第十二話 エバンズ商会の焦り

「誰も……いませんね……」

「ああ、エバンズ商会の連中の店だろ? こうなるのは当然だね」


 優弥たちの様子を見て声をかけてきたのは、すぐ横の露店の女性だった。彼女の周りには手作りと思われる小物やアクセサリーが並べられている。


「おば……姉さん、どういうことだ?」

「姉さんなんてよしとくれ。ババアでいいよ」

「いやいや、それはさすがに……」


 苦笑いすると、女性はフィービーと名乗った。フィーと呼んでいいそうだ。


「昨日ここで青年が大演説したのさ」

「大演説?」


「何でもエバンズ商会が、我らが鉱山ロード様にケンカを売ったってんで、そりゃあもう大騒ぎになったんだよ」

「そ、そうなんだ……」


 優弥とソフィアたちが何ともいえない表情で顔を見合わせる。三人には訴訟の件を、ロレール亭で雑談を装って客の耳に入れてくれとは頼んだが、まさかこんなに早く効果が出るとは思っていなかったのだ。


 予定では噂はじわりじわりと広まり、少しずつ商会から客足が遠のいていく程度に考えていた。それが噂を広めようと動き始めた翌日に、まさかの不買運動に発展していたのだから驚きしかない。


 もっともこれなら一時的に大きな損害が出たとしても、不買運動自体は長くは続かないだろう。一気に燃え上がった感情は、冷めるのも早いからだ。


 トニーとチェスターには商会を潰すようなことを言ったが、実際に王国最大の商会が潰れれば、どれだけの人が路頭に迷うか分かったものではない。そんなことは彼も望んでいなかった。


(結果的に灸を据えるだけに留まればいいが)


 後は面倒な訴えをどうやって取り下げさせるかである。確かに馬の尻に小石をぶつけたのは事実なので、丸っきり無実かと言えばそうでもない。しかしその証拠を示せない以上、彼らに勝ち目はないはずだ。


 貴族の後ろ盾なんかを使って無理矢理に有罪に持ち込もうとするなら、その時こそ本当の破滅に追いやってやればいい。


「フィーさん、その青年ってのはどうなったんだ?」

「警備隊に連れていかれたよ。無許可だったらしいからね」

「マズいわね」


「何がマズいんだ、ポーラ?」

「だってそうでしょ。このままエバンズ商会が黙っていると思う?」


 街を出る時にちょっと優遇されただけで嫌がらせをしてくるような連中だ。彼女の言う通り年末のこの書き入れ時に、大損害を与えた青年を野放しにしておくとは考えにくい。まして警備隊の上層部には彼らと関係の深い者もいる。青年の素性はすぐに商会の知るところとなるだろう。


 あるいは無許可で演説したとして、騒乱罪などの罪を着せて青年を処刑してしまわないとも限らない。

(さすがにその青年が殺されたりしたら寝覚めが悪いよな)


「ま、お陰でアタシら今年は大繁盛だけどね」

「そうなのか?」


「毎年大半の客はエバンズ商会の店に流れるだろ。ところが今年は昨日の青年の演説で、商会の店からは物を買わないって風になっちまったからさ。こっちに客が流れてきてるってわけだよ」


 ならば尚更その青年を死なせるわけにはいかない。行動は軽率だったかも知れないが、見殺しにしていい人材ではないはずだ。ただ、少なくとも王国祭が終わるまでは、裁判や処刑は行われないだろう。

(色々考えるのは年が明けてからだな)


「俺たちもあそこに行くのは遠慮しようか」

「そうですね」


「ユウヤぁ、綿アメもう一つ買ってぇ」

「ポーラは自分で買え!」

「えー、けちー」


 そんな会話をしながら、五人は来た道を戻って他の屋台や露店を見て回ることにしたのだった。



◆◇◆◇



「どういうことだ!? なぜ客がいない!?」

「実は……」


 エバンズ商会の会頭コンラッド・エバンズは、大広場の殺伐とした風景を見て大番頭のエイベル・ホワイトを大声で怒鳴りつけた。


 毎年この時期は、ここを自身と傘下の商会で占有して莫大な利益を上げている。王都名物の大噴水を中心に見据え、各地方や外国からの観光客も多く訪れる一等地なのだ。


 それが王国祭ともなれば、人の数は普段の十倍や二十倍では済まない。祭り期間の売り上げは、エバンズ商会の年間売り上げの実に三割以上を占める。女神に捧げる日を挟んだたったの四日間でだ。


 それが今年はほとんど客がいないときた。王国祭が中止になったわけでもなく、戒厳令が敷かれたわけでもない。現に沿道の屋台や露店は多くの客で賑わっている。客がいないのはエバンズ商会と、傘下の商会の店だけだった。


「何があった!?」

「はい、実は当商会に対する不買運動が起きておりまして……」


「不買運動? なぜだ?」

「鉱山ロードを訴えたのが原因かと」


「例のピターバラでの一件か。いかに鉱山ロードと言えど、他人に損害を与えたのなら賠償して当然ではないか。我々が不買運動の標的にされるなど筋違いだろう」


「鉱山ロードは無実の罪で訴えられたのだと、昨日一人の若僧がここで演説したんです」

「無実の罪だ? 証拠は間違いなく提出したんだろうな」

「それが……」


「まだならさっさと提出して我が商会に落ち度がないことを証明しろ」

「ないのです」

「ん?」


「証拠がないのです」

「な、なんだと!?」


 エイベルの目を伏せながらの呟きに、コンラッドは思わず言葉を失った。


 宿場町ダンドリーからピターバラを回る商隊を任せた番頭のバーナビー・ハリスが戻った時、馬車数台とかなりの量の積荷をダメにしていた。それを問い詰めると鉱山ロードにやられたのだという。


 本来ならそのような損害を与えた者は、直接呼び出して賠償請求するのだが、相手は貴族や商会からの面会の求めを禁じている鉱山ロードだ。賠償を求めるなら訴訟を起こす以外に手はなかった。


「証拠はあるとバーナビーは言っていたのではなかったのか!?」

「三人の御者が証言しているので間違いないと」


「バカ者! 身内の証言など証拠になるものか!」

「ホール宰相閣下からもそのように言われました」


「さ、宰相閣下までご存じだと言うのか!?」

「鉱山ロードを訴えると知って関わってこられたようです」


「誰か……誰か他に……ピターバラの門兵は見ていなかったのか!?」


「鉱山ロードの馬車は領主軍用の門を通って外に出たため、すぐに閉じられたとのことで……」

「バーナビーを呼べ! 今すぐにだ!!」

「はっ!」


 しかしその日、コンラッドが休暇を取っていたバーナビーと会うことはなかった。

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