第十六話 婚約の約束

「魔王、ここから一番近い町とか村ってどのくらい離れてる?」

「四、五キロといったところじゃ。それがどうかしたのか?」

「いや、ちょっと気になっただけだ」


「もっともフレミントンがやられたからの。とっくに避難しておるじゃろう」

「そうか。なら安心だ」


 転送ゲートを使って軍港フレミントンにやってきた優弥たちは、少し離れた防風林に身を隠していた。


 破壊された軍港は焼け野原と言っても過言ではなく、おびただしい数のワイバーンが翼を休めている。そこに簡易的な足場が築かれ、二十隻を超える艦艇と数百はあると思われるいかだが繋がれていた。


 兵士たちはモンゴルの遊牧民が使うゲルに似た形のテントを張り、周りで訓練したり談笑したりしているようだ。この侵攻は彼らの中では勝ち戦であり、その分気が緩んでいるのだろう。


 提督ほどではないがいくつかの勲章をつけた軍服を着ている者たちですら、ベンチで酒を飲んでいるように見えた。


「さて、そろそろやるか。魔王、念のため結界を頼めるか?」

「構わんが、必要なのか?」

「多分、ね」


「よかろう。んっ! ほれ、張ったぞ」

「サンキュー。提督、よく見てろよ」


 優弥が無限クローゼットから直径七十センチほどの円形に近い岩を取り出した。それに込めるSTRは最大の5千万、目標は数百メートル先に見える軍港のほぼ中心である。


 このサイズでも三百キロ前後の重さがあるが、それを彼が軽々と持っていることに驚いているのは、提督を拘束している二人の兵士だけだった。


「ユウヤ殿、それしきの岩ではせいぜいテントを一つか二つ壊して終わりじゃぞ」

「まあ見てろって」


 彼は岩石を弧を描く軌道で投げつけた。


「伝令! 伝令!」


 そこに兵士が一人、外から飛び込んでくる。おそらく提督が言っていた使者が到着したのだろう。首都エブタリアから一日で来られる距離ではないので、移動系の魔法を使ったと思われる。だがもう遅い。


 音速に達した岩が目標に着弾した直後、激しい爆音と共に凄まじい衝撃波が走った。敵軍の張ったテントは一瞬で吹き飛び、わずかに焼け残っていた軍港の建物や防波壁も見る影をなくしている。防風林の木々さえも何本かなぎ倒されていた。


「な、なんじゃこれは!?」

「あー、やっぱりちょっとやり過ぎだったかな」


 魔王の張った結界により五人とその周囲は無傷だったが、軍港の見晴らしがよくなったお陰で停泊していた艦艇が次々となぎ倒されていく様子もよく見えた。


 ワイバーンは飛んでくる瓦礫の破片を避けることが出来ず、体にいくつもの穴を空けられてほとんどが絶命するか重傷を負っていた。あれでは飛行は不可能だろう。


「さすがに隕石ほどのスピードは出せないからな。その代わりフルパワーを込めてやったらこうなった」


「これが……これが二つ目の絶望……」

「なに言ってやがる。こんなのは序の口だ」


「我が軍が一撃であれだぞ。それが序の口だと?」


「アンタんとこの本隊にも、もしかしたら津波で被害が出るかもな」

「ツナミ……?」


 どのくらいの距離にいるのかで差はあるだろうが、大きな被害が出るまではいかなくても、何らかの影響は受けるかも知れない。


 それはともかく、着弾点に出来たクレーターらしきへこみは半径五十メートルほどで、優弥が考えていたよりはるかに大きかった。


「とりあえず本隊が来るまであと二日はあるんだろ。いったん戻ろうぜ」


 約二千人いる敵兵も大半は死ぬか重軽傷を負ったはずだ。しかしそれらを皆殺しにする必要はない。やがて本隊が到着した時にこの惨状を目の当たりにし、提督を人質として停戦、賠償交渉に持ち込めばいい。


 むろん、彼には本隊を無傷で着岸させるつもりなど毛頭なかった。


「そうじゃな。妾も腹が減ったわい」

「あ、そうだ。忘れるところだった」

「うん?」


「遅くなったけどドラゴンの鱗のプレートだよ」

「おお、そうじゃった! すっかり忘れておったわ」


 そうして五人は再び転送ゲートに消えるのだった。



◆◇◆◇



「ユウヤさん!」

「ユウヤ!?」


 そのまま魔法国で食事を済ませようかとも思ったのだが、ソフィアたちが心配しているだろうからと優弥は転送ゲートで自宅に戻ってきた。


「怪我はないですか?」

「ユウヤ、どこか痛いところはないの!?」

「大袈裟だなぁ、二人とも」


「どれだけ心配したと思ってるのよ!」

「そうですよ! でも……よかった……ユウヤさんがご無事で……」


「ありがとう。心配かけてごめんな」


 泣きながら抱きついてきた二人を抱きしめながら何とか空腹である旨を伝えると、ソフィアが急いで料理を用意してくれた。


 そして、ひとまず食事を終えた優弥は彼女たちに現在の状況を話した。魔王もモノトリス王城に現況を伝えに行っている。彼女とは明日の夜、今となっては跡地と化した魔王城エブーラで落ち合うことになっていた。


「まさか、もう一度行くってことですか?」


「ああ。もっとも帝国の艦隊を叩き潰しに行くだけだから、明日行って明後日か明明後日には帰ってこられると思う」


「か、艦隊ぃ!?」

「ユウヤさんは何と戦ってるんですか!?」


「大丈夫だって。ソイツらさえ蹴散らしてしまえば、あとは魔王が大帝国と交渉するだけだから」

「そんなこと言われても……」

「そうよユウヤ! 私たちがどれだけ心配したか分かってる!?」


「まあ、それに関しては悪いと思ってるよ。だけど今ここでやっつけておかないと、いずれこの国にも攻めてくることになるからさ」

「そうかも知れないですけど……」


「俺は正式に二人と婚約したいと思ってる。だからこの地が戦争に巻き込まれる危険があるのは見過ごせないんだよ」


「ユウヤさん……」

「ユウヤ……本当に?」


「ああ。どうせならクロスの爺さんに婚約の証人になってもらおう」

「クロスのお爺さん?」

「誰それ?」


「ん? 教会の枢機卿すうききょうらしい」

「す、枢機卿!?」


「マチルダさんがとても慌てていた?」

「そうそう、その人」


「ちょっとユウヤ! 枢機卿って教皇様の次に偉い人じゃない! そんな人が私たちの婚約に立ち会って下さるわけが……」

「大丈夫なんじゃないか? これがあるし。さすがにアポは必要だろうけど」


 彼は無限クローゼットから、緋色に輝くプレートを取り出して見せた。


「それは?」

「あ! もしかしてマチルダさんがありがたがっていたのはそれですか?」


「うん。クロス爺さんからもらった。これ見せれば教会の人なら誰も非礼を働かないんだってさ」


 さすがに婚約に教会の枢機卿を証人に立てるという提案には、ソフィアもポーラも気が動転していた。お陰で優弥の再出撃への反対も有耶無耶になってしまう。


 そして翌日、改めて二人と必ず無事に帰ることを約束し、優弥は魔法国への転送ゲートを潜るのだった。

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