第十五話 野次馬と破落戸(ごろつき)

 拷問によりルークから得られた証言では、父親であるトレス商会の会頭もヒューズ子爵も、もちろん婚約者であるジャスミンも今回の一件は知らないとのことだった。


 なお、息子が起こした騒動で商会が被害を被ることを恐れた父親は、面会時の開口一番で彼に勘当を言い渡したそうだ。


 また、激怒したヒューズ子爵も娘とルークの婚約を破棄し、さらに不祥事を起こしたトレス商会に対し莫大な慰謝料を請求するとのこと。

 勘当したとはいえ、犯行時は商会の若旦那だったのだから当然だろう。


「父親も即座に勘当してますし、子爵は慰謝料請求ですからね。まず嘘は言ってないと思われます」


「一応裏を取っておいてくれ。それと法について俺はよく知らないんだが、奴らはタニア殺人未遂以外にショーンという御者を殺してるんだよな」

「そうですね」


「容疑者はルークの他、彼に雇われた三人の男たち。この場合って実行犯が一番罪が重くなるのか? それとも首謀者のルークか?」


「魔法国の法では誰がやったということではなく、何をやったかによって裁かれます」

「つまり?」


「彼らは殺人を犯しておりますので全員死刑です」

「なるほど」


 領主代行のウォーレンは至極当然といった口調だった。つまり今回の例でいうと、たとえ殺されたのが一人で殺した側が複数でも、それを止めなかった時点で全員同じ罪を背負うことになる。


 脅されたりして止めることが出来なかったなどの状況は考慮されるが、この件に限っては雇われた男たちに情状酌量の余地はない。


 なお、息子を勘当してまで守ろうとしたトレス商会だが、世間の風当たりは強かった。ルークの婚約が大々的に発表されていた中での出来事だったため、領民の関心が高まっていたことに起因する。


 トレス商会は今や客足が大きく遠のき、存亡の危機に瀕していると言っても過言ではなかった。


「リックはどうしてる?」

「リック……馬丁の青年ですね? いつも通りかと」


 ウォーレンは有能な領主代行だが、どうやら心の機微には疎いようだ。好いていた女性が他人の子を身籠もっており、さらにその相手が彼女を殺そうとしたのである。平静でいられるわけがないだろう。


 しかしタニアに会いに行く勇気もなく、その葛藤で仕事に打ち込んでいるのだとしたら、そろそろ背中を押すべきなのかも知れない。


 彼女は今回の件を自分の口から彼に話すと言っていた。ただ、向こうからこちらを訪ねてくるには領主邸はあまりにも敷居が高過ぎると言わざるを得ず、二人が会うためにはやはりリックから訪ねていくしかないだろう。


 彼らの関係がこの先どうなるかまでは予想出来ないが、今のままでいいわけはないし、時間が経てば経つほど互いに会いづらくなっていくからである。


「リック、馬車を出してくれ」


「はい、旦那様。どちらまででしょう?」

「ベネット生花店だ」


 彼はルークの処分が決定したことを知らせるとの理由で、ソフィアを伴ってベネット生花店に赴くことにした。もちろん、本来であれば領主がわざわざ一介の領民を訪ねることなど考えられないが、これが身内想いの優弥らしい行動なのである。


「ベネット生花店……あの、旦那様?」

「うん?」


「弟のロイではいけませんでしょうか」


「だめだ。俺はお前に命じたんだからそれに従え」

「か、かしこまりました」


 予想通り、タニアに会うのが怖いのだろう。彼女の無事を伝えた時は心底ホッとしたような顔をしていたが、それとこれとは話が違うといったところだ。


 このことをソフィアに話すと、女性の立場から放っておかれるのは辛いと言っていた。もちろん全部が全部ソフィアと同意見とは思わないが、少なくともリックがタニアの救出を願ったことを彼女は知っている。


 だから自分の口から真相を彼に伝えると言ったはずだし、早く元通りの仲に戻りたいと思っているはずだとも言っていた。


 ちなみにポーラだが、先日のズル休みがバレてその日は休日出勤のためにモノトリスにいる。夜にはこちらに来るとのことだ。


 間もなく一行はベネット生花店に到着。だがそこでは異変が起きていた。休日で書き入れ時のはずなのに店は閉まっており、周囲には異様な人だかりが出来ていたのである。


 野次馬だ。


 彼らのヒソヒソ話に耳を傾けてみるとタニアはこの辺りではわりと有名な美人で、言い寄っていた男も少なくはなかったとのこと。その彼女が今は犯罪者となったトレス商会の若旦那と交際しており、腹には彼の子を宿しているというではないか。


 野次馬はそんな彼女を一目見ようと集まってきた者たちだった。


 ルークとトレス商会のことはさておき、優弥はタニアについては機密事項として扱うように命じていた。それが漏れていたのである。犯人として考えられるのは、十中八九トレス商会の者に違いない。


「お前たち、何してる!」


 そこで突然、御者台から降りたリックが大声で叫んだ。野次馬たちは訝しげに彼に目を向けたが、立ち去ろうとする者はいなかった。


「花屋の娘さんを慰めに来た。何が悪い!」


 リックの目の前に、四人の破落戸ごろつきのような出で立ちの若い男たちが出てきた。半笑いで肩を怒らせ、いかにも馬鹿にした口調である。


「立ち去れ! タニアは見世物じゃないぞ!」

「へえ、馬丁風情が騎士気取りとは笑わせるじゃねえか!」


「おい聞いたか? 娘さんの名はタニアっていうらしいぞ」

「タニアちゃーん、出ておいでよー」

「お兄さんたちが慰めてあげるよー」


「貴様ら! タニアの名を気安く呼ぶな!」


 リックがキレて最初の男に殴りかかったが、ケンカ慣れしているのだろう。すんなりと避けられて足までかけられてしまう。盛大に転ばされたリックはその後、四人に寄ってたかって蹴飛ばされていた。


「やめて下さい!」


 そこにタニアが飛び出してくる。彼女はリックを庇うように覆い被さり、さすがに男たちも蹴る足を止めた。だが――


「おやぁ? 君がタニアちゃん? どれ、顔を見せてごらん?」

「いや! 痛い! やめて!」

「タニアから手を放せ!」


 三人がかりでタニアを引き剥がした後、残りの一人が起き上がろうとしたリックの顔を蹴り上げた。


「そこまでだ!」

「あん?」


 これ以上は見てられないと、優弥が馬車を降りる。出来ればリックに見せ場を作ってやりたいと我慢していたのだが、多勢に無勢では分が悪かったようだ。


 彼はひとまず男を突き飛ばしてタニアを引き寄せ、リックを助け起こして彼女に預ける。


「ご領主様!」

「旦那様……申し訳ありません」

「いや、出るのが遅れた。すまん」


「ご領主様だぁ?」


 ところが破落戸共は、領主の登場に微塵も怯む様子を見せない。


(コイツら、無礼討ちが怖くないのか?)

 優弥はそんな彼らが不思議でならなかった。

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