第六章 魔法国領アルタミール

第一話 婚約の証

 レイブンクロー大帝国が魔法国アルタミラに敗北してから約一カ月、暦は三月となっていた。


 寒さは幾分残っているものの、ポカポカと暖かい日も徐々に増えてきている。そんなある日、優弥ゆうやはソフィアとポーラを伴って、セント・グランダール大聖堂を訪れていた。


枢機卿すうききょうと約束があるんだけど」

「はっ! 貴方様は鉱山ロー……」

「シスター・エスメ、声が大きい」


「し、失礼致しました。すぐに司祭様か司教様を呼んで参ります!」

「あ、そうだ。一応これね」


 応対したのは最初に大聖堂に来た時に会ったエスメという名のシスターだった。彼女に見せたのは、クロストバウル枢機卿からもらった緋色に輝くプレートである。


「それは……まさか枢機卿猊下げいかの!?」

「うん、そう」


 突然エスメが両膝をついて手を合わせた。彼は単にプレートを見た彼女の反応に興味があっただけなのだが、思わぬことに近くにいた数人のシスターまで集まってきてしまったのである。


 そして全員がエスメと同様に両膝を折って祈り始めた。


「あ、あのさ。悪いけど早く枢機卿に……」

「はっ! そうでした。お待ち下さい」


 そうしてようやく駆けていった彼女だったが、彼の周りにはシスターばかりでなく、一般の信者まで集まり始めている。


「ユウヤさん」

「ユウヤ、どうすんの、これ?」

「あは、あはははは……」


 間もなくテレンス・クロフォードという司祭が優弥たちを迎えにきてその場を逃れることが出来たが、ソフィアとポーラまで巻き込んでしまったことを反省せざるを得なかった。


「ふぉっふぉっふぉっ。それはまた大変じゃったのう」

「クロスさん、よして下さいよ」


「して、今日は何の用じゃ? ユウヤならわざわざアポなど取らんでも構わんというのに」

「一応お願いしたいことがありましたので」


「ほう。それはそちらの娘さんたちに関係することかな?」

「はい、実は……」


 彼は先のレイブンクロー大帝国が魔法国アルタミラに攻め込んだ折に助っ人に入ったこと。それに大反対した二人に、枢機卿に婚約の証人になってもらうと約束を交わしたことなどを説明した。


「なんと! ではアルタミラの勝利にユウヤが絡んでおったのか!」

「まあ、そうなります」


「偉いことじゃぞ! どう考えてもあの大帝国にアルタミラが勝てるわけがなかったのじゃからな」


 魔王ティベリアは大帝国と停戦の合意に至ったことをモノトリスの国王にしらせてはいたが、そこに優弥の介入があったことは伏せていた。もちろんエリヤも含めて彼が口止めしたからである。


「アルタミラがやられれば、次はこの国が攻められますからね」

「うむ。しかし……そうか……」

「クロスさんも聞いたことは内密にお願いします」


「分かっておる。テレンスも他の者も、決して口外は許さん。相手は鉱山ロード殿じゃ。この禁を犯せば教会ごと潰されるから肝に銘じよ」

「いや、さすがに教会は潰しませんよ」


「じゃが、エスメにはこの大聖堂を跡形もなく崩壊させると言って脅したそうではないか」


「ユウヤさん?」

「ちょっとユウヤ、貴方なんてことを!」


「クロスさん、なんでそんなこと知ってるんですか」

「ふぉっふぉっふぉっ。して、婚約の証人になれじゃったな。喜んで引き受けよう」


 思わぬ枢機卿の快諾に、ソフィアもポーラも目を丸くして驚いていた。相手は普通なら高貴な貴族でさえも面会が叶わない、雲の上にいるような人物である。


 それが優弥が鉱山ロードとはいえ、貴族でもなんでもない平民の婚約の証人を引き受けるなど考えられないことだった。だがさらに、二人は気を失いそうになるほど驚くことになる。それは――


「何なら仲人も引き受けてやるぞ」

「「えーっ!?」」


「クロスさん、ありがたいですけど、さすがにそこまでは頼めませんて」


「遠慮することなどないわい。ユウヤは大帝国の侵攻を防いでこの国を救った英雄なのじゃからな。主神ハルモニア様もさぞお喜びじゃろう」

「あはは。起きてもいないことで英雄扱いされても困りますって」


「何を言うか。起きてからでは多くの民の命が失われておったはずじゃ。この大偉業を世に知らしめることが出来ず歯がゆいぞ」

「きっと知らしめても実感なんて湧きませんから」


 それにもしそんなことが世間に知れ渡れば、貴族や商会だけでなく一般人まで擦り寄ってこないとも限らない。近くにいるソフィアやポーラを危険にさらすことにも繋がりかねないだろう。


「それよりクロスさん、これをどうぞ」


 彼は話を変える意味も含めて、ドラゴンの鱗で作られたプレートを差し出した。


「これはなんじゃ?」

「プレートです」


「そんなことは見れば分かる」

「ドラゴンの鱗のプレートです」


「ほう、ドラゴンの……ドラゴン!?」


「ええ。少し前に魔法国の職人に作ってもらいました。渡すのが遅くなってすみません」

「いや、それは構わんのじゃが……まさかユウヤ、お前さんドラゴンまで倒したと言うのではあるまいな」


「そんなこともあったような気がしますが、ハッキリと覚えてません」

「つくづくお前さんというヤツは……」


「今のところあるのは全部で十枚だけです。そのうちの一枚を今回のお礼も兼ねてということで」


 ソフィアとポーラにはすでに渡してある。


「何も彫られてはおらんのだな」


「鱗が硬すぎて、簡単な文字を彫るだけでもかなりの日数がかかると言われたもんで」

「なるほど。むしろこの美しい光沢なら、文字や模様を入れるなど無粋かも知れん」


 その後、枢機卿は三人の婚約を認めるとの書状をしたため、それを受け取って帰ろうとしたところで呼び止められた。


「ヴアラモ孤児院のことじゃ」


 枢機卿によると、優弥が初めてここを訪れた直後に調査を始め、かつて修道院だった時代に寄付金をせしめていたのがボールドウィン司教だったことが判ったそうだ。当然司教は破門され、王国に捕らえられて首を刎ねられる運命を辿ったらしい。


「もっともあそこはもうユウヤの物じゃから気にすることはないがの」

「そう言えば孤児たちに色々と贈り物をしたみたいですね」


「ふぉっふぉっふぉっ。子供たちが喜んでくれておればよいのだが」


「喜んで遊んでましたよ。シスターは狼狽えてましたけど」

「それを聞けてよかったわい」


 帰り道、正式に婚約を果たしたソフィアとポーラの機嫌がすこぶるよかったのは、言うまでもないだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る