第十話 行ってきます
その日、モノトリス王国の王城に激震が走った。同盟を結んだアルタミラ魔法国に対し、レイブンクロー大帝国が宣戦を布告したというのだ。しかもすでにエブーラ城が破壊され、首都エブタリアは陥落。多くの犠牲者が出ているのとことだった。
早くても数年後と思われていた大帝国の唐突とも言える侵攻に、国王ミシュラン・グランダール・モノトリスを始めとする王国の重鎮たちが慌てたのは言うまでもない。
なお、転送ゲートを使って自国の危機を知らせにきた魔王ティベリア・アルタミラも重傷を負ったようだ。もっとも彼女は魔法で傷を癒すことが出来るため、モノトリス国王との会見時にはその痕跡はなかった。
ただ、憔悴しきった様子は直視し難いものだったと、会見に立ち会った者は口を揃えて言う。魔王が救援要請のためにモノトリス王国を訪れたのは、優弥にプレートを届けてから実に一週間後のことだった。
「聞いたぞ魔王、大丈夫な……わけないよな」
「モノトリスの国王は勇者エリヤ殿の派遣を約束してくれた」
「他には?」
「軍の派遣は無理とのことじゃった。もっともイエデポリから海軍を派遣するにも伝令に早くて三日。そこから準備を始めてさらに海を渡らねばならんからな。最低でも二週間はかかる。仕方なかろう」
「転送ゲートは使えないのかよ」
「イエデポリには設置しておらん。あれは国王から許可を得ねばならんからの」
同盟締結のためにエリヤと共に来た後は王城に転送ゲートを置いたため、途中の町や村などには設置していないとのことだった。
しかも一度に多くの兵を運ぶだけのゲートを新たに設置するのは不可能で、今はわずかな兵力で首都エブタリアの奪還を試みているそうだ。しかし状況は極めて芳しくないようである。
「空からワイバーン部隊による奇襲に遭ってな。エブタリアにいた我が軍はほぼ壊滅状態じゃった」
「その後に宣戦布告かよ。汚えやり口だな」
「先に軍港をやられたのは痛かった……」
大帝国軍はワイバーンを
「ユウヤさん……行くんですか?」
「ユウヤ……」
さすがに狩りに行く時とは違い、ソフィアもポーラも不安げな表情を浮かべていた。戦争なのだから当然であろう。しかし、魔王のさらなる言葉が彼の闘争心に火をつけた。
「ユウヤ殿に渡すドラゴンの鱗も骨も奪われた。すまん」
「今なんつった?」
「じゃからドラゴンの鱗と骨が奪われたと……」
「ソフィア! ポーラ!」
「「はいっ!?」」
「ちょっとワイバーン狩ってくる」
「ユウヤさん?」
「ユウヤ、そんなちょっと飲み物買ってくるみたいなノリで言わないで!」
突然の大声に続いて突拍子もない宣言をされ、二人は目を見開いて驚くしかなかった。
「ユウヤ殿、よいのか?」
「ユウヤさん、危険です!」
「そうよユウヤ。いくら貴方でも相手は魔物じゃなくて軍隊なんでしょ? 無謀だわ」
「妾の魔法を受けても無傷なんじゃから、ユウヤ殿なら心配ないじゃろ。なんせこの男のスタツ……」
ふと彼に目を向けた魔王が目を剥いて固まってしまった。
(あ、ステータス見やがったな)
「二人とも俺なら大丈夫だから」
「「でも……」」
「それにこのまま魔王の国がやられちまったら、大帝国とやらは次にこの国に攻め込んでくるかも知れないんだぞ」
「間違いなく来るじゃろうな……ユウヤ殿、なんじゃそのスタツスは……」
「ドラゴン倒したらこうなってた」
ステータスについての会話はソフィアたちに聞こえないように小声で交わしたものだ。
「でもでも! 勇者様が行かれるんですよね? だったらなにもユウヤさんが行かなくても……」
「勇者殿も強いがの。ちと力不足なんじゃよ」
「そんな……」
「二人は魔法国に旅行に行きたいって言ってただろ。無くなったら行けなくなるんだぞ」
「確かに言ったけど……」
「私は旅行よりユウヤさんの方が大切です! だから……だから……」
そう言って泣き出したソフィアを、彼は優しく抱きしめた。普段ならここで飛んでくるはずのポーラの平手も、さすがに空気を読んだようである。
「ありがとうソフィア。俺も君が大切だよ。でもだからこそ、俺は大切なものを護るために行かなくちゃならないんだ」
動機は主にドラゴンの鱗と骨を奪い返すことだったが、放置すればやがてこの国も危険に晒されるのは疑いようのない事実である。指をくわえてただ見ているわけにはいかない。
「ユウヤさん……どうしても行くんですか?」
「すまん」
「なら約束して下さい!」
「約束? 何を?」
「ちゃんと無事に帰ってきてくれること! 絶対に怪我をしないこと!」
「分かった。約束しよう」
「絶対ですよ! 絶対ですからね!」
「大丈夫だって」
「ユウヤさんが死んじゃったら私も死にますから!」
「ソフィア……」
胸に顔を埋めて泣きじゃくる彼女の肩が震えている。さすがにそこまでされると罪悪感を感じずにはいられなかったが、今さらやめるとも言えない。
(レイブンクロー大帝国よ、お前たちはソフィアを泣かせるという大罪を犯した。覚悟してろ)
「ユウヤ、私も約束してほしいんだけど」
「うん? ポーラも?」
「帰ってきたら……」
「きたら?」
「私とソフィアをお嫁さんにしなさい!」
「は?」
「ぽ、ポーラさん? なにを……」
これにはソフィアも涙が引っ込んだようで、抱きしめられた体勢のまま唖然とした表情でポーラに目を向けた。
「もちろんすぐにとは言わないわ。ユウヤには前にいたご家族への想いもあるでしょうし」
「…………」
「だけど……私たちだって希望が欲しいの! 無事に帰ってくる。いえ、無事に帰らなきゃいけない。その理由の一つに私たちを加えて欲しいのよ!」
「ポーラ……」
「じゃないと……こんなの耐えられないじゃない!」
ポーラが泣きながら彼に抱きついてきた。右にソフィア、左にポーラを抱え、彼は改めて二人に愛されていたことを実感せざるを得なかった。
死地に赴く家族を送り出す側の気持ちは、本当はこういうものだったのかも知れない。彼は戦争を知らない。
赤紙を受け取って誇りに思う若者。天皇陛下のために立派に死んでこいと力強い言葉をかける父親。そしてお国のためにこの命捧げますと旅立ち、彼らの多くは二度と帰らなかった。
だが、父親の本心はいかなるものだったのか。自らの腹を痛め、命がけで産んだ我が子を戦争に取られる母親は、その時なにを思っていたのだろうか。
そんな彼らの旅立ちの言葉はこうだったと聞く。
「行きます!」
某ロボットアニメの主人公のセリフではない。行ってきますと言えば、それは命を惜しんで帰るつもりでいることを示す。あくまで聞きかじった程度の知識だが、当時は恥ずべきことと考えられていたそうだ。
だから彼は腕の中の二人にあえてこう言った。
「行ってきます」
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