第十二話 偶然の出会い

「夫は約四カ月の間、肺の病気で苦しんでました。ですが治療の甲斐があって完治したんです」


「医者も完治を認めたと聞きました」

「はい。ですが……」


 ドロシーはここで息を詰まらせたが、気を取り直して再び証言を始めた。


 それによると医師から快癒を言い渡された翌日、マイケルは早々に職場である港湾管理局へと向かう。一日でも早く仕事に復帰したいからと語っていたそうだ。


 ところがその日は夜になっても帰らず、とうとう朝を迎えてしまった。さすがに心配になって管理局に出向こうとしたところで、警備隊から夫の死を知らされたのだと言う。


 死因は呼吸不全。イエデポリから王都に続く街道で倒れていたらしい。その時は詳しく調べないと原因は分からないと言われたのだが、後に出た検死の結果は肺の病の悪化とのことだった。遺体には首を絞められたような痕も見られなかったので、他殺の線は早々に消えたそうだ。


 なお、検死に携わったのは彼のかかりつけの医師ではなくデリックという町医者で、その後ドロシーがいくら探しても見つからなかった。


 ちなみにデリックが偽者の町医者ではないことは、すでに紹介所で確認済みである。


「その後かかりつけの医師はご主人を診なかったのですか?」

「遺体は港湾管理局でその日のうちに荼毘だびされましたので」


「亡くなったその日に火葬なんておかしいですね」


「はい。ですがその時は私も気が動転していて、フリドニクス局長に言われるがままに了承してしまったんです」

「なるほど。町医者も検死した直後に行方不明だとすると、一枚噛んでいると見て間違いないでしょう」


 優弥は一連の動きを聞いて、フリドニクス局長を黒と断定した。ただマイケルの遺体も残っておらず、検死した町医者も行方不明となれば確固たる証拠を突きつけるのは難しい。


 また、局長が黒だとしてもマイケルを殺さなければならなかった動機が不明だった。金が絡んでいるのは間違いないのだろうが、何の金か見当がつかなかったのである。


「お金と言えば主人は管理局の出納係だったのですが、何か関係ありますでしょうか」


「出納係ですか……出納……ユーニスさん、出納係というのは手形の換金にも関わりますよね?」

「ええ、もちろん。換金だけでなく全ての入出金の管理を担当しております」


 そこで初めて優弥は何かの糸が繋がったように感じた。


 港湾管理局の局長、出納係、手形、そしてマイケルの不可解な死。これらから連想されるのはただ一つ。死んだトマム鉱山の責任者トーマスが持ち逃げし、その後行方が分からなくなっていた、鉱夫たちが受け取るべき手形である。


「ユーニスさん、大至急調べてほしいことがあるんですけど」


 事は慎重に当たらなければならない。少しでも間違えれば、関わる者の命が脅かされるからだ。分かっているだけでトーマス、そしておそらくはマイケルも殺害されたと見るべきだろう。


 そのことも含めて彼はユーニスに調査を依頼し、結果が分かり次第宿に遣いを寄越してもらうことになった。



◆◇◆◇



「お嬢さんたち、他の街から来たのかい?」


 ソフィアたち四人が買い物を終えて宿に帰る途中、人気のない路地に迷い込んでしまったところで見知らぬ男性から声をかけられた。当然、シンディーとニコラが盾になるように男の前に立ち塞がる。


 優弥からフリドニクスの手下に襲われる可能性もあるため、十分に警戒するようにとの指示を受けていたからだ。もっとも目の前の男からは危険な雰囲気は感じられなかった。かと言って、職務を全うしない理由にはならない。


「何者だ!?」


「ま、待ってくれよ。別に怪しいモンじゃないって」

「私たちに何の用だ?」


「いや、単に垢抜けてたからこの辺の住人じゃないんだろうなって思って声をかけただけさ。こんな裏路地に若いお嬢さんたちだけで入ると危ないから」


「私たちは王都から来たんだけど、この街は初めてだから迷ってしまったみたいなの」

「王都から……それじゃ鉱山ロード様を知ってるかい?」


 ところがポーラに返した男の言葉で、四人の警戒心はMAXまで跳ね上がる。シンディーとニコラは剣の柄に手をかけていた。


 一方、彼女たちから突然発せられた殺気に、男はわけも分からずわずかに後退りながら言う。


「お、おいおい、どうしたって言うんだよ。俺、なにか気に障ることでも言ったかな?」


「旦那様に何の用がある!?」

「旦那様……? 君たちもしかして……」

「白状しろ! 貴様はフリドニクスの手下だな!」


「ま、待て! 何故王都から来た君たちが局長の名を知ってる……やはり鉱山ロード様の関係者……」

「問答無用!」


 シンディーが柄を握る手に力を込める。鉱山ロードと口に出し、フリドニクスを局長と呼んだことで彼女の中で男は"対処すべき相手"と認定された。


 改めて周囲に人の姿がないことを確認する。今なら男を斬っても、誰に見られることもなくこの場を立ち去ることが出来るだろう。


「よせ、シンディー。剣を抜くな」

「だ、旦那様? どうしてここへ……?」


 それはまさに剣を鞘に固定するはばきが外れ、彼女が男を斬ろうとした刹那だった。


「何があった? その人は誰だ?」


 問われた彼女が男に声をかけられてからの経緯を話す間、他の三人も男も黙って見守るしかなかった。


「彼は丸腰だ。警戒しろとは言ったが、無闇に斬ってソフィアに無用な血を見せないようにしてくれ」

「はっ! 申し訳ありません!」


「いや、仕事をしようとしただけだから謝る必要はないよ。今後気をつけてくれればそれでいい」

「かしこまりました」

「ユウヤぁ、私はぁ?」


「ポーラは血を見ても怖がるとは思えないんだけど」

「ひっどーい! 私だってか弱い女の子なんだからね!」

(そんなツンデレっぽい口調で言われても……)


「あー、俺が鉱山ロードのユウヤ・ハセミだ。そっちは港湾管理局の関係者か?」


「あ、貴方が鉱山ロード様! なんという偶然! お連れの女性たちは女神様でしょうか!」


「まさか。普通の女の子たちだよ」

「私を女神と讃える人は少なくないわね」

 ポーラがドヤ顔で言う。


(女神のハルモニアは美しいけどちょっと残念……確かにこの中ではポーラが近いかもな)


 不謹慎なことを考えていると、男が深刻な表情を向けてきた。


「出来れば鉱山ロード様にお伝えしたいと思っていたことがあったんです」

「俺に伝えたいこと?」


「はい。俺……私は亡くなったマイケルと親しかった、港湾管理局の倉庫担当ロイと申します」


 言うとロイは、深く優弥に頭を下げるのだった。

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