国国王の言い分だった。もっともなことだったため、優弥と国王との間に入ったエバンズ商会の会頭、コンラッド・エバンズが頭を抱えたのは言うまでもないだろう。


「だから言ってやったのさ。俺は魔法国で爵位を与えられて、大帝国があるエスリシア大陸に領地も持っている。そこに勇者エリヤ・スミスを連れて移住するぞってな」

「ほう、勇者殿も参られるのか?」


「いや、エリヤに話したら、タべられないのツラいねー。オウサマどうしてワからないんだロウって言ってただけで、移住するかどうかは聞いちゃいない」


「そういえば貧しかったと言っておったな」

「とにかくそれで爺が慌てたんだよ」


 モノトリス王国はゼノアス大陸中でもっとも弱小の国家である。にもかかわらず周辺国から攻め込まれないのは、ひとえに勇者の存在があるからだった。その勇者がいなくなったと知られれば、侵略の標的にされるのは火を見るより明らかというわけである。


「さらにトドメだったのがこれだ」

「ドラゴンの鱗か」


「食糧の輸出を許可するならくれてやるって言ったらイチコロだったってさ」

「それは金以上に価値があるからのう」


「間に入った商会の会頭からも強請ねだられたから、金貨五百枚で売ってやった」

「妾は百枚が相場と言ったと思うが?」


「金より価値があるって言ったばかりじゃないか。そもそも向こうが金貨五百枚って提示してきたんだよ。わざわざ値下げする必要なんてないだろ」


「僕はその十倍で買わされ……何でもありません!」

「だから一枚やったじゃないか」


「閣下、そういうところは改められませんと人が離れていきますよ」


 ウォーレンにまでダメ出しされて、立つ瀬のない優弥だった。



――あとがき――

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