第二話 領主と叙爵
「魔王、久しぶりだな」
三月に入って二回目の土曜日、朝から魔王ティベリアが優弥宅を訪ねてきた。とは言っても非常識なほど早い時刻ではなく、十時を少し過ぎたところだ。
「ちと忙しかったからの」
レイブンクロー大帝国との停戦は意外なほどあっさり合意された。その前にまず、皇帝が文句も言わずにアルタミラにやってきたのを魔王は心底驚いたようだ。
しかしその理由が分かって納得した。
皇帝は優弥の放った瓦礫が破壊した工業地帯を、魔法国の新兵器によるものだと勘違いしていたらしい。魔王にしてみれば寝耳に水だったが、それがたった一人の仕業だったと知り、海軍が被った被害と相まって皇帝の顔色はひどく悪かったそうだ。
魔王が要求した賠償金は金貨にして一億枚。日本円に換算すると十兆円にも達する額だった。これは魔法国の年間予算十年分に匹敵するが、それさえもあっさりと受け入れられてしまったという。
ただし、実際問題としてさすがに金貨一億枚を用意することは不可能なので、九割に相当する分を領土割譲で手を打ったようだ。つまり大帝国のあるエスリシア大陸に、アルタミラ領が誕生したということである。
しかもその広さは魔法国があるエシュランド島のおよそ半分、八十万平方キロに及ぶ。これはアラスカ州の半分に近い面積だった。
むろん未開の地ではなく、元々はいくつかの貴族家が治める領地だったので住民もいる。それら貴族家を
さらにその領地は大帝国の法が及ばない、治外法権というオマケつきだった。魔王はそこをアルタミールと名付けたのである。
「しかしあれには妾も驚かされたぞ」
「ん? 何にだ?」
「ユウヤ殿も皇帝に会うことがあるかも知れん。その時まで楽しみにしておくがよかろう」
「なんだよ、そこまで言っておいて気持ち悪いな」
「気にするな。それよりすでに転送ゲートも設置してきた」
「なるほど、そのせいで忙しかったのか」
「うむ。帰りはよいが行きは船じゃったからの」
現在は現地の人間を雇用して、領主邸を建設中とのこと。また、領主は選定しているところだが、魔王城エブーラを含む首都エブタリアが奇襲に遭ったため、アルタミラ自体の人材が不足しており、魔王はめぼしい者がいないとぼやいていた。
「ユウヤ殿、領主をやらんか?」
「寝言は寝てから言うものだって知らないのか?」
(そもそも日本ではサラリーマンだったし、こっちでは鉱夫やってる人間に領主とか絶対ムリだろ)
「むう。そう言えば婚約の件はどうなったのじゃ?」
「魔王様、これ見て!」
ポーラが嬉しそうにクロストバウル枢機卿からもらった婚約の証を見せた。ソフィアも満面の笑みを浮かべている。
「ほう、教会の枢機卿が証人か。これは驚いたぞ」
「えっへへー」
「そうじゃ、どうせならアルタミール領主邸を新居とするのはどうじゃ? 広くて快適じゃぞ」
「ごめんだね。俺は適度に狭い方が性に合ってるんだよ」
「まあそう言うな。領の運営に関しては領主代行を赴任させるから、基本的にはその者に任せればよい」
「いやいや、だったらその人に領主やらせればいいじゃん」
「ウォーレンは忠実に実務は
(ウォーレンて誰だよ)
「俺だって同じだよ。だいたい考えてもみてくれ。領主が平民というのはマズいんじゃないか?」
「それなら心配するな。ユウヤ殿には先日の功績により伯爵位を叙するつもりじゃ」
「おいおい、俺はそういうのが苦手なんだって」
「分かっておる。叙爵式などは執り行わんから心配せずともよい」
「だからそういう問題じゃなくてだな……」
「こことは転送ゲートで繋げるから、週末に旅行気分で行ってくれるだけでも構わんのじゃが」
「旅行ねえ……」
「温泉もあったぞ」
「待て、今温泉っつったか?」
「つった」
「まさかその領主邸に引いたなんてことは……」
「むろんじゃ。この家と同じ大きさほどの浴槽を備えつけるよう命じてある」
「魔王、なぜ俺が温泉好きと知っている?」
「勇者殿が申しておったのじゃ。ニホンジン、オンセンダイスキネーとな」
あのアニメ気触れは、大抵の温泉が出てくる作品で、主人公ばかりでなくキャラクターのほぼ全てが温泉好きか、または主人公に触発されて温泉が好きになるのでそう思ったのだろう。
「それに邸は大きな街の真ん中に建てるから買い物も便利じゃし、馬車で二時間も走れば海岸にも出られる。夏は海で泳げるぞ」
「ユウヤ、週末だけならいいじゃない」
「ユウヤさん、私もいいと思います」
「エブーラ城もあの状態じゃから、生き残った使用人と衛兵も何人か送ろう。現地で知らぬ者を雇うよりは安心じゃろ」
「ねえユウヤぁ」
「ユウヤさぁん」
「二人はいいんだ」
「だって異国でしょ。憧れちゃうわよ」
「私は大っきいお風呂に入りたいです! あとお買い物も!」
「不在中のこの家の警備はどうする? シンディーとニコラを置いていくわけにはいかないだろうし、そうなるとビアンカもってことになるだろ」
彼女たちが残ると言えばそれまでだが、あの三人がそんなことを言うわけがない。しかしその警備すらも魔王が人を派遣すると言い出した。
とにかく魔王城エブーラが瓦礫と化した今は、少しでもそこで働いていた者たちの職場を用意する必要があるので、願ったり叶ったりということらしい。
「本当に領地経営なんて俺には無理だからな」
「うむ。竜殺しが領主というだけで、周辺の領主も下手に手を出そうとは思わんじゃろう」
「それ、あんまり広めるなよ」
「皇帝から周辺領主に伝えさせるだけじゃ。無用な争いは起こさせんようにな。もっともアルタミール領に手を出すということは我が国に戦争を仕掛けるということになるがの」
「そりゃそうか。なら余計なちょっかいもかけられなくて済みそうだ」
「そうそう、どうやらアルタミール領内にドラゴンの素材を加工出来る職人がおるそうじゃぞ」
「お、それを早く言えよ」
「やる気になったか?」
「まあ、ソフィアとポーラが乗り気みたいだしな。温泉もあるって聞いちゃ仕方ないだろ」
「「やったー!!」」
「おっと、これを忘れるところじゃった」
魔王がどこからか手提げ金庫より少し大きめの宝箱のような物を取り出した。
「今どこから出した?」
「気にするな。それよりほれ、金貨千枚じゃ」
「き、金貨……」
「千枚……?」
「レイブンクロー大帝国の金貨じゃよ」
「ああ、鱗売れたんだ」
「向こうは買わされたと思っておるようじゃがの」
「は? なんだそれ?」
「返したら敵意ありと見なされるのではないかと怯えておったんじゃよ」
「意味分かんねえ」
「確かに渡したぞ」
「ああ」
「邸は今月中に完成するじゃろ。また来る」
「分かった」
「魔王様、またねー」
「またいらして下さい」
「うむ。皆も息災でおれ」
そう言って魔王は転送ゲートに消えていった。
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