第十七話 ヒューズ子爵
ウォーレンに確認したところ魔法国にも不敬罪はあるが、その場で無礼討ちが許されるケースはほとんどなく、問われても多くの場合処刑までには至らないとのことだった。
無礼討ちや処刑を前提としてしまうと貴族が横暴になり、国の発展が阻害されかねないというのがティベリアの考えだそうだ。
(どこかの国王に聞かせてやりたいよ)
「俺に盾突いたから死ね、と言いたいところだけど、実際アイツらは人を殺したわけじゃないからなあ」
「その理屈でいきますと、私は何度死ななければいけないのでしょう」
「分かってるなら少しは敬え、ウォーレン」
「これでも最大限の敬意を払っているつもりですが」
「冗談だよ。俺は年上は敬う主義なんだ」
「存じ上げませんでした」
ウォーレンとの皮肉のやり取りを、優弥は常に楽しんでいた。
「しかしあんな奴らを野放しにしておいても、いいことなさそうなんだよな」
「流刑ならウェイバ鉱山に送る、というのはいかがでしょう?」
「ウェイバ鉱山?」
「ここから百キロほど北にあるのですが、珍しいタイプの鉱山と聞いております」
「珍しいとは?」
「標高がマイナス約八十メートルとか」
「マイナス? それって山と呼べるのか?」
「
「で、そこに送る理由は?」
「採掘場は夏場でも気温が氷点下となる日が多く、ヘンダーソン子爵領時代の有名な流刑地とされていたことにございます」
労働は過酷で毎年凍死者を出し、凍傷で指などを失う者も少なくないそうだ。そしてそこから戻った者はその辛い経験から、かなりの割合で更生するらしい。
なお、流刑地からの脱走は死罪である。
「じゃ、そうするか」
四人の
なお、彼らの証言から新たな事実が発覚した。それは機密事項だったタニアのことを漏らした人物についてだ。
この件について優弥は怒り心頭だったので、捕らえさせて自ら
「お前は……」
取調室で待っていた容疑者の顔には見覚えあった。向こうは覚えていないようだが、彼が初めてトレス商会を訪れた時に応対した女性店員だったのである。
「どこであの情報を知った?」
「トレス会頭が話しているのを聞きました」
「立ち聞きか」
「はい」
「それが機密事項だとは思わなかったのか?」
「思いませんでした」
あれだけ商会の内情をペラペラとしゃべった彼女だ。本来なら完全とは言えないまでも、この証言には信憑性があると見ていいだろう。しかし、彼女には別の一面があった。
「商会をクビになっていたそうじゃないか」
「あの女がいけないんです!」
「あの女とは?」
「花屋の娘です! あの女さえいなければ若旦那様だって……」
「しかしクビになったのはお前一人じゃないだろう。事件のせいで商会の経営が苦しくなって、他に何人も従業員が解雇されたと聞いているぞ」
「ですからそれも全てあの女が……」
「履き違えるな! 悪いのはタニアを騙した上に殺そうとまでしたルークだ!」
「それもこれも、あの女がいなければこんなことにはならなかったではありませんか!」
この世界ではよほど容姿が優れていたり大きな資産があったりしない限り、妊娠の経験がある女性がパートナーと別れると異常なほど生きづらくなる。元々男性の割合が少ないので、たとえ死別であっても再婚の目がほとんどなくなってしまうのだ。
かと言って男性に頼らず生きていこうとしても、女性の働き口が少ないという問題もある。
つまり犯罪者であるルークの子を宿したことが知れ渡ると、タニアは好奇の目にさらされるだけでなく、生きていくことそのものが
「すると彼女への腹いせに機密事項を言いふらしたということだな?」
「そうです! だから私は悪くありません!」
「機密事項だと分かっていてか?」
「ええ! あの女が少しでも苦しめばいいと……ち、違います! 機密事項だとは知りませんでした! 今のは間違いです!」
(怪しいな)
「ま、この際それはどうでもいい。お前の罪は機密情報
「そんな! 情報漏洩は仕方ありませんが、騒乱罪は身に覚えが……」
「黙れ! お前が復讐心で流した情報でベネット生花店に多くの野次馬が詰めかけ、四人の破落戸が騒ぎを起こした。これが騒乱罪だ」
「騒ぎを起こしたのは私ではありません!」
「原因を作ったのはお前だと言っているんだよ!」
騒乱罪は言わずもがな重罪である。死刑もあり得るが、今回は幸いなことに優弥に殴られた破落戸以外の怪我人は出ていない。死者もゼロだったことから、彼女には国外追放の裁定を下した。
◆◇◆◇
「閣下、お耳に入れるべきことがございます」
取調室での一件の翌週土曜日、領主邸に着くなりウォーレンが執務室でそう切り出した。これからソフィアたちと共にエイバディーンを散策する予定だったのだが、領主代行がその前にと譲らなかったのである。
「ソフィアたちを待たせたくない。
「ヒューズ子爵についてでございます」
「あの子爵がどうかしたのか?」
「合同商会への出資を申し出て参りました」
「いくら?」
「金貨百枚とのことです」
「ふーん。そんなことをわざわざ俺に伝えるということは、何か見返りを求めてきてるってことだよな?」
「役員の座です」
「経営の決定権を寄越せってか」
「おそらくトレス商会との繋がりが断たれたことが原因かと」
「ああ、元々は娘を嫁にやって商会の役員にでもなるつもりだったってことか」
「はい」
領地を持たない法服貴族のヒューズ子爵は、領政から外されたことでいわゆる失業状態だった。エイバディーンが魔法国領となったのだから当然のことである。
しかし統治する国が変わってから間もない今なら、庶民に対しては権威があるように見せかけておけばいい。たとえ法服貴族だったとしても貴族は貴族。今は他国とはいえ、大帝国の皇帝から叙爵された事実は変わらないからだ。
アルタミール領において、他国の貴族には何の特権もないのだが、領民自体が元々大帝国民だったためそれを疑問に思う者はほとんどいなかった。
だからトレス商会も子爵家の後ろ盾などという、下らない幻想を抱いてしまったのだろう。それなりに手広く商ってはいたようだが、所詮は領都にいくつもある商会の一つに過ぎず、
だが――
「いいだろう。役員の件も了承したと伝えてやれ」
「よろしいのですか!?」
「他の役員は参加する各商会の会頭たちだよな」
「はい」
「そしてその頂点、代表取締役が領主の俺だ」
「仰る序列の呼称はよく分かりませんが、とにかく閣下が一番上ということですね?」
「領主だしな」
彼は会社経営のノウハウなど持ち合わせてはいない。何となく役員の上が代表取締役と思っただけである。しかしこの世界にはない制度のようなので、取締役という呼び名は合同商会を束ねるに相応しいと感じた。
「
「なるほど、そういうことですか」
「俺が肩入れする商会だ。発展に貢献するならよし。だが甘い汁を吸おうというならそれ相応の報いを受けさせるだけさ」
彼はそう言って、悪い笑みを浮かべるのだった。
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