第九話 ドラゴンの鱗のプレート

 王国祭から早一カ月が過ぎ、暦は二月となっていた。


 ヘレフォード工房に依頼していたヴアラモ孤児院の新しい建物も先月の末に完成し、シスター・マチルダと子供たちはすでに引っ越しを終えている。


 当然仮住まいしていた小屋は使用されなくなったのだが、そのことで優弥はマチルダから相談を受けた。二月に入って最初の土曜日である。


「あそこに住ませてほしいって?」


「はい。私と同じくらいの年齢のご夫婦と子供四人のご家族です」

「俺のことは知ってそうだった?」


「いえ、なんでもアスレア帝国からやってきた旅芸人一家とのことで……」


 ところが旅を続けているうちに妻が足を悪くしてしまい、これ以上の移動が困難になってしまったとのことだった。そこにたまたま空き家のような小屋を見つけ、孤児院が建て直されるまでの間だけ使われていたことを知ったという。


 また、土地も十分に空いているので、そこに留まって芸を披露し、稼いだ金で家賃を払いたいとのこと。もちろんそのための土地の使用料も含めてだそうだ。


 足を悪くしたといっても芸に支障を来すほどではなく、移動さえなければ演じること自体に問題はないらしい。


「マチルダさんから見てどうなの、その家族?」

「いい人そうでした。私が話している間に子供たちも仲良く遊んでましたし」


「そうか。ま、小屋とは言っても遊ばせておくのも勿体ないしいっか。家賃は土地の使用料も合わせて月に金貨一枚、それとは別に孤児院に毎月銀貨一枚の寄付ってところで話してくれる?」


「よろしいのですか?」

「ん? だって許可を取りに来たんだろ?」

「いえ、その……」


「ユウヤがすんなりオーケーしたことが不思議なんじゃない?」

「ポーラは俺をなんだと思ってるんだ?」


「私も不思議でした。だってユウヤさん、シンディーさんとニコラさんの時には面接でたくさん落とされたじゃないですか」

「あれはソフィアの護衛だったから、見極めが必要だったんだよ」


 二人の言い分には納得いかない部分もあったが、言われてみると会いもせずに芸人一家の居住を認めたのは、珍しい判断だったかも知れないと思い直した。


「ま、いいや。それじゃ契約書を作るからサイン貰ってきてくれ。あと毎月の家賃なんかはマチルダさんが受け取って、俺たちの内の誰かがそっちに行った時に渡してくれればいい」

「かしこまりました」


「それと舞台とか置くならいつでも撤去可能な状態にするようにって伝えて」

「元々旅芸人だったんなら、その辺は大丈夫なんじゃない?」

「そうかもな。しかし一応念には念をってことだよ」


 万が一何らかの原因でその芸人一家が出ていった後に、そういった物が残されていると撤去が必要になるからである。


 それから間もなく契約が成立して、一家があの小屋に住むようになった。マチルダから聞いた話では思ったよりも家賃が安かったと、とても感謝しているそうだ。


 そして芸の披露が始まると予想以上に観客を呼び、週末のヴアラモ孤児院付近はかなり賑やかになった。そこに目をつけた連中が勝手に敷地内で屋台商売を始めるというアクシデントもあったが――


「いーけないんだ! ユウヤおじちゃんにいいつけてやるぅ!」

「ユウヤおじちゃん?」


「ここ、ユウヤおじちゃんのとちなんだからね! かってにおみせやったらいけないんだよ!」

「誰、それ?」


「ユウヤおじちゃんはこうざんどーどなんだよ!」


「こうざんどーど……ま、まさか鉱山ロード様!?」

「そう、それー」


 というやり取りがあったとかなかったとか。いずれにしてもマチルダ曰く、無許可の屋台を追い出したのはエビィリンのお手柄だったそうだ。


 それとは別に孤児院を通していくつかの商会が屋台営業の許可を求めてきていた。飲食物の需要はあるようなので、彼はその中から二つの商会に許可を出した。


 条件は売り上げの二割を敷地の使用料、二分を芸人一家への礼金として支払い、周囲の警備に人を出すことである。孤児院への寄付は月に銀貨五枚とした。


 ちなみに敷地外の沿道などで屋台や露店を営むには王国の許可が必要で、そちらは高額の権利料を取られるため割に合わない。つまり周囲に競合相手がいないので、敷地内に屋台を出せれば独壇場となる。


 つまり質の悪い安価な食材を使って料理などを提供すれば、簡単に暴利を貪ることも可能というわけだ。しかしそういうことが大嫌いな優弥は、あらかじめ彼らに釘を刺しておいた。


「人気がなかったり評判が悪かったりした商会は許可を取り消して、別の商会に入れ替えるから」


 なお、許可を求めてきた商会の中にエバンズ商会やその傘下の商会はなかった。これは後になって知ることなのだが、コンラッド会頭が申し込みを禁止したらしい。


 小さな商会の商売の機会を奪ってはならない、それが王者の貫禄だと、申し込みを進言した番頭たちを窘めたそうだ。



◆◇◆◇



 ヴアラモ孤児院の周囲が賑やかになり始めてから二週間ほどした晴れの日、ティベリアが満面の笑みを浮かべながら優弥宅を訪れた。二月の中旬はまだまだ気温が低い。数日前に降った雪も溶けずにほとんど残っている。


 それにしてもこの二百歳超えのこの魔王、大人しくしていれば愛らしい幼女にしか見えないからタチが悪い。


「ユウヤ殿はおるかえ?」

「ユウヤー、魔王様が来たわよー」


 応対に出たポーラが大声で彼を呼ぶ。ソフィアもそうだが、見た目がアレなせいでどうもティベリアが他国の王だとの実感が湧かないようだ。


 魔王も魔王でそんな彼女たちを窘めるどころか友達のように振る舞うので、すでにズブズブと言っても過言ではない関係性が築かれていた。


 当の優弥だが、年が明けてからも寒いという理由で鉱夫の仕事をサボっている。大抵は部屋に引きこもっており、もっぱら自宅警備に専念していた。


 ちなみにその日も平日で、ポーラが昼食用に用意されていたソフィアの作り置きを食べるために、昼休みを利用して帰宅していたところである。ソフィアはロレール亭で仕事中だ。


 そんなわけで世間から見れば彼は、女性を働かせてヒモのような生活を送っているろくでなしくらいにしかしか映らないだろう。


「おう、ちょっと前ぶりだな」

「喜べユウヤ殿、出来たぞ!」


「ん? なにが?」


「プレートじゃよ」

「おおっ! マジか!」


 テーブルの上に、黒く美しい光沢を放つ十枚のプレートが広げられた。厚さは二ミリほどあるだろうか。角もちゃんと面取りされており、均一な大きさには職人の意地が見え隠れしていた。


「きれい! 触っていい?」

「ああ、いいぞ」


 プレートを手に取り、目の前にかざしたポーラもあまりの美しさに言葉を失ったようだ。


「ね、ね、貰ってもいいの?」


「それは構わないんだが、ソフィアとシンディーたちもいるところで一緒に、の方がよくないか?」

「確かにそうね」


「ならば妾も夜になってから改めてこようかの」

「魔王、ヒマなのか?」


「王族は基本ヒマじゃ」

「書類に目を通すとかないの?」


「そんなものは部下にやらせておけばよい。妾がやらねばならぬのは魔獣の討伐くらいじゃ」


「それ、魔王の仕事じゃねえだろ」

「よいではないか。ではまた来る」


 だが転送ゲートに消えた魔王は、夜になっても戻ってくることはなかった。

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