第十七話 敗戦の大帝国
「見えた」
再び軍港フレミントンを訪れた優弥は、遠見のスキルで遥か海上に現れたレイブンクロー大帝国艦隊を
天候は曇っていて視界はあまりよいとは言えない。しかし『遠見』はそういったことは関係なく、しっかりと遠くまで見渡せるようだ。これにはスキルを使った本人も驚いていた。
(単に目がよくなるだけじゃないんだな)
また先日の攻撃で、軍港に停泊していた先遣隊の敵艦にもかなりの被害が出ていたようだ。中には無傷の艦艇もあったが多くは大破するか沈没して、まともな状態の船は数えるほどしかなかった。
もっとも残った無傷の船も、昨日のうちに大破または沈没させてある。万が一こちらが見つかって、大砲でも撃ち込まれた日には目も当てられないからだ。全ての船が大砲を積んでいるわけではなかったが、念には念をということである。
大帝国の軍艦の中でも大砲を両舷に搭載する戦艦はかなり大きく、姿形はガレオン船を想起させた。
「ユウヤ殿、妾には何も見えんのじゃが」
「ああ、曇ってるしな。向こうからもこっちは見えてないと思う」
「そうなのか?」
「だからコイツは効くぞ。おりゃっ!」
無限クローゼットから取り出したのは、改めて拾い集めた魔法国王城エブーラと周辺の瓦礫だった。今回は攻撃対象が敵艦艇と分かっていたので、大きさもそれなりの物を相当数補充しておいた。
それをSTR最大で敵艦隊に向けて一直線に投げつける。先日のように放物線を描く軌道で隕石落下の効果を狙った場合、大津波が発生する可能性があるからだ。
しかし直球で投げれば何隻かの船を貫き、制御を失った船は互いに衝突、艦隊を瓦解させることも可能なのではないかと考えたのである。瓦礫は何かにぶつかれば威力は落ちるはずだし、そうなればいずれ海に落ちるだろう。
直後、衝撃波によって上がった水柱は魔王の目にも見えたようだった。それに伴い艦隊が回避行動を取り始めたため、提督にもその様子がうっすらと見えたはずだ。
「提督さん、自慢の艦隊が何も出来ずに沈んでいくのをゆっくりと眺めているがいい」
「な、何ということだ……!」
今回も優弥と魔王ティベリアの他に、ナサニエル・フォスター提督とアルタミラの兵士二人が同行している。この後提督は大帝国に帰らせ、魔法国に皇帝を呼びつける役目を果たしてもらわなければならない。
それを皇帝が拒否することのないよう、大艦隊を完膚なきまでに叩きのめす必要がある。逆らえば大帝国が同じ目に遭うと思わせなければならないからだ。
「さて、次々行くぞ! どりゃっ! うりゃっ!」
音速を超えて突き進む瓦礫が、凄まじい白波を立てて進んでいく。その先ではいくつもの水柱が立ち上がり、艦隊が大混乱に陥っているのが手に取るように分かった。
この時の優弥は知る由もなかったが、それら瓦礫の内のいくつかがどの船にも命中せず、遠くレイブンクロー大帝国のあるエスリシア大陸に到達していた。これは追尾投擲でありながら特に標的を定めず、艦隊を貫くことを目的として放たれたためである。
そして着弾した周囲の半径数キロを衝撃波が襲い、帝国の軍事産業の要とも言われる工業地帯の大部分を壊滅に追いやってたのである。なお、人的被害があまり出なかったのは不幸中の幸いと言えるだろう。
被害を免れた船が数隻となったところで、優弥は攻撃の手を止めた。彼らには提督を連れて帰ってもらう必要がある。そのため意図的に残したというわけだ。
「はるばる北の大地、レイブンクロー大帝国よりやってきた海兵共に告ぐ!」
拡声の魔法で、魔王ティベリアが沖合いの帝国海軍に呼びかけた。
「我が魔法国アルタミラは、貴殿らの総指揮官であるフォスター提督をすでに捕らえてある!
また、先遣隊はワイバーンも含めて殲滅した!
すでに貴殿らに勝ち目はない!
大人しく降伏せよ!
さすれば交渉のテーブルを用意する!」
「魔法国アルタミラ魔王、ティベリア・アルタミラ陛下とお見受けする!」
するとあちらからも声が返ってきた。
「我々に勝ち目がないことは承知した!
だが、フォスター提督が無事である保証はどこにあるか!?」
「提督、分かっているな?」
「この期に及んで悪あがきなどせぬわ。
――
誇り高きレイブンクロー大帝国海軍の諸君!
海軍提督ナサニエル・フォスターである!
情けないが私は無事だ!
我々の負けだ!
武装を解除し、白旗を揚げてただちに寄港せよ!」
優弥は遠見のスキルであちらの様子を窺う。乗員たちは明らかに慌てていたが、その中の指揮官らしき男性が指示を送ったように見えた。
すると航行可能な船の内、三隻がこちらに向かって舵を切り白旗を揚げて進んでくる。それらに大砲の装備はなく、補給を役目とする船のようだ。
彼らが到着すると、代表として降りてきたのは補給部隊の隊長を名乗る者だった。ティベリアが魔法でその場にテーブルと椅子を作り出し、すぐに交渉がスタートする。
「城に招きたくとも、貴殿らに破壊されてしまったからのう」
むろん提督はこの段階では捕虜の扱いで、後ろ手に縛られてアルタミラ兵に剣を向けられていた。
「提督閣下をお引き渡し頂けるというのは本当か?」
「貴殿らの態度次第じゃ」
「我らは降伏したが、本国にはこの何倍もの兵がいる。貴国に勝ち目はないぞ」
「勝ち目がないのは儂らの方だ」
そこで提督がこれまでの経緯を隊長に説明した。大帝国で一万の兵を犠牲にしてようやく討伐されたのと比べ、倍以上の大きさのドラゴンを単独で倒した優弥のことも含めてである。
「ま、まさかそんな……」
「我が大帝国が誇る海軍を壊滅に追い込んだのも、そこにいる【竜殺し】のハセミ・ユウヤ殿だ」
「あれをたった一人の男が……!?」
「儂がこの目で見ていたから間違いはない」
「提督閣下、そんなことが……」
「港を制圧した先遣隊をあのような姿にしたのも彼だ。ワイバーン部隊も無様なものだった」
「分かってくれたかの」
「ワイバーン部隊が? うぅ……分かり……ました」
「ではこちらの要求じゃ。停戦及び賠償については貴殿では話にならんじゃろ。よってレイブンクロー大帝国は敗戦を認めると共に、直接トバイアス・レイブンクロー皇帝と我が国での交渉を求める」
「皇帝陛下にここに来いと言われるのか!?」
「敗戦国の王が戦勝国に頭を下げに来るのは当然じゃろうて」
「なっ! 陛下に頭を下げろと申されるか!?」
「儂が陛下に言上しよう。ハセミ・ユウヤ殿がその気になれば、我が大帝国といえども滅びの一途を辿るしか道はないのだ」
「何もないと困るだろ。ほら、これ持ってけ」
優弥が人の上半身ほどの大きさがある、ドラゴンの鱗を一枚取り出してテーブルに置く。
「やるんじゃないぞ。それは皇帝に返しに来させろ」
「まさかこれは!?」
「ドラゴンの鱗だ。どうしても欲しければ金貨千枚で売ってやる。もちろん賠償金とは別だからな」
「儂が伝えよう」
こうして提督の身柄が引き渡され、大帝国海軍は多くの損害を被って本国へと帰っていくのだった。
――あとがき――
次話より第六章に入ります。
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