第十三話 新種の魔物

 港湾管理局の倉庫担当ロイと出会った優弥は、ひとまずソフィアたち四人を宿に戻らせた。ロイの目的が自分や彼女たちに危害を加えることとは思えなかったが、初めて会った相手をいきなり信用するほどのお人好しでもない。


 よってロイを宿には案内せず、二人で酒場に行くことにしたのである。酒場の喧騒は、彼の話を聞くには打ってつけと思われたからだ。


「それで、俺に伝えたいこととは?」


 彼は冷えたビールとつまみがテーブルに運ばれてきてから、ロイの表情を窺った。


「その前に教えて下さい。鉱山ロード様は、局長が職業紹介所に出した依頼を受けてこの街に来られたのですよね」

「質問に質問で返されるのは好きじゃないが、そう思ってもらって問題ない」


「申し訳ありません。ですが安心しました」

「で?」


「はい。亡くなったマイケルと幼馴染みだったゾーイという女性が失踪したんです」


「幼馴染みが失踪? それとマイケルの件と何か関係があるとでも?」

「実は……」


 ロイはフレドニクス局長が局員たちを集めてマイケルの死を知らせた時、真っ先に疑問を口にしたのが彼女だったことを語った。


「マイケルが死んだとされる当日、私とリュークは管理局で彼と会ってます。しかし当日休暇でたまたま管理局に行った私たち以外、彼の姿を見た者はいないんです」


「単に人がいなかっただけじゃないのか?」

「これは後で分かったのですが、ちょうどマイケルが管理局を訪れた時間、局員全員が局長の命令で集会室に集められていたんです」


 ロイ曰く、そのような全員を集めるような通達があった場合、当日休暇だった者にも後日伝えられるはずなのに、ロイもリュークも今日まで何も伝えられていないという。


 不思議に思った彼は他の倉庫担当に内容を聞いたが、自分たちには関係のないことだったとの答えが返ってきたそうだ。


「マイケルの件だけでなく、ゾーイという女性職員の失踪にも局長が絡んでいると睨んだわけだな?」

「はい……」


「分かった。正直その女性職員は今回の件に関係あるかは分からないが、気にかけておくことにしよう」

「お願いします。ゾーイとは……彼女とは来年結婚する予定なんです」


 そこでようやく優弥は、ロイが自分を頼ってきた理由を察した。港湾管理局の一職員でしかない彼には、婚約者の捜索と言えども人を雇う金など払えないのだろう。


 便乗と言えばそれまでだが、局長が怪しいという点では二つの事件は一致している部分もある。むろん何か別の理由があって、ゾーイが音信不通になっているだけならそれに越したことはない。


 ソフィアとポーラの時のように、身の危険を感じた彼女がどこかに隠れているだけなら、問題が解決すれば出てくるはずだ。それよりも、目の前のロイとリュークという職員も実は危険なのではないだろうか。


「ひとまず調査は俺に任せて、君とリュークとかいう職員も気をつけた方がいいかも知れないぞ」

「私とリュークが、ですか?」


「もし俺が局長の立場で、マイケルやゾーイの件に関わっているとすれば、君もリュークも放ってはおかないだろうからな」

「それは……気づきませんでした。戻ったらすぐにリュークにもこのことを知らせます!」


「そうするといい。彼女が戻ってきた時に元気に迎えられるようにな」

「はい!」


 酒場の代金は自分が持つから早く行けというと、ロイは何度も頭を下げて礼を言いながら走って出ていった。


 それを追うように席を立った男を優弥が見逃すことはない。酒場から十分に離れたところで追尾投擲のスキルを使い、小石を指で弾いて太股を撃ち抜いた。


 男は悲鳴を上げてのたうち回っていたが、周囲の者たちは気味悪がって近寄ろうとせず、結局警備隊が駆けつけるまで放置されるしかなかった。



◆◇◆◇



「なに! ロイとリュークを取り逃がしただと!?」


「ロイが鉱山ロードと思われる男と会っているところをドルジールが目撃し、そのまま後を追おうとしたところでいきなり太股を刺されたとか」

「鉱山ロードにか?」


「いえ、それが悪魔だと……」

「悪魔だぁ?」


「実際の傷は刺されたわけではなく、やじりか何かが貫通したようなものでした」

「敵は倒したんだろうな?」


「痛みでそれどころではなかったそうです」

「使えん奴だ」


斥候せっこう上がりの彼が気配すら感じることが出来ずにやられましたからね。ひどく怯えておりますので、この先使い物になるかどうか……」


「なら殺せ。捕まったら何をしゃべるか分からん」

「よろしいのですか? 貴方の息子なのでは?」


「皮肉を言っている場合ではないぞ。あんな力だけの頭の悪い男が息子のわけがなかろう」


 そう言っておだてるだけおだてて、使えなくなればゴミ屑のように捨てるのがフリドニクスのやり方なのだと、秘書のモンテオ・ザッハは改めて自身の主を認識する。


 生涯にわたって仕える気など毛頭なかったが、去り際を間違えると自分の命も危ないと覚るには十分だった。


「彼の手下のフェイとボンドはどうします?」


「一緒に消せ。ドルジールがいなければ役立たずなんだろう?」

「そうですね。ではゼブラレオに襲われてもらいましょうか」


「ふん! お前も容赦のない男だな」

「局長に言われるとは思いませんでした」


 それから数日後、王都に続く街道で魔物に食われたと思われる三人の死体が発見された。ただ不思議なことに、周囲に血の痕跡がほとんど見られなかったのである。


 そのことが街中に知れ渡ると、吸血して人の肉を食らう新種の魔物が現れたと、イエデポリは大混乱に陥った。


 しかし警備隊は馬鹿ではない。三人は別のところで殺されて街道に捨てられたのだろうと、新種の魔物説にははなから否定的だった。

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