第十話 演説
ヴアラモ孤児院の敷地に小屋が出来上がったと同時に、ロレール亭で働くビアンカの寮も完成していた。王国祭まであと三日というタイミングである。
孤児が住む小屋にはソフィアたちが通い始め、何かと世話を焼いているようだ。簡単な造りなので優弥は寒さを心配していたが、ヘレフォード工房の親方が薪ストーブを仕込んでくれたらしい。
また、床には魔物の毛皮を敷き詰めてあるため、寒さはそれほど感じないとのことだった。一安心である。
ビアンカの護衛に関しては、年が明けて酒場の営業が始まってからとなった。年内は王国祭の前日まで酒場を開けるそうだが、寮への引っ越し作業があるので彼女はランチタイムのみの勤務としたようだ。
なお、優弥は寒いという理由で鉱山を休んでおり、仕事始めは年が明けてからと決めていた。つまり昼間は一人である。
そんな彼の許を先日の騎士二人が訪ねてきた。
「すみません。鉱山管理局に行ったら、仕事を休まれていると聞きましたので」
「どこか具合でもお悪いのでしょうか?」
「いやいや、心配してくれてありがとう。休んだのは寒いからだよ」
「ああ、鉱山は寒いと聞いてます」
「坑道の中は一年中あんまり気温は変わらないんだけどな。行き帰りの馬車が寒くて寒くて」
「鉱山ロード様も寒さには勝てませんか」
「俺は普通の人間だぞ。それでどうだったんだ?」
「失礼致しました。エバンズ商会はユウヤ・ハセミ様の忠告を聞かず、訴えを取り下げるつもりはないそうです」
「はぁぁぁぁ……」
「上司にも頂いたお言葉を伝えましたが……」
「余計な口出しはするなとでも言われたんだろう?」
「「はい……」」
「仕方ないな。二人が割食って騎士の職を失ったらここに来い。王都から離れることにはなるかも知れないが、それでもよければ仕事を紹介してやる」
「本当ですか!?」
「名前を聞いておこうか」
「あ、名乗りもせず申し訳ありません。私はトニーです」
「チェスターです」
「トニーとチェスターだな。俺と騎士団や商会の板挟みになってるんだろうから、それくらいはしてやる……なんだ、やけに嬉しそうじゃないか」
「「あははは…………」」
聞けば二人は騎士団でも下っ端で、まともに訓練もさせてもらえず雑用ばかり押し付けられているそうだ。しかも上司は商会と癒着しているので、何かと便宜を図って金品を受け取っているとのことだった。
そんなことがあった翌日から、王都である噂が流れ始める。内容はエバンズ商会が鉱山ロードにあらぬ疑いをかけて訴えを起こし、それに対して無実であると鉱山ロード側も全面対決に打って出たというものだった。
エバンズ商会は王都で最も大きな商会である。日用品から食料、雑貨に武器や防具まで、あらゆる商品を取り扱っている。彼らに睨まれたら小さな商会だけでなく、中堅どころさえも王都で商売することが出来なくなってしまうとまで言われているほどだ。
そのため商会は殿様商売に徹しており、生活必需品の価格操作まで行っているとまことしやかに囁かれていた。つまり市民にはあまりよく思われていないということである。しかし生きるためには利用するより手がなかった。
そこへ流れ始めた噂だ。貴族や多くの商会が恐れる鉱山ロードとの敵対は、こちらもまた命取りと言われている。例えば剣術道場の傾きや公爵家での出来事などは、市民にとっては胸のすくものだった。
また、優弥が鉱山ロードの称号を得るきっかけとなったトマム鉱山での救出劇は、未だ彼らの記憶に新しいところである。
さらに正式に公表されているわけではないが、一時期王都を騒がせた夜盗の討伐も、鉱山ロードの仕業と思っている者も多い。
故に、市民は鉱山ロードに非常に好意的なのだ。それは彼が絡んだ人材募集に、人が殺到することからも窺えるだろう。
自分は人気者、そう彼が口にしたことがあったが、あながち間違いでもないということである。
そして王国祭を翌日に控えたその日、一人の青年が祭りのメイン会場となる大広場で声を上げた。
「皆、聞いてほしい!」
手作りと思われる演台に乗った彼の声は、道行く人たちの歩みを止めた。
「僕はトマム鉱山の崩落事故で父を失った者だ! その時、父に支払われるはずだった給金の手形が何者かに奪われ、僕ら家族は途方に暮れた!
しかし先日、手形が見つかり無事に給金が支払われることになった!」
「「「おぉぉ!」」」
「よかったな、若いの!」
「亡くなった親父さんも浮かばれるだろうよ」
「ありがとう! ありがとうございます! しかし! 僕はこの耳を疑った!」
「どうした!?」
「何があったんだ!?」
「何の関係もない僕らのために、犯人逮捕に繋がる偉大な功績を挙げられた鉱山ロード様が、あの悪名高いエバンズ商会に訴えられたというではないか! しかも何の証拠もない無実の罪で!」
「「「マジか!?」」」
「エバンズ商会、何やってんだよ!」
「他にも、鉱山ロード様が僕ら市民のためになさって下さったことは、挙げればキリがないことは皆さん、ご承知の通りだと思う!」
「「「「そうだ、そうだ!」」」」
「うちの娘は夜盗に攫われたが、鉱山ロード様によって救い出されたぞ!」
青年の傍らに立っていた中年男性が叫ぶ。
「俺も手形を盗まれた鉱夫だ! 返ってくるとは聞いたが、あれは鉱山ロード様のお陰だったのか!」
「俺たちの希望だな!」
「私たちの希望でもあるわ!」
他にも何人かの鉱夫がいたようで、彼らは口々に鉱山ロードを賞賛した。
「そんな鉱山ロード様を無実の罪で訴えるエバンズ商会を皆は許せるのか!? 否!! 僕は絶対に許すことなど出来ない!!」
「「「「俺もだっ!!」」」」
「「「私もよっ!!」」」
「だから僕は宣言する! 明日からの王国祭で、エバンズ商会の店からは絶対に何も買わない!
もちろん、皆にもそうしてくれなんて言わない。どうしても買わなきゃいけない物もあるはずだから。
これは僕の宣言だ! もし僕が知らずにエバンズ商会の店で何か買おうとしていたら、殴ってでも止めてほしい。僕はその人に、永遠に感謝することになるだろう!」
「「「「うぉぉぉぉっ!!」」」」
「よし決めた! 俺もエバンズ商会からは買わない!」
「私も決めたわ! エバンズ商会からは何も買わない!」
「「「買わない!」」」
「「「「買うな! 買うな!」」」」
この騒動は警備隊が駆けつけることによってようやく鎮められる。だが、エバンズ商会が市民の英雄ともいえる鉱山ロードに敵対したという、その一点が王都の市民に広がるのにそれほどの時間を必要としなかった。
なお、演説の元となった話がロレール亭の女性従業員の雑談だったということは、青年の他にはほとんど知られていない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます