第十一話 王国祭
暦は十二月二十九日となり、王国祭が開かれる日を迎えた。この世界では一カ月はきっちり三十日なので、日本的に考えれば翌日が大晦日となる。
流れとしては今日と明日の二日間が年末祭。元日は女神に捧げる日として、家の外に座って二十四時間の断食が断行される。そして一月二日と三日は新年祭だ。
断食は健康な成人のみの儀式で不参加でも罰せられることはない。しかし特に病気やその他のやむを得ない事情がない限り、参加しないと信用を失うと以前ポーラから聞かされていた。
「一応確認だけど、その信用を失うってのは単に笑われるとかってだけじゃないよね?」
優弥とポーラは現在、シンディーたちとお出かけの用意をしているソフィア待ちである。王国祭に行くために三人お揃いの格好に着替えてくるそうだ。ロレール亭からもらった給金で可愛い服やコートなどを買ったらしい。
今頃は詰め所でキャッキャウフフが展開されていることだろう。そこに混ざることが出来ればどんなに幸せだろうか。
「そうね。後ろ指を差されてあちこちから嫌がらせされると思うわ」
「なるほど。物を売ってもらえなくなったりとか?」
「そこまでは酷くないけど、値段を吹っかけられたりはするわね」
「ちなみにこの世界の成人って何歳からなんだ?」
「十五歳だけど……ユウヤのいた世界では違ったの?」
「十八歳だったよ」
「そうなんだ」
「国によって違ったりとかは?」
「アスレア帝国も同じだったはずよ。他の国はどうか知らないわ」
「そうするとうちは全員揃って断食か」
「ソフィアはしなくても大丈夫だと思うけど」
「足の怪我が治ったばかりだから?」
「そう」
「お待たせしましたー!」
そこへ着替えを終えたソフィアたちが戻ってきた。三人色違いでお揃いのコートは、襟と袖がモコモコしていて可愛らしい。ソフィアがピンク、シンディーが水色、ニコラがレモンイエローである。
裾が短いので足が寒そうだと思っていたが、ちゃんとタイツを履いていたので一安心だ。
一方のポーラは大人びた感じのベージュ基調のコートを用意していた。聞けば二十二歳の彼女は、十代のソフィアたちが着ているような可愛いのは似合わないとか。そんなことはないと否定したものの、手にしているコートの方が確かに彼女に似合いそうだった。
「ソフィアもシンディーもニコラも、三人とも似合ってて可愛いぞ」
「か、かわわわ……」
「旦那様、褒めて頂いてありがとうございます」
「旦那様も素敵です」
優弥も一応おめかしということで、フード付きのダウンコートのようなデザインの物を用意した。これが女性陣にはなかなかに好評で、特にソフィアは息を呑んで頬を染めていたほどである。
そこに誕生日プレゼントとして二人からもらったマフラーと手袋で、防寒対策も万全といったところだろう。
五人揃ったところで、まずはロレール亭に向かう。年末年始はどこの宿でも宿泊客に朝食の提供はない。早朝から屋台が出ているため、そちらを利用させる目的があるからだ。
また、いくつかの屋台と協賛しているので、そこで使える割引券も配っていた。
もちろん五人は宿泊客ではないので、ロレール亭に行くのも割引券が目的ではない。一年の締めくくり、挨拶をするためだ。
「おや兄さん……みんな揃ってどうしたんだい?」
「女将には何かと世話になったからな。ソフィアたちは来年もここで働かせてもらうだろうし、挨拶に来たんだよ」
「おや、そうかい。そりゃご丁寧にどうも」
この辺の感覚は日本とは違うようだ。年末の挨拶だと言っても、女将はピンときていないようだった。
そして一行はメイン会場の大広場へと足を向ける。まだ朝の早い時間だというのに、大勢の人が辺りを埋め尽くしていた。
途中いくつもの屋台や露店が並び、これが目当てだった優弥たちは朝食を抜いてきたため、美味そうな物を見つけるとちょこちょこ買っては口に運ぶ。
「いいか、色々食べたいなら買った物を全員で分け合うんだ」
「一人一つじゃないってこと?」
「そうだ、ポーラ。買ったら一口食べて次の人に回す。そうすると一度にたくさんは食べられないけど、色んな物が食べられるだろう?」
「もしかして、なかなかお腹もいっぱいにならないから、たくさん食べられるってことですか?」
「ソフィアは頭がいいなあ」
「えへへ。ユウヤさんに褒められちゃいました!」
優弥が肉串を一本買い、一切れ口に入れてソフィアに渡す。それを彼女がやはり一口食べてポーラに回す、という感じでシンディーとニコラにも串が回された。
そんなことを繰り返していると、シンディーが肉詰め饅頭に目を奪われているのに気づく。日本では肉まんと呼ばれるアレに似たような物だ。ただしお値段は銀貨一枚、日本円換算で千円ほどとややお高い。
「どうしても一人で全部食べたいと思ったら、それは自分で買ってくれ。皆で回し食いするのは俺が金を出すから」
「「「「はーい」」」」
「旦那様、私はあれを丸ごと一つ食べたいです!」
「いいぞ、シンディー。買ってきな」
「す、少しお待ちになっていて下さい!」
ニコラによると、去年まで金の心配をせずに王国祭に来たことなどなかったそうだ。シンディーはあの肉詰め饅頭が大好物だが、それさえも二人で分けて食べていたのだとか。
「毎年必ず、来年は絶対に一人で一つ食べられるようにがんばろう、というのが私たちの口グセでした」
「そうだったのか」
「今年は旦那様のお陰で夢が一つ叶いました。本当にありがとうございます」
「いいって。ん? でもそれならニコラは食わなくていいのか?」
「私はお饅頭よりあれを……」
そう言ってニコラが指差した先には、なんと綿アメが売られていたのだ。
(まさかこの世界にアレがあるとは……)
しかし砂糖は高級品なので綿アメの価格も銀貨八枚、日本円で八千円とかなり高額だった。主に貴族向けの商品だというから納得である。ニコラも見るだけで、これまで一度も買ったことはないらしい。
買えるだけの金は持っていても、今もその超がつく贅沢品には躊躇しているようだ。
「いいな-、私も食べたい-」
「ポーラはさすがだな。分かったよ、皆の分を買っておいで。俺はいいから」
優弥から金を受け取ったポーラが、大喜びで女性陣を誘って綿アメの屋台に走っていく。その後四人は初めて口にする不思議な菓子に、甘いだとか溶けただとかと大はしゃぎしていた。
周囲の目が少し痛かったが気にしない気にしない。
そんな華やかな女性陣は色んな店から声をかけられる。しかし彼女たちの興味は未だ食べ物を扱う屋台のみに集中していた。
だが、屋台と露店が途切れたところで、一行は言葉を失った。そこはメイン会場である大広場の手前、中央には王都名物の大噴水が飛沫を上げるのが見える。
「なんだ、これ……?」
こうなることはある程度予想はしていたものの、まさか王国祭で起こるとは思っていなかった光景が広がっていたのである。
(いや、いくら何でも早過ぎるだろ)
ずらりと並ぶエバンズ商会とその傘下の屋台には、客の姿がほとんど見えなかった。
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