第七話 怪鳥は腹の中

 集落の建物は木製のあばら屋がほとんどで、隙間風で凍えないかと心配になるほどだった。しかしよくよく聞いてみると、寒さは魔法で防げるから問題ないとのこと。さすがは魔法国の住民である。


「デリックよ、イーノックのことは残念じゃったな」

「魔王様、ありがとごぜえます」


「じゃがわらわが来たからには安心するがよいぞ」

「へえ、そりゃもう! こったらに兵隊さんば連れてきて下さったによって」


 イーノックとは子供を庇ってラプレスの餌食になってしまった男性のことである。


「紹介しよう。この者はユウヤ・ハセミ、モノトリス王国から招いた妾の友じゃ」

「ども、初めまして」


「おお、お若いの、儂は集落のおさでデリックと申しますだ」


 デリックはかなり腰が曲がった老人だったが、長と呼ぶに相応しい貫禄を備えていた。


「よろしく」

「ほっほ、よろしくな」


「ところで魔王、思ったんだけどさ」

「何をじゃ?」


「ここに少人数でいるより、皆でエルマリー村に避難した方がいいんじゃないのか?」


「この集落にはデリックも含めて足腰の弱った高齢者が多くての。あの道を歩くのは困難なんじゃよ」

「ああ、なるほど。確かにそうかもな」


「サーベルウルフ程度なら集落の結界で追い払えるから、下手に動くよりマシというわけじゃ」

「そういうことか」


 彼はシンディーとニコラを面接した時に、サーベルウルフは火魔法が命中すれば動きが鈍くなると言っていたのを思い出した。


「それとあともう一つ。警戒するのはこっちでいいのか? 人数が多いエルマリー村の方が狙われるってことは?」


「まずないじゃろ。彼奴あやつは少しでも安全に狩りをしたがるでな」

「反撃されるのを嫌うってわけか」


「うむ。じゃからここで待っておれば……」


 その時、周囲が影に覆われた。異変を感じた一同が頭上を見上げると、長い尾をはためかせた真っ赤な鳥の巨体がこちらを窺うようにしてホバリングしていたのである。


「ラプレスじゃ!」


 魔王が叫ぶと弓兵が矢を番え、近衛騎士たちは彼女を護るように取り囲んだ。だが怪鳥はそれらに目もくれず、無防備な住人に狙いを定めていた。


 優弥は無限クローゼットからテニスボール大の小石を取り出すと、獲物を狙って急降下を開始した魔物に投げつける。


 乗せるSTRは1万、ターゲットは剣でも斬れると教えられた首だ。この程度なら大きく損傷させることもなく撃ち落とせるだろう。


「よっしゃ! 鶏肉ゲットだぜ!」

 彼は勝利を確信し、そう叫んだ。だが――


 石礫がまさにラプレスの首を貫こうとした瞬間、カーンという鉄がぶつかったような音と共に粉々に砕け散ったのである。そしてそこには信じられない光景が広がっていた。


 それは黒光りする巨大で硬そうな物体――


「ど、ドラゴン……!?」

「皆、妾の周りに集まるのじゃ! 早く!」


 ドラゴンは地上を逃げ惑う住民を捕らえようとしていたラプレスの首に、その鋭い牙を突き立てたのだ。

(どこから現れやがった?)


 さすがの怪鳥もドラゴン相手では手も足も出なかった。しばらく藻掻いていたが、やがて絶命してその体をドラゴンの口からダラリと垂れ下げた。


「アイツ、俺のラプレスを……」

「ラプレスは魔力の塊みたいなモンじゃからの。ドラゴンにしてみれば最高のご馳走なのじゃろうよ」


「いや、俺たちのご馳走は!?」

ドラゴンあれに食われるよりはマシじゃろうて」


「どうやらそう楽観してもいられそうにないぞ」


 ドラゴンは仕留めたラプレスをそのまま丸呑みにしてしまった。体長十メートルを超える怪鳥を、である。


 以前ポーラから聞いた話では、立ち上がった高さが二十メートルほどとのことだった。奴が同じ個体とは限らないが、あの大きさはそれより倍以上に巨大化した感じである。


 その大怪獣が優弥を見て、ハリウッド映画にも出演したことがある、有名な"ゴ"と"ラ"がつくあの怪獣のような雄叫びを上げたのだ。


(石礫のせいでタゲ取っちまったか)

 タゲとはターゲット。タゲを取ったとはつまり、彼がドラゴンの標的になったという意味である。


「ユウヤ、任せてよいかの?」

「問題ないぜ! あの野郎、俺たちの鶏肉を横取りしやがったんだ。タダじゃ置かねえ!」


 それにしてもさすがはドラゴンだ。STRが1万程度の石礫ではカーンと鳴っただけでビクともしなかった。しかし現状の最高値である165万を石礫に乗せると、せっかくの素材がダメになってしまう可能性もある。


「ユウヤ! ボサッとするな!!」

「おっと!」


 考えごとをしていたせいで、ドラゴンの口が目前に迫っているのに気づくのが遅れた。彼は咄嗟にSTRとDEFを最大にしてその鼻っ柱に裏拳を決めた。

 決めた、のだが――


「ありゃ?」

「ほへ?」


 体中どこもかしこも頑丈なのが取り柄のドラゴンである。本来ならたかが人間の裏拳ごときになどビクともしないはずだった。


 しかし優弥の拳に乗せられたのは、人外のパワーとも言える165万のSTRである。これにはさすがのドラゴンも耐えられず、鉄が折れ曲がるような甲高い音と共に、豪快な地響きを立ててその巨体を地面に横たえていた。ドラゴンの頭は直角にあらぬ方向を向いていたのである。


 つまり彼は、裏拳一発で巨大な怪獣の首をへし折ってしまったということだ。


「おいおい、もうちょっと張り合いとかさあ……空気読めよ、このバカトカゲ!」

「ドラゴンをトカゲ呼ばわりとは……」


「ん? 俺の元いた世界だと割とポピュラーな揶揄だぞ」

「そ、そうか」


「あ、あのー、魔王様……?」

「なんじゃ、デリック?」


「そちらの方は魔王様の友達だとお聞きしただども、まさかあのドラゴンをぶん殴って倒すだなんてえ」

「心配いらん。妾も驚いておるところじゃ」


「いや、俺が一番驚いてるから!」


 しかしお陰で素材としてはほぼ無傷である。ただしお目当てだったラプレスはドラゴンの腹の中。さすがに腹を割いて引っ張り出してまで食う気にはなれない。


 ところで彼が驚いたのはドラゴンを殴り殺したことだけではなかった。討伐による経験値で、レベルがなんと一気に20に跳ね上がっていたのである。お陰でHPとSTR、DEFは共に5千万を超え、MPも1600まで増えていた。


 加えて新たにスキルも生えていたが、そこには思わず苦笑いするしかなかった。そのスキルとは『翻訳』である。

(今さらかよ)


 試しに翻訳の指輪を外して会話してみたが、全く違和感がなかった。しかし指輪を捨てるのは勿体ないし、何かの機会に出番があるかも知れない。そう考えた彼は、とりあえずそれを無限クローゼットに放り込んでおくことにした。


 なお、ドラゴンの鱗を加工するにもまずは剥がさなければならず、骨もまた然りだ。プレートへの加工も含めた全ての作業を終えるには、少なくとも一カ月は必要とのことだった。


 なお、過去の文献によれば肉は食えたものではないらしいので、一応試してはみるものの期待しない方がいいと言われた。それならと、よほど美味ければ別だが処分を任せることにしたのである。


「魔王、鱗一枚あればプレート十枚作るのに足りそうか?」

「むしろ余るほどじゃろうな」


 意匠デザインは鱗そのものが黒曜石オブシディアンのように黒光りしているので、特に不要ということになった。もっとも簡単な文字を彫るだけでも、どれだけの日数を要するか見当もつかないらしい。


 その後彼はドラゴンの死体を無限クローゼットに収め、王城エブーラの庭に運んだ。怪獣の巨体を置けるような安全な場所はそこしかなかったからだ。


 余談だがその無限クローゼットの枠線も、レベルアップによって一辺が百メートルにまで広がっていた。


「職人たちをここに呼んで作業させるわけだな」

「うむ」


「市民も見学出来るようにすれば市が立つんじゃないか?」

「ほう、それはよい考えじゃな」

「じゃ、後は頼んだ」


「先にプレートだけでも仕上げるようにさせようかの」

「魔王が欲しいだけだろ。まあ、俺も欲しいけどさ」


「では出来上がったらすぐに届けてやろう」

「よろしく」


 転送ゲートで家に帰る頃、すでに辺りは暗くなりかけていたのだった。

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