第十五話 枢機卿の粋な計らい
一月二日、その日も朝から陽の光が降り注ぐ晴天に恵まれていた。とは言っても真冬の朝は寒い。放射冷却によって下がった気温は、昼頃まではなかなか上がらないからだ。
そんな中を優弥はソフィアたち五人を伴って、ヴアラモ孤児院を訪ねた。早くから外に出て遊んでいた子供たちは、彼らを見つけると一目散に駆け寄ってくる。
「おじちゃんだぁ!」
「だーれがおじちゃんだってぇ!」
「きゃーっ!」
大はしゃぎしているのは、孤児院でも最年少五歳のエビィリンである。栗色に輝く髪を伸ばしており、将来は優弥のお嫁さんになると公言している幼女だ。
容姿も年齢も異なるが、彼はエビィリンを見ていると亡くなった娘の
そんな彼女を抱き上げると、彼は幾度も優しくその髪を撫でた。
「エビィリンは美人さんだな」
「えへっ! ユウヤおじちゃんのみらいのおくさんですよ」
「おう、楽しみだ。ところでマチルダさんはいる?」
「しすたーまちるだはおいのりのさいちゅうです」
「そっか。邪魔しちゃ悪いかな」
「ユウヤおじちゃんならいつでもへいきだとおもいますよ。ソフィアおねえちゃんもポーラおねえちゃんも」
「どうして俺はおじちゃんで、ポーラはお姉ちゃんなんだ?」
ポーラがドヤ顔を向けてくるが、すぐにそれが引きつることになる。
「ポーラおねえちゃんはおばちゃんというとおこるのです。こわいのです」
「ちょ、ちょっと、エビィリン?」
「おいポーラ、エビィリンを怖がらせた罰だ。お前は綿アメなしな」
他の子供はソフィアたちに纏わりついているが、とにかく小屋に連れていきたいような素振りだ。マチルダが祈りの最中でも、この様子なら行っても問題はないだろう。
「マチルダ、あけましておめでとう」
「あっ! 鉱山ロード様!」
「その呼び方はよしてくれ。ユウヤでいい」
「失礼しました。あの後鉱山ロード様がどのような方なのかを知りまして……」
「ユウヤさん、あけましておめ……って何ですか?」
「俺のいた国の習慣でね。年が明けて初めて会う人にはこう言って挨拶するんだよ」
ソフィアには耳打ちで、元いた世界でのことだと付け加えておいた。
「なんだか特別な感じがしますね」
「いいんじゃない? あけ……おめ……なんだっけ?」
彼は絶妙に略したポーラを心から尊敬した。
「あけましておめでとう、だ」
「それじゃ皆で」
「「「「「あけましておめでとう!」」」」」
これに子供たちが拙いながらも真似をする。狭い小屋の中はそれだけで和やかな雰囲気に包まれていた。
それはそうと、優弥には気になったことがあった。ぬいぐるみやら玩具の類が小屋中の至るところに置かれていたことである。しかし街の人たちが寄付したとは考えにくい。何故なら玩具は贅沢品なので、庶民にはほとんど手が届かないからだ。
例えばぬいぐるみ一つにしても、おおよそ日本の十倍はすると考えていい。名のある作者の作品ならさらにその十倍以上、まさに貴族向けもいいところだった。
「マチルダ、これらは一体?」
「実は年末に教会から使者の方が来られまして、クロストバウル様からの贈り物だと置いていって下さったのです」
「
「す、枢機卿!?」
「ああ、クロストバウルって枢機卿だろ? シスターのクセにそんなことも知らないのか?」
「ま、まさかロメロ枢機卿
「確かそんな家名だったな。あの爺さん、粋なことをするもんだ」
「そんな! ああ神よ。私はなんと愚かだったことでしょう!」
すでに玩具のいくつかは開封され、乱暴に扱われた形跡があった。おそらく子供たちが振り回したりしたのだろう。もっとも遊び方としては正しいと言える。
そのせいでマチルダは青くなっているのだが。
「すぐにお礼に行かなければなりません。鉱山……ユウヤ様、子供たちをお願い出来ますか?」
「待て待て待て、慌てるなって」
「ですが……」
「いきなり行って誰に会うつもりなんだよ?」
「もちろんロメロ枢機卿猊下に……」
「会えると思う?」
「…………思えません…………」
「だろ? 礼ならそのうち俺が言っておくから」
「え? ユウヤ様が猊下に……?」
訝るシスターに、彼はこっそり緋色に輝くプレートを見せた。先日クロストバウルから手渡された物だ。
「ま、まさかそれは……!?」
「ここの土地を譲ってもらいに行った時にね。俺はずい分と気に入られたみたいだった」
「ロメロ枢機卿の緋色のプレートは、大司教様でも滅多には頂けないと言われているのに……もっと、もっとよく見せて頂けませんか?」
「ん、ほら、手に取って見るといい」
ひょいと渡したプレートを、彼女は両手で包み込むようにして受け取った。投げるなんて何事ですかと怒られたが、それをうっとり眺めている様子にソフィアたちが眉をひそめている。
「ユウヤさん、あれは何ですか?」
「ん? ああ、シスター・マチルダには物凄くありがたい物らしいよ」
「私だけではありません! このプレートを見せるだけで、何人のハルモニア神教の教徒が平伏すと思ってるんですか!」
彼女はまるで水戸のご隠居様のお供が悪人共に見せつける印籠のように、プレートをソフィアたちに向けた。さすがに、ははーとはならなかったが。
「そうか。悪い……」
「い、いえ、私ごときが失礼しました。こちら、お返し致します」
しかしなかなかプレートからその手を離そうとしない。
「マチルダ?」
「うう……」
「気持ちは分かるがさすがにこれはくれてやるわけにはいかない。もしマチルダがこんな物を持っていると知られれば、命を狙われる危険性もあるだろ?」
「はい。十分に承知しております」
「なら離せ。また見せに来てやるから」
「本当ですか? 絶対ですよ!」
「分かった分かった」
優弥が無事にマチルダからプレートを取り返したところで、子供たちの準備も整っていた。間もなく彼ら一行は新年祭に出陣する。
その姿はまるで、未来へ踏み出す力強い第一歩のようだった。
(祭りに行くだけなんだけどな)
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