第十六話 ベネット生花店
「ここのご領主様ってアレだろ? 魔法国からやってきた軟弱者だって聞いてるぜ」
「は?」
どこからそんな噂が流れたのかは疑問だったが、男の言葉が興味深かったのも事実である。
(軟弱者か、面白い)
「どうした? 俺たちを無礼討ちするかい?」
「ぎゃははは!」
「出来るわけねえよなぁ、軟弱者の領主様!」
「は、はははは……」
「リック……うふふ……うふふふふ……」
そこで突然リックが乾いた笑い声を出し、釣られてタニアまで笑い始める。
「
「だってご領主様は……」
「旦那様は……」
「二人とも、それ以上は口に出すな」
言うと彼は、まず無礼討ちするかと煽ってきた男の頬に拳をめり込ませた。乗せたSTRは成人男性の平均的な値と言われる700のおよそ三倍、2千である。頬骨を砕き、数本の歯を折るにはそれで十分だった。
残り三人のうち一人はDEFを最大に上げた彼の膝に渾身の蹴りを入れ、逆に自分の足の骨が折れてのたうち回っている。後の二人はそれを見て唖然としている間に、一人目と同じく拳を叩き込まれて地面に這いつくばっていた。
情けをかけたわけではない。さらに多くのSTRを乗せて殴ったりすれば、辺りが血の海と化して野次馬たちにトラウマを植えつけかねないからである。
むろん、彼らのことを気遣う必要など感じなかったが、中に小さな子供が混じっていたためやむを得なかったのだ。
「な、なにしやがる!!」
「黙れ、無礼者!」
「何事だ!?」
そこへようやく警備兵団員二人が駆けつけてきた。彼らは優弥を見てその場に
「領主閣下、失礼致しました」
「いや、いい。それよりこの四人を連行してくれ」
「罪状は何でしょう?」
「俺に対する不敬罪だよ」
「なるほど」
「一応アルタミラの法を確認してから指示を出す。それまで牢にぶち込んで身元を調べておいてほしい」
「かしこまりました!」
万が一不敬罪は無礼討ち可という法が魔法国に存在していなかったとしたら、この場でのそれは単なる領主の横暴となってしまう。
そうなれば望んだことではなかったとはいえ爵位を与え、領主に指名したティベリアに申し訳ないし、ソフィアたちに対しても好ましい姿とは言えない。
敵対する者にはどこまでも横柄かつ横暴な彼だが、一応領主としての立場は
「ああ、悪いがついでに野次馬を追い払ってくれ」
「はっ! お前たち、領主閣下のお言葉が聞こえただろう! さっさとこの場から立ち去れ!」
警備兵が剣を抜いて威嚇すると、不服そうではあったが野次馬も従うしかなかった。
それを見てソフィアを馬車から降ろし、ベネット生花店に入る。タニアの母親が怪我をしたリックを見て不安げな表情を浮かべていたが、どうやら優弥の顔を覚えていたようだ。
「あの時の貴族様……?」
「お母さん、ご領主様よ」
「えっ!?」
「先日ぶりだな」
「も、申し訳ございません! 知らなかったとはいえ大変失礼なことを……」
「気にするな。名乗らなかった俺が悪い」
そうして部屋に通された彼は、まずルークとその一味が死刑となることを伝えた。処刑は非公開で行われるが、タニアにはそれを目にする権利があることも告げる。
「いえ、もういいです」
「そうか」
「タニア……」
「リック、ありがとうね」
「え?」
「私を助けてくれるよう、ご領主様のご婚約者様にお願いしてくれたんでしょう?」
「はい? ユウヤさん、どういうことですか?」
「ソフィアがリックの話を聞いて、助けてあげられませんかって俺に言ったの、覚えてない?」
「言われてみれば……」
「ソフィア様、リックの願いを聞き届けて下さりありがとうございました。お陰で私はご領主様と大帝国の皇帝陛下に命を救って頂きました」
「い、いえ。でもあんなの当然のことですよ」
「タニア、皇帝陛下にも会ったの!?」
「聞いてなかった?」
「俺は彼にタニアは無事だとしか知らせてなかったからな」
そこで改めて優弥はおおまかな経緯を話して聞かせた。
「そんなことが……」
「さて、ここからは最も大事なことだが」
それはそこにいた全員が分かっていることだった。
「タニア、お腹の子はどうする?」
「色々考えました。悩みもしました」
「「「「…………」」」」
「私には父がおりません。男親の存在なくして子供を育てる大変さは、母を見て知っています」
「タニア……」
「もちろんルー……この子の父親のことは許せません。けれど……けれどこの子には何の罪もないと思うんです」
タニアが力強い瞳で一同を見回し、そして――
「私はこの子を産んで、育てようと思います!」
彼女は犯罪の被害者だ。今は好奇の目にさらされることはあっても、長い目で見れば同情されることの方が多いだろう。しかし同時にお腹の子は犯罪者の子として、白い目で見られる可能性がある。
素性を知られなければどうということはないかも知れないが、どこから情報が漏れるか分からないのが実情だ。現に機密事項としていたにも拘わらず、彼女のことが知られて野次馬が押し寄せていた。
「その子が将来、苦労することになってもか?」
「はい!」
「私は何も言わないわ。あなたのしたいようにしなさい」
「ありがとう、お母さん」
「あ、あのさ、タニア」
「リック、どうしたの?」
「その……俺じゃだめかな……」
「え?」
「その子の父親、俺じゃなれないかな」
「リック……」
「よく聞けリック」
「はい、旦那様」
「今は色々な感情が入り交じってその気になっているかも知れない。しかし酷な言い方だが他人の子を育てるというのは並大抵ではないんだぞ」
「リック、私もご領主様の仰る通りだと思う。気持ちは嬉しいしそうなってくれればとも思うけど、リックを不幸にしてまで私はそれを望まないわ」
「僕が幸せか不幸せかなんて、僕以外が決められることじゃないはずだ」
「確かにそうね。ごめんなさい。でも……」
「旦那様、旦那様の仰ることは何となく分かります。でも僕はさっき野次馬やあの四人の男たちを見て、居ても立ってもいられなくなりました」
「リック……」
「奴ら全員からタニアを護りたいと思いました。それでは……それでは足りませんか?」
「いずれタニアとの間にお前の子が出来るかも知れない。その子が産まれた時、他人の子と自分の子を共に愛する覚悟はあるのか?」
「あります!」
「
「ユウヤさん、崩壊しなかった家庭もあるんじゃないですか?」
「もちろん、あるよ」
「ならどうでしょう。リックさんとタニアさんに使用人寮に住んでもらって、全員でリックさんを監視するというのは」
「ソフィアはなかなか怖いことを言うな」
「そうですか? でもタニアさんにとってもその方がいいと思いませんか? ここだとまたいつ野次馬が来るか分かりませんし」
「なるほど、確かにそれはあるか。タニアはどうなんだ?」
「私は……リックがそれでもいいと言ってくれるのなら……」
「だそうだ、リック。どうする?」
「望むところです!」
「分かった。これは領主との約束だ。
こうしてリックが男、いや
なお、ベネット生花店についてはすぐ近くの空き家を買い上げ、そこを警備兵団の詰め所として利用することで野次馬に対する警戒を強化する。これは元々あった、兵団の拠点を増やしてほしいとの要望に応える意味もあった。
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