第九話 忘れていたあのこと

 ヴアラモ孤児院が建つ土地を手に入れた優弥は、シンディーたちの詰め所を建てた職人の許を訪れた。その工房にはヘレフォードという看板がかけられている。


 職人たちは親方を親方としか呼ばないし、親方は親方で職人をお前とか貴様とかしか呼ばない。しかも彼らはロレール亭の女将からの紹介だから、優弥が親方の名を知らなかったとしても無理はないだろう。


「親方さーん、いますか-?」

「んあ? ああ、見張り小屋の時の兄ちゃんか」


「久しぶりってほどでもないですけど」

「どうしたい、仕事の話か?」

「そうですけど、空いてます?」


「空いてることは空いてるが、もう年末だから仕事は年明けてからだな」

「うーん、簡単でいいんで十畳くらいの小屋を建ててほしいんですけどね。報酬弾むんで」


 現在孤児院として使っている旧ヴアラモ修道院を解体するにしても、新しい建物が出来るまでシスターや子供たちが住む場所が必要となる。彼らをロレール亭に泊まらせるわけにはいかないし、そもそも宿はすでに年明けまで予約でいっぱいだと言っていた。


 王国祭を控えた王都の宿屋はどこも同じ状況らしいし、あの人数を優弥たちの住まいやシンディーたちの詰め所では、一時的だとしても引き取るのは不可能である。


 そんなわけでひとまず雨風が凌げる小屋を建てて、そこでしばらく過ごしてもらおうと考えたのだ。


 今の孤児院はいつ崩れてもおかしくないし、窓が閉まらないので隙間風などというレベルではない風が吹き込んでいる。この冬のさなかでは凍死の危険が現実的な驚異となっていた。


「なるほどなあ、そういうことならやるしかねえか」

「通常の報酬の他に金貨十枚でどうです?」


「そりゃあありがてえ! 贅沢な年越しが出来そうだぜ」

「どれくらいで出来そうですか?」


「そんくらいなら資材の仕入れも含めて三日ありゃ十分だ。雨や雪が降らなきゃだけどな」

「じゃあお願いします。後で請求書下さい。それとも先払いした方がいいですか?」


「いや、こないだの仕事でずい分色つけてもらったから、終わってからでいいが出来りゃ年内に欲しい。あと別報酬の金貨十枚はたまでくれるとありがてえ」


「それなら先に十枚だけ置いていきますよ」

「いいのか!?」

「ええ。王国祭も近いですし、年末は何かと入り用でしょうからね」


「かぁーっ、たぎってきたぜぇ! 野郎共、鉱山ロード様からの仕事で前金頂いたぞ!」

「「「「おぉぉぉぉっ!!」」」」

「親方、知ってたんですか」


「そりゃぁよぉ、王都であんだけ騒ぎになってりゃな。だが安心してくれ。ここで兄ちゃんが鉱山ロードだってバラす奴なんざいねえからよ」

「そうしてくれると助かります」


 工房からすれば、鉱山ロードの仕事を請け負っていると表に出すだけで、抜群の宣伝効果が期待出来るはずだ。特に貴族からの依頼は殺到することだろう。


 しかしここの親方や職人たちのプロ意識は非常に高い。必要とされる仕事なら喜んで引き受けるが、後回しに出来るような仕事はあまりしたくないと、以前親方が語っていた。


 その言葉の通り、シスターや孤児たちがいつ崩れてもおかしくないような建物で暮らしていると話すと、途端に目の色が変わったのである。


「年が明けたら本格的な建物と、土地を囲う柵も頼みたいんですけど」

「いいぜ。年明けから兄ちゃんの仕事をさせてもらえるなんて縁起がいいじゃねえか」


「そう言ってもらえると依頼する甲斐がありますよ」

「ところで解体の方はどうするんだ?」


「ああ、そっちは俺がなんとかしておきます」

「そうか。鉱山ロード様に秘策アリってことだな」

「ええ、まあ」


 建物を破壊するか、そのまま形を残して無限クローゼットに放り込むかは思案中だった。レベルが上がったお陰で枠線が三十メートル四方にまで広げられるので、あの建物ならそのまますっぽり入ってしまうのだ。


(ま、それはその時までに考えておくか)


 それから彼は親方と場所や小屋の形状を詰めてから、金貨十枚を置いて工房を後にした。



◆◇◆◇



「あ、ユウヤさん!」

「ユウヤ、よかった」


 家が見えたところでシンディーたちの詰め所の前に四人が揃っており、笑顔で優弥を出迎えてくれた、わけではなかった。彼女たちとともに帯剣した騎士が二人、彼を見ていたのである。


「アンタたちは王国の騎士だな。何の用だ?」

「ユウヤ・ハセミ様にお話を伺いたくて参りました」

「俺に?」


「実はエバンズ商会から訴えがありまして」

「エバンズ……? エバンズ……ああ、ピターバラで嫌がらせしてきた商会か」


「嫌がらせ? 何のことですか?」


 彼はイエデポリからの帰りに寄ったピターバラで、街を出る時に通せんぼされたことを説明した。


「アイツら、そんなこと言ってなかったぞ」

「で、向こうの訴えとは?」


「何台分かの積み荷と馬車を数台ダメにされたので賠償請求すると言っているんです」

「確かに言われてみれば、通せんぼした馬車が突然暴走してたな」


「それがユウヤ・ハセミ様にやられたと言うので証拠を出せと言ったのですが」

「知らねえよ。俺は何もしてねえし」


 もちろん嘘である。ソフィアたちは笑いが堪えきれなくなって、詰め所に駆け込んでしまった。


「ですよね」

「それが分かっててどうしてここに来た?」


「絶対何かしたはずだから問い詰めるようにと言うもので……」

「すみません。我々もあの商会には逆らえないんです」


「主に上が、か?」

「ええ、まあ……」


「つまらないことしてくれるなあ。商会、潰れるぞ」

「はい?」


「まあいいや。なら逆に俺の方も無実の罪で訴えられて迷惑だと訴えようか。それでもやるかと向こうに聞いてくれ」

「はぁ……」


「今ならなかったことにしてやるが、強行すればどれだけの人が路頭に迷うことになるか、よく考えて答えを出せとな」

「分かりました。そのように伝えます」


「それと、アンタらの上のモンにも言っといた方がいいぞ。俺にちょっかい出すなら命がけでかかってこいって」

「それですとユウヤ・ハセミ様が脅したことになってしまいますが」


「そうか。だったら言い方を変えよう。エバンズ商会に味方するなら、次の職を用意してからの方がいいぞって。これならどうだ?」

「わ、分かりました」


「ま、アンタら二人は真面目で話も分かるみたいだから、腐敗した上役が俺の忠告を聞かずに商会に味方してくれた方がいいかも知れないが」

「それについては何とも……」


「とにかくご苦労さん。結果が分かったら知らせてくれ」

「「はい」」


 嫌がらせを受けたことなどすっかり忘れていた優弥は、商会が訴えを取り下げるのを心から願うのだった。

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